十二、真意はどこ
彼岸の世界では。
「因果ねぇ。やっぱり呼び合うのかしら、同じ境遇同士、
ハルとナツメは」
「女」を主張するような口調は里雪の背後から。天井の高い彼岸の建築物の中では、落とした声でもよく通る。
「性格悪いな。気配を消して近付くな桜。今の発言も取り消せ」
振り向きざま、里雪の冷えきった声に、桜がふっと微かな息をつく。白を基調とした背景に、その息はそれよりも白く色付くようだった。
「同期でも里雪くんより階級は上よ。言葉に気を付けたらどう」
金髪が影を作って、里雪の紅茶色の瞳がぐっと濃くなる。
「俺は階級に興味はねぇし、もうとっくの昔に出世コースからは外れた身なんだよ。
無駄な牽制ご苦労なこったな」
「無駄じゃないわ。階級と能力は比例してる。あなたのペットを私の追尾機が捉えた。詩月の動向は私の手中」
「手を出すな。詩月の好きにやらせろ」
そう言い捨てて歩き去る里雪。
白く広い建造物の中心。一人佇む桜。
「―冗談、」
桜が呟く。
そこには桜を知る誰もが見慣れた、余裕をちらつかせるような笑顔はない。
「せいぜい楽しませてもらうわ」
深く深く、全てを沈めた深海の色。それが桜の瞳だ。その青は沈黙したまま波打つこともなく、里雪の後ろ姿を見据えていた。
「随分シケた面だな」
どこからか現れた華夜がくっと低く笑う。なぁ?と言いたげに軽く口角を上げ、桜を挑発的に誘う。
「あなたは相変わらず楽しそうね」
無表情に返す桜。
「『最期の祭り』だぜ?暴れた奴が勝ちだ」
無表情の隙間に、僅か万華鏡のように影が落ちる。鮮烈な彩りに溢れたその瞬間に、名前がないことを華夜は好ましく思う。
「そうね……」
桜は小さく零して、それ以上の言葉は紡がなかった。
* * *
そして人間界。
「―そんな訳でね、ハル。私人間界に降りることにしたわ」
お茶を入れようとキッチンに立ったハルの真後ろに、桜がふわりと現れる。
「初めまして。私は桜。……詩月に会ってるなら察しがつくかしら?」
―桜、余計なことを。
「……『彼岸の使い』…」
不安そうな表情を取り繕いもせずハルが答える。
「上出来。完結で明確な答」
―スズ、行け。
リン、
鈴の音を残して桜の肩を抉ったのは猫に似た、けれどもっと獰猛な彼岸の使い魔。宙に散る鮮血の華。
「!!きゃ…ちょっ……、」
青ざめたハルの口から漏れるのは動揺の声。
「―っ、詩月の使い魔!」
スズを振り捨てた桜は肩の傷に怯みもしない。
「ハル!大丈夫!?」
「あ、―はい、それよりこの方が…、詩月さんの使い魔って……」
―桜、あんたには触らせない。
「油断したわ」
傷口を押さえ込んだ桜がさして痛みも感じさせない口調で言う。
―桜が?
「―なんて、温いわ。詩月」
回り込まれた背後から、首筋を鋭利な刃物が撫でて行く感触。続いて、そっちはダミーよと囁く桜の声。
「ダミーなんて、別に珍しくもないでしょう。ハルに気を取られるのも良いけど、冷静さを欠いてるわ」
―たとえ冷静だって、今の私と桜には歴然とした差がある。彼岸の使いの目にはどう見ても明らかな差が。
「さて。堕ちて貰おうかしら」
切先が肌を突く感覚が強くなる。すと身を引いたと同時に桜の手に何かが投げ付けられた。
「え、……スリッパ…」
ハルが軌道線の始まりを見る。そして私と、桜も。
「何やってんだよ、あんたたち」
―ナツメ。
「伏兵か…」
溜め息混じりに見つめる桜。
「…見えてるの?なんで…」
死に直面していない人間に、彼岸の使いは見えない。ハルに教えたことだ。
だから私は、返事が出来ない。