十六、正義と呼べない
「じゃあ、……安心ですね」
暫くきょとんとしていたハルが、微笑んで応える。
「はい、お任せを」
「朝凪!無責任にも程がある!ハルも素直に受け答えなくていいのよ、もっと疑って」
焦って畳み掛ける先で、ハルは柔らかく笑っていた。…私を見て。
「詩月さんが笑ったの、初めて見ました」
ハルの不意打ちのような予想外のコメントに固まる。
笑った?私が…?
―ああ朝凪を褒めた時か。
だけどそれでどうして、ハルがそんなに安心したように笑うのかは分からない。
「…とにかく…、とりあえずナツメの魂を戻さなきゃ…」
ナツメの胸に手を当てる。けれど戻るはずの魂は宙に浮いたまま。
「朝凪、魂を保管する箱、持ってる?」
「え、あ…ハイ」
「ナツメの魂を保管する。貸して」
「体には戻さないんですか?」
―戻したいけど。
「出来ない。ナツメ自身が嫌がってる」
戻りたくない。そう主張している。戻ってもナツメでいられない世界。
「生きることを拒絶してる…」
ハルが目を伏せた。何を思ったのか問いただすつもりはない。
「この状態の魂を戻すのは私じゃ無理だわ。『ランカ』に会いに行く」
「センパイ、私も行きます」
「駄目だ、朝凪は関わるな」
思いのほか強い口調になった。
―傷付けたくない。
命を奪うことを糧とする狂った彼岸の世界で一人戦おうと決めてから今まで、笑った記憶なんかない。そんな余裕はなかった。
「行きます」
「来なくていい」
人間に肩入れし過ぎた私は、危ない。
「いいえ行きます。絶対です」
勝算のない戦争を仕掛けようとしている。自分が生まれた慈しむべき世界で。
「朝凪、私は彼岸全部を敵に回してる」
「知ってます」
私に付いて来るということは、確実に死に晒される。大切だからこそ、離れたいのに。
「私の側に付いたら、あんたも反逆者と見なされるわ……」
一人きりで堕ちていきたい。
まだ生きている心の奥で、悲しい願いが燻った。