十一、誰もがそれぞれに
詩月の去った屋上に一人、佇む里雪の元に、ばさりと蝙蝠の羽を持つ獣が現れる。
「悪いな、リュース」
獣は里雪の声に反応してその肩に額を寄せる。絶対服従を誓うように。
「詩月を見張ってくれ。許容出来る範囲を越えたら俺に知らせろ。他の誰にも気付かせるなよ」
獣はピュイ、と一声上げ羽ばたいた。街の上空に小さくなってゆく使い魔を見送って、里雪は呟く。
「―たく、手のかかる女」
* * *
「詩月ちゃん、また里雪くんと喧嘩したんでしょう」
―煩い。
「そんな時くらいね。あなたがここに来るのって」
確かに私は滅多に書簡室には寄り付かない。ここにあるのは、下らない本ばかりだ。
「どうせ最後は里雪くんに助けてもらうでしょう?少しは穏やかにしたら?」
―分かってる。この女は、私を試している。
「ハルなんて、どうでもいいじゃない。もう」
「桜、あなたの人選ミスだわ。私をハルの担当にしたのは」
試されなくたって私は変わらない。私は桜と駆け引きしてるんじゃない。ただ自分に従っているだけだ。
「里雪がいなくても私の力は変わらない。ハルの時間は私が責任を持って取り戻す。私がね」
相容れないなら、つまり、そういうことだ。
* * *
導かれるまま夜の街を歩いて、結局辿り着いたのは。
「あの…さ、シュリを届けに来たんだけど」
シュリを探し歩いて疲れたのだろう、一度は家に帰って、ベッドに寄りかかるように瞳を閉じたその人。
―寝てるん……だよな…、死んでるみたいだ……
ナツメはぼんやりと思う。
「シュリ、お前のご主人は綺麗だな」
ピィ。
「起こしちゃ悪いかな。でも鍵かけないなんて不用心じゃねぇ?」
シュリに囁きかける声は柔らかで、暖かい。
「どうしよ…もう明るくなるし……いいかな」
ハルは心地よいくらいに優しい声を夢うつつに聞く。
だれ…。
「ねぇ…、朝だよ」
アキ。
「アキちゃん……」
無意識に抱きしめたのは、きっと後悔の中心に要る存在に重なったから。
「え、」
緩く囲まれた中でナツメが小さく声を上げた。
一気に現実に引きずり出される。
「ごめんなさい!ちょっと違う子かと……思って」
千秋かと。
ナツメを認めて瞳を逸らす。
「アキは、…弟なの。いろいろあって…もう会えないんだけど」
「……」
静かにハルを見つめたナツメは、濃い色の目を僅かに揺らしただけだった。
「シュリを届けに来てくれたのね」
「うん」
「ありがとう、お茶を入れるわ。ちょっと待ってて」
ハルはそう言い残して立ち上がる。