二十五、信じること守ること
「…ダ…ッ、ダメだよ!一人にしちゃ…」
青ざめた砂都がはっとして叫ぶ。
「砂都?けど今は、」
乱火が嗜める口調で遮る。
今は、一人にしてやれ。どのみち彼岸の使いである自分達では、何も出来ない。
「違う!連れ戻さなきゃまた狙われる!!」
「『狙われる』?」
狙われるって、どこまで悪化しているのか。それとも元から存在していた酷い事実を、単に私たちが急速に理解しつつあるだけなのか。
事実、
真実―…
一番肝心な事を知らないのか?
誰も彼も、真実の断片しか知らずに、他者を傷付ける。悪なのか、正義なのか。
「そう、風姫が『先見の書』を読んだから!
良くない事が書かれてる、危ないよフユ、あんな体で…」
息付く間もなく捲し立てる砂都。
堕ちて、堕ちて、堕ちて……、制御の利かない未来が向こうからやってくる。抗っているつもりで、絡み取られているのだろうか、私たちは?
「落ち着け、砂都。先見の書には何て書いてある、風姫は何て言った?」
乱火が硬く先を促す。乱火も焦っている。―私も。
「先見の書…風姫……、センパイ、それって…?」
朝凪がおずおずと窺ってくる。
先見の書。そんなものが関わってくるなんて。
「彼岸の予言書よ。彼岸の未来が記されている。風姫はその聖書の番人」
「予言書…そんなものが…?」
非公開のその書物を、私もこの目で確認した事はない。風の噂に聞く程度だ。
「彼岸を統治する上では重要な参考文献よ。彼岸の歴史であれ以上信頼性のある書物はない。だけどあれは彼岸内部の指針でしかないはず…。それに風姫がその内容を公に知らせるなんて、ずっと内密に扱っていたのに、……ましてそのせいでフユが危険だなんてどうして」
砂都が俯く。
「…“彼岸が、人間の存在によって滅びる。その名は、ハル、ナツメ、…フユ”」
―
それが、
『予言の言葉』か。
「センパイ、それって…」
「それが風姫の言葉か…どういうことだ…!?」
わからない。ただひとつ、はっきりしたもの以外は。
ハル、ナツメ、フユ。
彼岸は彼等を殺すために動いている。
最悪だ。彼岸という世界は、信じるに値しない。
「朝凪」
ごめん。
「はいっ」
「あなたは彼岸に帰りなさい」
「…え」
「何も知らないフリをして、出来るだけじっとしてなさい」
そしていずれ私が敗者になれば、あなたは助かる。
私を止めないで。あなたは生きて。身勝手。
「イヤです」
「朝凪、」
我侭を聞いて。身勝手だって、分かっている。だけど言う事を聞いて。
「絶対に嫌です」
死なせたくないんだ。
朝凪がいつになく大人びた顔で私を見る。
「私は確かに術もヘタクソだし、単純だから先を読んだりも出来ないけど、でもセンパイと一緒に戦いたいんです。
ずっと憧れてました。四面楚歌でもいつもセンパイだけ凛としてて。それがすごく格好良くて。
センパイがセンパイの意志で戦うように、私も私の意志でここにいます。私を心配しないでください。もしも傷付いたとしても…自分の責任は自分で取ります」
「死ぬかもしれないのよ」
「分かってます!」
―分かってる?私が何より分かって欲しいことも、朝凪、あなたは分かってる?
「…私はハルのところに戻る。朝凪、あんたはフユを探して」
「!」
弾かれたように朝凪が笑う。
「はい!お任せ下さい!!!」
―違う。
「乱火と砂都も危ない。朝凪がフユを見つけたら4人で出来るだけ安全なところへ。居場所が決まったら朝凪は一旦私のところへ戻って知らせて」
静かに聞いていた乱火が目だけで了解を示す。
―乱火は、大丈夫。
「はいわかりました!!他にはありますか、何でも言って下さい!私はいつでも戦えます!!敵の気を引くとか!オトリでも何でも!」
朝凪。
「何でも?」
朝凪の言葉を繰り返す。
「ハイ!命懸けで頑張ります!!」
―やっぱり分かってない、あんたは。
朝凪の襟元を掴んで思いきり引き寄せる。
「きゃ、っ」
分からせなきゃ、分からない。
「ひとつ覚えときなさい。あんたを囮にするくらいなら私は自分の命を投げ出すわ」
朝凪が動作を止める。
覚悟決めなきゃ、こんな事言えないわ。
「私についてきて。絶対死なせないから」