二十、矛盾
「せ、戦争……」
朝凪が息を呑んだ。
さすがに、言えないでしょう。私についてくるなんて。
「スペクタクルロマン!!燃えます!!!」
大声でそう言い放った後輩を、初めて心の底から馬鹿だと思った。
―勝ち目がないって知ってるくせに。
その戦争は、どれだけ息巻いても、どれだけ時間を稼いでも、所詮は鎮圧される規模の抵抗に過ぎない。
倒れることを前提にして、それでも留まることが出来ないのは、私が本能より精神に殉じたいと考えるからだ。朝凪は恐らくそういう性質ではないし、戦闘マニアでもない。だとしたら参戦するのは命の無駄遣い。
言って聞かないなら、どこか安全なところで置き去りにするしかない。
「取りあえず彼岸で何が起こってんのか、分かる範囲で説明してくんねぇ?」
乱火が言った。順序立てて把握しようとするのは、自分の未来に自分で責任を取るためだ。この男は私と似ている。誰かと慣れ合う振りをしたところで、結局最後には自らの意志を優先する。私の味方につくことにではなく、彼岸の世界で戦うことに意味を見出せる。そういう乱火だから、手を借りたかった。
「これ」
乱火に手渡したのは、ハルの管理者代打要請の紙切れ。
―萩原千秋及び春の運命管理者代替について―
105地区G-008所属、詩月に引き継ぎを命じる。これより先「萩原春」と回帰の契約を執り行い、在るべき運命に帰す事を最優先事項とすべし。以下履歴。
1985,03,12 萩原春/日本、静岡に生まれる。
88,09,24 萩原千秋/同上。
89,12,01 両親離婚。以後春、千秋共に父親と再会する事無し。
98,10,25 自宅で火災発生。本来春はここで死ぬべき運命。
前管理者が弟千秋と取り違え誤って生き残る。その後の詳細は別紙確認の事。
「取り違い?」
乱火がその単語を低く読む。
「ええ。ハルを殺して弟を生き返らせろと命じられた。納得出来ないからハルを庇った」
「庇うったって、この任を無効には、」
そこまで言いかけて、彼は信じられないとでも言う風に私を見つめた。
「―シュリと、ホタルか?」
「そうよ」
実はシュリとホタルを使った契約方法は、主流なものではない。
「バカかお前は、アレは管理者の力を食って実体化すんだぞ!行動が人間の精神を主体にしてても、個体としてはお前の力を糧にしてる。それで戦争なんてロクに戦えもしねーだろーが!」
そんなこと知っている。今の私は弱い。だけど何だって打開策はある。
「私の力は彼岸の水で補えるわ」
一瞬、乱火と朝凪が言葉を失った。
「…い…っ、イヤです!!」
青ざめた朝凪が叫ぶ。
その水は、飲むと彼岸の力を一時的に回復させる。
「あの彼岸の水を飲むなんてセンパイが良くても私がイヤです!!」
副作用は、回復の効果が切れると同時に生命体としての活動が停止すること。彼岸ではそれが『百年の眠りにつく』と表現されることしばしばだが、時の概念がない彼岸で『百年』と言う期限を一体どの程度当てにして良いのか。
「センパイ!!」
「桜を完全に敵に回してるの。もう退けないのよ」
喚いたって、なんだって。勿論退くつもりもない。
「桜か。お前の直属の上司だろ?無茶すんなよ」
「無茶する覚悟がなっかたら、シュリとホタルなんて引っ張り出してこないわよ。大体……」
「センパイ?」
「どうした?詩月」
―何だこの違和感。
「二人とも、伏せ…」
「下がれお前ら!!」
背後からそんな台詞が聞こえた。
目の前のコンクリートに急激な速さで何かが落ちて、ドガッと床が砕ける音がした。同じタイミングで視界を粉塵に塞がれる。
「フユ…」
乱火が呟いた。『下がれ』と呼びかけたあの声は、確かにフユに似ていた。
似ていたけど、どうして。
粉塵が晴れてやっと、確かにフユが目の前に立っているのが見える。
そんな必要などどこにもないのに、まるで私たちを庇うように。
「ぼけっとしてんな。気付けよ狙われてんの」
冷たくこちらを一瞥した彼が告げる。そして。
「クソ、…お前ら面倒くさい」
顔を背けて零された言葉は、独り言のようだった。