九、いないのはだれ
―探してくれる人がいて。
「、…ダセー……、あれ鳥じゃん」
はっと我に返った少年が呟く。何比べてんだよ、俺は。
「―くそっ」
彼はそのまま地面に寝そべって、吐き出せない不満を持て余したまま空を見上げる。
「―わかってるよ、俺じゃ駄目だって」
そうして、暫くだるそうに雲を眺めていた少年は一呼吸ついて、何か思い直すように起き上がった。
迷いの無い足取りで行き着いたのは彼の自宅。
「……ただいま」
「おかえりスバル!遅かったじゃない。心配したのよ」
間違いなく愛情のこもった声で少年の母親が少しだけ慌ただしく出迎える。けれど。
「うん。ちょっとね」
そっけない少年の返事に母親は不信感を抱かない。遠い目で母を見る、その少年の愛情に彼の母は気付かない。
言いたいことは、山ほどあるのに。
母にそっと微笑んで自分の部屋に向かった少年は、薄暗がりの部屋に電気も付けず、閉じたばかりの扉に背をつけて進もうとも戻ろうともしない。酷くゆっくりと深呼吸をして、彼は自分を宥める。
「…だから、いないんだって」
静かに目を閉じれば、部屋の照明など何だって構わない。
遮断出来ないことを遮断したいだなんて、どうすればいいかわからない。
―『ナツメ』って呼んでよ。
少年の兄は死んだのに。
「スバルー、ちょっと来てー」
スバルという名の人間は、もうこの世にいないのに。
「スバル聞こえてるの?」
台所から呼び声。既にいない人の名を。それとも、
「ちょっとスバル、手伝ってくれない?」
存在しないのは、スバルか、ナツメか?
閉じた瞳を逸らすように開ける少年。
「わかったよ!」
母に応えた声が痛々しい。