三十一、教会
―そんなこともあったな。
しんとした教会の薄暗がりの中で、フユはぼんやりと記憶の糸を辿る。
―クソマジメすぎるぜ、自分。
真剣に向き合おうとしていた。だから、苦しかった。
どうする術も知らない代わりに、どうすることも出来ない自分を責めて、傷付くだけの純粋さがあった。
生きたくて必死だった。
あの時は。
―まぁ、可愛いっちゃ可愛いか…
確かに「苦しい」と感じていた頃の自分は、今から思えば嫌いじゃない。
少なくとも今の自分よりは。
―あーあ、昔の俺に言ってやりてぇよ。
“答えなんか出ねぇ。気楽に生きてけ”
―それから。
“彼岸の使いには声をかけるな。かけると後悔するぞ”って。
本当のところを躊躇いなく言えば、今だってそれなりに傷付いてはいる。
ただもう今は、自分も、他の誰も責める気にはなれない。
―全ては無意味な茶番劇。
フユはキャストに含まれている。けれど彼の意志で物語は進まない。
「あークソ、哀しくなってきた…」
何気なくぼやいた台詞が、ぼやいたフユ自身の耳に驚くほど切実に響く。
―ヤベー、泣きそう。
―何やってんだ、俺。
この世界のあらゆる全てを、遮断したい。
埃の舞うこの教会の、中途半端な明るさ、酸素、過去、未来。乱火の後ろ姿。
いつだって自分の欲しかったものを理解するのは、手遅れになってからだ。
―もう今は。違うのに、止められない。
取り留めない思考が現れて、すぐに消えていく。
言葉の意味を咀嚼する前に、感情は消えてしまう。
―頭が痛い。
―なんだろう。
乱火。
やっぱり、俺が悪いんだよ。
―もうどうでもいい。
意識が途切れていく。
―もう、いい。
熱い。
―知らねぇ。
冷たい教会の長椅子が心地よく、フユは重たい眠りに引き込まれていった。