第1話:「消えた文化祭の大作」
放課後の美術室は、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。夕陽が校舎の窓から差し込み、展示台の上にかけられた布に淡く影を落とす。だが、その展示台の上にあるはずの文化祭の目玉作品は、忽然と姿を消していた。
「翔くん、沙奈ちゃん!大変なの!」
声の主は、美術部部長の高橋佳奈だった。部長の声には、かすかな震えと混乱が混じっていた。瀬戸翔は反射的に美術室全体を見渡し、瞬間記憶能力を働かせる。展示台の位置、床の傷、壁のほこりの落ち方、ライトの角度まで、頭の中に鮮明に記録されていく。
「落ち着いて、順を追って教えて」
沙奈が部長の肩に手を置き、柔らかく声をかける。目の動きや微かな呼吸の揺れを観察する彼女の目には、すでに部長の心理状態が映し出されていた。
「展示物が…消えたの。さっきまで確かにあったのに!」
部長の手は震え、布を握りしめたまま離せない。
翔は部屋の床を一歩ずつ歩きながら、記憶した光景と現場の状況を照合する。扉も窓も施錠済みで、外部から侵入した形跡はない。展示室内のすべての物は、見た通りに整然としているが、どこか微妙に違和感が残る。
「うーん…やはり中に隠されている可能性が高いな」
翔は低く呟いた。視線は展示台の背面に集中する。わずかに光の反射が違う――パネルが微かにずれているのだ。
「目線が泳いでる…誰か隠している」
沙奈は部員たちを観察していた。普段は明るく笑顔を見せる面々の中に、ほんの一瞬の動揺が見え隠れする。手の微かな震え、目線の上下。心理分析能力が、無意識に現れる微細な嘘を捉えていた。
「いたずらで隠したのは君ね?」
沙奈の声に、一人の部員が赤面した。
「そ、そんなつもりじゃ…!」
その瞬間、翔は展示台の裏側にある回転式のパネルに意識を集中させた。展示台自体は大きく、外に運び出すことは不可能だ。微細な傷やほこりの落ち方から、作品が「内部に隠されている」という結論が導かれる。
沙奈が部員の心理をさらに分析し、動機を探る。いたずら心だけでなく、目立ちたかったことが隠した理由だったと特定した。部員は小さなため息をつき、震える手でパネルを開けると、そこに作品は無事に隠されていた。
「作品は無事だ」
翔が微笑み、作品を元の位置に戻す。文化祭の準備は再開され、部長も安堵の表情を浮かべた。
「でも…」沙奈は遠くの窓の外を見ながら言った。「この小さな事件には、学園の古い秘密に関わる理由が隠されているかもしれないわね」
夕陽が校舎を赤く染め、二人の影が長く伸びる。翔は微かに笑みを浮かべた。
「次はもっと複雑な事件が待っているかもしれない」
沙奈も微笑み返す。
「ふふ、楽しみね」
校舎の陰影の奥には、まだ誰も知らない学園の秘密が、静かに眠っている――。




