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精神科医の悩み

 なぜ、珠洲香が消防局に採用されたんだろ?

って考えて書いた話しです。

実際にはあり得ないだろうなあ、と思いつつ。


 自傷行為かあ。

読んで字のごとく、自分で自分を傷つけているんだけどね。

様々な要因があるから、それだけでは簡単には判断できないけど。

でも、役所側にとっては取りにくい理由にはなるよね。


「で、きっちり究明して不採用の理由書づくりをしろと?」


「いいえ、もう採用通知は出してあります」

 

 おや?あたしは目を上げて、史佳を見つめる。


「じゃあ、あたしの出番はないんじゃない?」


 史佳は首を横に振る。


「とんでもないです。これからが出番だと思ってますわよ」


 史佳はコーヒーを一口飲むと、話し始めた。


「消防は人手不足なんです。慢性的にね。優秀な人材だったら、猫だって採用したいぐらいに」


 猫の手でも借りたいの言い回しよね。そう思ったけど、黙って聞く。


「この子は頭も悪くなさそうだし、面接だって、普通以上でした。ただ、気になる点がありましたけど」


 それは?あたしの表情に史佳は頷く。


「面接が型どおりという印象でした。とちりもミスもなく、淡々とやって、まるで、ロボットみたいでした」


 ふーん、ロボットかあ。


「感情があまり感じられませんでした。緊張していたのかなあとは思ってるんですけど」


 その時には自傷行為の情報は入っていたんでしょう?


「ええ、面接の時には、そのことは一切触れませんでしたけど。それから、家庭環境的には良くないってことも事前にわかってました」


 家庭環境?

あたしは書類をかきまわす。

・・・父親、母親は死亡。姉がいるが、死亡。

中学まではN県の親類先。高校からこちらで生活。

肉親はもう、この世にいないってことか。


「彼女と話していて、思い出したことがありました。去年のM県の大災害に派遣した職員ですけど、覚えてます?」


 あたしがM県がらみで関係した職員と言えば、あの人ね。


「あの人も、感情が乏しく、無表情なところが、ありましたよね。珠洲香さんと印象が似ているなってね。結局、あの人は・・・・・PTSDという判断を詢子、あなたはくだしましたね」


 その人は、あたしのところへ来た時点で、PTSDの兆候を見せていた。

あの災害現場で見てしまった、悲惨な光景を忘れることが出来ない。

夢にさえ出てくる。落ち着かなく、神経が休まるときがない。

仕事に集中することもできなくなっていた。

思い出すのが怖くて、TVやラジオも聞かなくなっていた。

結局、仕事に集中することができなくなっていた。

そういう理由から、あたしのところにやってきて、

何とか日常生活が送れるようになるところにまでは回復したんだけど。


「あたしの勝手な印象ですけど、この子はあの人と同じじゃないかって思いました」


 おやまあ、よくもそんな子に対して、合格の判断を下したわね。

普通なら不合格じゃないの?誰が決定したのかしら。


「あたしです。あたしが決断しましたわ」


 あたしは史佳の顔を見つめた。


「さっきも言いましたとおり、消防は人手不足です。近年、事故は複雑かつ大規模になって住民からの要求は増加するばかりなんです。

救急車なんかは、秒単位の出動という有様で、しかも、必要性が疑われるケースが増大してます。

消防の優秀な人材は過労ぎみで、身体的にも心的にも病に悩む隊員が増加傾向です。

こんな状態で、本当の大災害が発生したらと思うと、恐ろしくなってきます。あたしにできることとして、使えそうな資金、資材、そして、なにより人材の確保を最優先にしています」


 確かに、あたしが市から依頼を受けて、カウンセラーをするようになってから、

消防局の職員は、こんなに心的に疲労しているのかと、びっくりしたぐらいだ。

おかげで商売繁盛ではあるものの、こっちまで疲れてしまう。


 PTSDのカウンセリングでは、当人の話を聞く、認知行動療法を主に行うのだが、

聞いているこっちまで、当時の様子を再体験してしまい、

あたし自身がPTSDになりそうな気分になってしまうこともあった。


「それに・・・」


 それに?


「面接の時、感情があまり感じられませんでしたと先ほど、言いましたけど、彼女が自分が助けられたように、他の人を助けたいと言ったときには、それなりに熱いものを感じたのも確かです」


 あたしはたばこに火を付けた。

で、あたしにどうしろとおっしゃるの?


「彼女がもし病気だとしたら、その対応をお願いしたいと思っています」


 それは・・・難問だよ。

まず、何の病気かわからない。病気じゃないかもしれない。

原因も不明なら、対策だって手の打ちようがない。


「この前のPTSD対応はうまくいったと思っています。

あの人は、今、職場に復帰しているんですよ。

さすが、詢子ね、って思っているのですが」


 誉めても何も出ないよ。

あの場合は、少なくとも原因ははっきりしていた。

原因も分からないところから解き明かすのは簡単じゃないわ。

少なくとも、彼女自身による協力は絶対に必要よ。


「そのとおりです。ですから、さっそく彼女に会っていただきたいのです。

引き受けるかどうかはその後で決めていただいて結構ですけど、あたしとしては、是非詢子にやって頂きたいと思っています。精神科医にして、カウンセラーの杉崎 詢子、その人にね」


 まあ、すごい買いかぶりようだこと。

悪い気はしないけど、今のところは何とも言いようがないわ。

もちろん、本人には会う気だけど、いつにしましょうか。


「よろしければ、これから行きましょうか。

今は消防学校で初任研修中のはずですから、たぶん、すぐに捕まると思いますわ」


 ああ、忘れていた。

史佳の特長の一つ、異様なぐらいな行動力があったっけ。

こいつほど、”思い立ったが吉日”がぴったりする奴はいなかった。

しゃあない。

あたしはつけたばかりのタバコをもみ消した。

その様子を見て、史佳は微笑むと立ち上がった。


「一つだけ、教えてよ。

もし、彼女があんたの希望どおりに治らなかったら、あるいは治っても希望のレベルでなかったら、どうするの?」


 あたしの意地悪な質問に、史佳はこともなげに答えた。


「クビにするだけですわ」


 外はしっかりと雨になっていた。



 実は、書いていながら、この史佳さん、

結構お気に入りキャラになってきてしまいました。

ちょっと上司になって欲しいかなあ?(笑

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