家庭の闇
ずずの心の闇が、単なる火災から姉、そして家庭まで広がり始めました。
詢子と史佳は、まだそれを追い続けることになりますが、
それはまた別の話で。(ってミステリーか?この話)
・・・うん?続ける気だよ。(笑
珠洲香の声は泣き声になっていた。
「でも、先生、今日みたいな事、やったら、あたし、消防士にはなれません」
あたしは彼女の両手を握りしめながら、やさしく言う。
「今日のこと、教えてくれる?あなたの口から」
それは史佳から聞いた話とほぼ一緒だった。
それでも、本人の口から聞いたという事実は大切だった。
「それと・・・・あの女の子の声、姉さんに似てたかなって、思うんです。
でも、姉さんがあんなところにいるわけないし、おかしいって思うのが普通なのに、
あたし、全然、おかしいなんて思わなくて・・・」
あたしは肯きながら、彼女の話を聞く。
大切なのは聞いてあげること。
答えは彼女自身が持っている。それを自分で引き出してくれればいい。
「急には治らない。どれだけ時間がかかるかは私にもわからない。でも、必ず治るから、信じてさえいれば」
珠洲香の表情に不安が横切る。
そうね、自分を信じろって言ったって、そうそう簡単にできないわよね。
じゃ、魔法をかけますか。
あたしはカバンから包装された粉薬を取り出す。
「これ、気分が落ち着く薬。今日はこれしか持ってきてないけど。次はちゃんと血液検査もして、お薬、決めるけど、今日はこれで」
珠洲香は言われるまま、薬を飲んだ。
落ち着いた?あたしの質問に肯いている。
「今日は薬が効いているから、もうとんでもないことはしないわ。だから、授業に戻っていいわよ」
珠洲香は嬉しそうに微笑んだ。
週に2回のカウンセラーを受けること。
それは二人きりになれる場所だったら、どこでもかまわない。
そして、その様子をテープに録音すること。
「このテープは自分が何をしゃべっているのか、あとで聞いて欲しいから録音するの。
話したいことだけ話せばいいのよ。言いたくないことは言わなくていいの。
もちろん、珠洲香さんの許可がない限り、第三者には公開しないから、安心して」
珠洲香は以上の条件に同意してくれた。
文書化するのは、まあ、明日でいいだろう。
さすがに今日は疲れた。
しかも、珠洲香は大きなヒントをくれていた。
彼女は家庭内で虐待を受けていた可能性を示してくれた。
中学生以前、小学生の頃だろうか。
そのあたりも、今後の治療のポイントになりそうだ。
珠洲香が部屋を出るやいなや、あたしは速攻でタバコに火を付けた。
深く吸い込むと、うまいと感じる。心は天国、体には・・・体にも天国か、違う意味で。
「ここは禁煙ですわよ」
史佳の言葉にあたしは携帯灰皿を見せてやった。
一仕事、片づけたんだから、ちょっとは休ませろや。
反対側のソファーに史佳も座る。
「あんな特効薬、お持ちなら、どんどん使えばよろしいのに」
あ、さっきの薬か?ダメだ、ありゃ。
「どうしてです?」
小麦粉なんか、そう効くかい。
「え?・・・・あ、プラシーボですか」
プラセボとも言うわね。偽の薬のこと。
飲む本人が薬だって思うから、効くだけのこと。
こんなの、しょっちゅう使ってたら、偽医者にされちゃうわよ。
「さすがですわ。だましのテクニック、昔を思い出します。
でも珠洲香には有効のようでしたし、よろしいということで」
ま、小麦粉も使いようってとこね。
会議室を出る。
屋外で訓練が始まったのだろう。声が伝わってくる。
珠洲香はここで泊まり込んでいるでしょ?
「はい、土日ぐらいは帰ることもあるみたいですけど」
あんたの権限で、ずーっと泊まり込みにさせなよ。
どうせ帰ったって、一人きりのアパートなんでしょ、彼女。ここと変わりないじゃん。
「そうですね。ここは二人部屋のはずですし、監視という意味ではここにいてもらうほうが有り難いですね。手配するとしましょう」
二人部屋・・・?相方との相性はどうなんだろ?
「気になりますか。聞いてきますから、しばらくお待ちを」
しばらくして、史佳が戻ってくる。
「貴船 珠洲香と同じ部屋には、上気多 千重美っていう、同い年の子でした」
その子の性格はどうなんだろ?
「明るい子だそうです。竹を割ったようなはっきり、すっぱりした娘だそうですわ」
ならいい。似たような性格だったらどうなるかと思った。
「どっちかって言うと、正反対の方だと思いますわ。ケンカぐらいするかもしれないけど、それもいい経験になりそうですね。昔のあたし達みたいに」
史佳が微笑んだ。
そうだな。
二人、顔を見合わせて、笑いあう。
ああ、いつまでも、こんなふうにいられたらいいのに。
ゴミ箱に捨てた紙のことをふと、思い出した。
「とりあえず、一休止ということで、これから飲みに行きませんか」
賛成。あんたのおごりでね。
史佳、あんた、昔と変わってないね。
昔、あたしがあんたに付けたあだ名を思い出したよ。
『腹黒史佳』
笑顔の裏で何考えてんだかわかんないって意味だったんだけど、
少なくともあんたは、昔っから
自分を頼ってきた仲間を、友達を、
そうそう簡単に見捨てるようなタマじゃなかったもんな。
体を張って守り抜くような、そんな姉さんだったもんな。
どこが腹黒かって?
目的のためなら、手段を問わないってところ。
仲間を守るために、相手を壊滅させる。
どんな手をとろうと、どれだけ返り血を浴びようと、微笑んでいられる。
そこがあんたの恐ろしさだよ。
珠洲香を「クビにする」だって?嘘ばっかり。何をほざいているのやら。
珠洲香のどこがどう、あんたの心をノックしたのか知らないけどさ、
あんたが、これからどうやるのか、おもしろくなりそう。
あたしの顔に笑みが浮かぶ。
二人して、消防学校を出た。
いつの間にか雲は消えて、青空が拡がっていた。
終わり~。
でも、この二人、書いてて楽しい。
掛け合い漫才、やらせたいぐらい。
やっぱ、楽しく書くのがいいよね~。
読んでくれた皆さん、ありがとうね~。