二十八、女神へと祈り
朝凪の二つに結んだ金髪が揺れる。
―フユさん。今どこに?
フユの姿を探して息を切らし、乱火の言葉を思い出す。
『フユが行きそうなとこ?
ゲーセンとか、コンビニとか…、そーいや三丁目の川原も気に入ってるみたいだったな』
そのどこにも見当たらない。
―フユさん…、力になりたいです。傷付けてしまった分を取り戻せませんか。
朝凪の心を掠める、フユの後姿。
『一人にさせろよ。ここにいたくないんだ』
そう言ってすり抜けていった。
―そこまで孤独にさせてしまったのは、きっと彼岸の責任で、…それなのに。
『砂都、ゲームしねぇ?』
『俺、刃向かってくる奴って、好き』
素っ気ない顔をして、決して砂都を孤独にさせなかった。
―どんな気持ちでしたか。
『それでも俺を抹殺するのは、お前の正義なのか』
―正当化される殺人は。
『消すには充分な理由だ』
それはまるで他人事みたいなセリフ。
―フユさん。私にはその心を解くお手伝いは出来ませんか。
乱火の言葉が過る。
『そのどこにもいなかったら教会かもしれねぇ』
意外な選択肢に、朝凪の中で戸惑いに似た感情が生まれた。
儚げに整った容姿だから、きっとフユがそこにいる姿は絵になるだろう。
『教会……、ですか?』
『ああ、町外れに寂れたのがあんだ。アイツ宗教嫌いなくせに俺と出合ったのはあそこなんだよ。それから行ってんの見たことねーけど、もしかしたら…』
朝凪は、フユが教会で祈りを捧げる様をとても綺麗だろうと想像出来る。けれど神に軽薄な眼差しを向けるフユの方が―ともすれば祈りの姿よりもずっと―魅力的だろう。神に媚びない涼しい目は、手の届かない高嶺の花を思わせる。たった一輪、凛と佇む月下の花。
それは孤独を知る人々を惹き付ける、命の意味。
―フユさん。そこに居て下さい。
錆びれた教会にしっとりと差し込む光は、埃に澱んだ空気にぼやりと滲んでいく。
希望があるはずのその場所は、今はもう希望ごと忘れ去られたように冷たい。ここには誰も居ない。フユの他に誰も。
フユは一番前の椅子に雑に腰を降ろし、白い女神の像を見つめた。しんとした薄明かりに、信者を持たない女神の白さが柔らかに映える。
教会が作られてから、いずれ取り壊される日まで、同じ微笑を浮かべる女神。
何を祈れと言うのだろう。
幸あれと?
フユは遠くを見るように瞳を微かに揺らす。少なくとも自分はそんなものを望んでいないと知っている。
「……なぁ、」
微笑に向かって呟く。あんたが神だって言うなら。
「もう、俺を殺してくれよ」