十四、異常事態
―例外が、ある。確率が低すぎて、言わなかったけれど。
彼岸の体制は、人間で言う会社組織や軍事組織に似ている。上層部の決定がその一階級下に伝わり、またそれがその下の階級に伝わる。それを繰り返して末端に情報が伝わる頃には、決定を覆すなど夢物語だ。
私たち末端はそれぞれにカバーする地域を振り分けられて、その中で実務をこなす。私が担うのは105地区と呼ばれる、日本の一片。ちなみにハルの住んでいる場所はこの中には当たらない。ハルは、彼岸のリストでは103地区に該当する。今はハルの前管理者の『取り違い』の処分の結果として、地区の近い私がイレギュラーに管理を引き継ぐ形となっているのだ。私より近隣の102地区や104地区の管理者に代打要請がいかなかったのは、私の直属の上司である桜の思惑が大きい。
桜は同期のエリートで、野心家だった。頭の回転が速い彼女はあっさりと階級を上げ、私に指示を出す側に回った。私が異端な行動を取れば彼女の監督責任が問われる訳だから、桜にとって私は煙たい存在だろう。
だけどその憂さ晴らしにハルを押し付けたつもりでいるなら、それは間違いだ。桜は、私が彼岸の決定をいつも投げ出したい衝動に駆られながら実行していたことを知っている。私が彼岸の存在について懐疑的であることを知っている。だから通常の何倍も理不尽なハルとの契約が、取りかえせない痛手になるとも容易に想像がつくだろう。確かにその通りかもしれない。けれどその深手を私が甘んじて受けるとして、覚悟さえしてしまえば怖いものなど何もない。争いたくないなんてキレイゴトだ。私はもう、納得出来ないまま上層部の決定に従うつもりはない。
「ハル、死期が迫っていなくても彼岸の使いが見えることがあるの」
それは例外中の例外。
「詩月さん…」
「ハルとチアキの取り違いがあってから、彼岸の方ではあなたの管理者の入れ替わりがあった。前者から、私にね。あなたの場合は引き継ぎがすぐに済んだから問題はなかった。でも、後任がすぐに決まらない時もある。まず管理者が入れ替わること事態が想定外だから」
ハルの表情が、訝しげに曇る。
「管理の担当がいない空白の期間。この時は見えることもある」
つまりナツメも管理者が入れ替わる事態が起こっている。それは。
「詩月さん…この子も…、…私と同じ…ー」
「そうよ」
ナツメにもハルと同じように、取り違いがあった。そういう事だ。