十、そして絡みあう
ピィ。
少年がドアノブに手をかけたと同時に微かな高音が聞こえた。
ピィ。
窓の外から。ノブから手を離し、少年は窓へ近付く。カーテンを開けるとそこに赤い鳥がいた。
「シュリ!なんで…」
少年が気付いたことにはしゃぐように、シュリが羽ばたく。
「スバル、早く来てくれなーい?」
「わかってる!すぐ行く!」
反射的に母に応え、彼はシュリに向き直る。
「早く帰れよ、あのネーチャンが心配すんだろ」
ピイ?
なんでと言わんばかりにシュリは主張する。
「いいな、早く帰れよ。俺もう行くから」
ピィ、ピィ。
シュリは確実に、「ナツメ」を選んで来た。否定しながら予感を捨てられない自分にナツメは苦笑する。
彼は「帰れよ」と、もう一度小さく残して部屋を後にした。
そして一通り夕食まで済ませて部屋に戻ったナツメは、窓ガラスごしに再び赤い塊を見つける。
「何でいんだよ、シュリ…」
「シュリは、自分の運命に抗ってるのかな。ねえ、ホタル」
見つからないシュリを一旦保留にして自宅に戻ったハルは相変わらず、浸かれたように筆を持っている。ただいつものように綺麗な色はのらない。描こうとしては、諦める。その繰り返し。欲しい色が、見つからない。
「ごめんね……でもこれが、私が生きる為の、……」
生きる為の。死ぬ為の。
「契約なの…」
ハルはそう言って、筆を置いて一息ついた。
「…シュリを探しに行かなくてはね」
* * *
「ハルは、律儀ね。賢人は言うじゃない。正直者ほど馬鹿を見るって」
「……詩月、」
「私なら、忘れるわ。あんな理不尽な契約」
「おい、詩月」
月と星を眩ませる都会の灯り。私は高いビルの屋上から、散らかったイルミネーションを見下ろす。
「聞こえてるわ。ちゃんと」
「後ろ向きでか」
だから当然、屋上の中程に立った里雪には背を向けることになる。
「おい」
里雪の言いたいことなら、分かっている。充分過ぎるほど。それと同じくらい、里雪がそれを言わないことも知っている。私は、ずるい。
「聞くわよ、顔を見てね。でも他の皆と同じことを言うつもりなら、さっさと立ち去ってちょうだい」
振り返りながらそう告げる。
「邪魔だわ」
「お前に警告してる奴らはお前のことを心配して、」
「規則の前に崩れる情なら結構よ。私は、」
里雪。手を貸そうとしないで。
「薄っぺらい馴れ合いよりも自分の信念が大事なの」
私は一人で戦える。
「待てよ!」
「分かってもらえないのは悲しいことだわ」
それだけ言い残して、里雪の返事は聞かなかった。