十九、愛のかたち
「ルーザーって、もう戦えない人が使う言葉でしょ。
あなたのは挫折じゃなくて妥協でしょう、心が死んでないならまだ闘える」
私の知っている中で彼岸の世界に最初に楯突いたのが乱火だ。
彼は当たり前な顔をして「くだらない」と言い、当たり前な顔をして上層部の決定を無視した。保身などには揺らがない、自分の羅針盤を持った強い男だった。
「相変わらずグッサリくる言い方だな」
言葉と同時に白い煙が吐き出される。そのまま紡がれた言葉は、
「…―何してほしいわけ」
ルーザーじゃない。彼は死んでない。
「体に戻るのを拒絶してる魂を戻したい。その為の力を借りたい」
「あー、それ俺の一存じゃ無理」
苦い顔で答えが返ってくる。
「彼岸の力は封じかけられてっから。他当たれよ。それか…」
言い淀む先に選択肢があることを臭わせる。
「それか?」
地面に落とされた煙草。それを揉み消す足下。ジーンズに、スニーカー。褪せた色彩が眩しい。
「あいつ関わりたくないっつってたけど…、」
「あいつって、さっきの彼?」
「ああ。フユがOK出したら、多分何とかなるぜ?」
―フユ。
「フユ…さっきの方……。でしたらそれは私が責任を持って!!」
朝凪が今にもフユを追いかけて行きそうな勢いで反応する。
「あんたは何もしなくていいから」
乱火に間借を許しているとは言え、フユは彼岸に好意的ではなさそうだった。
「彼、何者なの?」
地面に落ちた煙草の灰が、風でちらちらと散る。乱火の視線がそれを追っていた。
「あいつは…、『力』を持ってる。ただの人間だけど生まれた時から『彼岸の使い』が、―つまり俺たちのことが見えたらしい」
「見えた…?それって……」
「ああ」
そんな可能性は、考えたくもない。
「俺たちが人間を狩ってんのも、あいつには見えてた」
―フユには見えていた。そんな優しい話じゃない。『フユにだけ』、見えていた。
「…うそ……そんなことって」
「彼岸の綻びが人間界に影響を出してんだぜ。どう考えても異常だ」
そう言った後の乱火の深い溜め息は、彼岸で見たことのない種類のものだった。
「参戦したくねーけど、フユを絶望させとくのはちょっと気分ワリィ」
―ひとりきりで誰にも理解されない光景を見てきた。フユの触れたら切れそうな美しさには、いみじくも彼岸の存在が一役かっているということだ。
「詩月、今彼岸はどうなってる?お前は本当は何をしようとしてる?」
「『本当は』?」
意図せずに口角が上がった。乱火の直接的な核心への触れ方が心地良い。
「やることは決まってる」
躊躇う期間はとうに過ぎた。
こんな風にしか償えない。ハルにもチアキにもナツメにも、フユにも。
「戦争よ」
彼岸同士で争い合うこと。私は主義主張の為に。それ以外は彼岸そのものの存在価値を守る為に。
―最大のエゴでハルたちを救えたとして、全く同一のエゴで里雪や朝凪を傷付ける。
大切なのに、争うことによって。
自分の中で引きちぎられていく気持ちを繋ぎ止める術を、私は持たない。