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【実話】高校時代、ダンプカー転落事故にあわや巻き込まれそうになり、警察署での事情聴取のとき、交通課の巡査と意気投合した件【なぜかRPG談議】

作者: 尾妻 和宥

 高校3年のときだった。男3人での下校途中。たしか6時限目が先生らの緊急会議か何かでお開きになり、早めに帰宅できたのだ。

 帰途も残すところ4分の1ばかりか。急なのぼり坂で、大きな右カーブの入り口にさしかかったのは15時10分ぐらいだったと憶えている。


 僕たちは自転車から降りた。ちゃんと左側の路側帯を縦一列になり、かったるそうに歩きはじめた直後だった。くだらない会話に夢中になっていたとはいえ、車の通行の妨げをしていなかったと誓える。




 そのときだった。

 すぐ目と鼻の先の大カーブの向こうから、大型車らしき排気音が聞こえた。

 大型ダンプカーが下ってきた。俗に10tダンプと呼ばれる大きな車両である。


 ところがダンプカーは減速するどころか、カーブを曲がりきれない。

 なんと、そのまま直進してしまった。ガードレールをなぎ倒し、崖下へ飛び出していったではないか。

 僕らは声を発する暇すらなく、自転車のグリップを握ったまま、まるで液体窒素を浴びせられたみたいにその場に凍り付いた。


 ダンプは濛々(もうもう)たる煙をあげながら、急斜面を落ちていく。

 壮絶な大音響。

 一瞬、スローモーションになったかのように緩慢な動きに見えた。


 やがてダンプはカーブの外側に張り出したやぶのせいで見えなくなり、次の瞬間、30メートル下の地面に激突したであろうクラッシュ音がこだました。真下には民家こそなかったものの、畑が広がっていたはずだ。

 とっさに、あんな高台から落ちたら運転手は助かるまいと思った。

 しばしの静寂。


 3人とも茫然自失のていで崖下をのぞき込んだが、死角になっているせいで、大型車両がどれほどひしゃげているかまでは見えない。


 すると大カーブの坂からゆっくりと、一台のグレーのライトバンが下ってきてカーブを曲がり、内側の広い路肩に停まった。

 慌てて車から降りてきたのは、50代くらいのおばさんだった。

 顔を紅潮させ、ひどく動揺している。


お父さん(、、、、)落ちちゃったの(、、、、、、、)?」


 おばさんの発した言葉が生涯忘れられない。落ちたかどうかは見りゃわかる。言葉の真意は、その時点では計りかねた。

 すぐに車道を泳ぐような手つきで横断してきて、ガードレールに寄りかかり、崖下をのぞき込んだ。


 今度はライトバンの後続車であろう。別の自動車がゆっくり下ってきて、これまたライトバンの後ろに停まり、中年男性が降りてきた。

 男性は僕たちのそばに来るや否や、おばさんより先に崖下に通じる細い道を下っていった。――この人は善意で救助に駆けつけてくれた人だろう。おばさんも続いた。


 しばらく僕たちは身を硬くしたまま、その場に立ち尽くしていた。足がすくんでいたと思う。

 やがて崖下からさっきの男性が、「血まみれだ! おおい、誰か、救急車を呼んでくれ!」と、大声で叫んだ。

 そのあとの、おばさんの悲鳴と慟哭どうこくは聞くに堪えなかった。悪い夢を見ているかのようだった。


 3台目の別の車から駆け付けた男性が、「わかった! 電話してくる!」と、返事した(当時はまだ携帯電話が普及していなかった)。見事な連係プレーに、僕たちは救われる思いだった。


 個人的に、この大惨事の成り行きを見守りたかった。

 だけど、リーダー格のAが青ざめた顔で、


「……おれたちがここにいても邪魔になるだけだ。何も手伝えないだろ。さっさと帰ろう」


 と、言いやがった。

 あまりにもショッキングな大事故を目の当たりにし、一刻も早く立ち去りたいのもわかる。当時3人とも、17か18歳。Bや僕もとやかく反論せず、Aの意向に従った。


 ふり返れば、あと1分(自転車を漕いでいたら30秒だったろう)でも前を進んでいたら、この大惨事に巻き込まれていたかもしれない。

 案外生と死の境は、紙一重の差で成り立っているものだと思い知らされた。


 帰宅してすぐ、たまたま家にいた両親に、あわや事故に巻き込まれそうになったと報告したのは言うまでもない。

 すると父親は僕の身を案じるどころか、すぐさま自家用車に乗り、事故現場へ見にいってしまった。野次馬根性に呆れた。


◆◆◆◆◆


 翌日か翌々日だったか、このダンプカー転落事故は地元新聞に掲載され、運転手は搬送先の総合病院で死亡したことを伝えていた。


 被害者の名前は隣町出身のH氏。年齢は60前後だったろうか。当時は顔写真まで載っていた。

 しばらくしてから人づてに、事故のあらましを耳にした。――ダンプカーを運転していたH氏は隣県の建設資材を運ぶ会社に勤める従業員で、数日前から自身が所有するダンプのブレーキの調子が悪いのが気になった。それで県をまたぎ、20km先にある自動車整備工へダンプを修理しに運んでいる途中だったとか。


 ブレーキの利きが悪いにもかかわらず、自ら運ぶというのも無謀な話である。ましてやあんな急な坂を下るのはうっかりミスでは済まされない。えらく向こう見ずな人ではないか。別の安全な方法もあっただろうに……。

 H氏は頑固な人物だったらしく、奥さんが反対しても耳を貸さなかったらしい。


 言っても聞かないので、奥さんは心配で、旦那が運転するダンプのあとをライトバンに乗って追っかけている最中だったのだ。

 それを急な下り坂を曲がりきれず、なんと奥さんの目の前でダンプが崖下へ転落するのを目撃してしまったというわけだった。


 彼女の心境をおもんぱかると、なんともおいたわしや、である。一生消すことのできないトラウマを残したにちがいない。

 それで「お父さん、落ちちゃったの?」という言葉の意味は合点がいった。




 それから1週間ほどしたころだろうか。

 どこをどう捜し当てたか、夕方、自宅に電話があった。警察署からだった。

 交通課の某と名乗る警官で、「君は先日の、ダンプカー転落事故を目撃した学生の一人ではないか?」との問い合わせだった。

 ほぼ事故の原因は決着がついているので、後日、署まで来ていただき、事情聴取に協力してほしいとのこと。


 田舎の警察にしてはなかなか侮れない情報網を持っていると感心したものだ。強制ではなく任意にすぎないが、相手の口調もソフトだったので、行くことに決めた。


 あのとき僕は、3人の列の最後尾にすぎなかったのに、なぜ選ばれたのか。

 しかしながらAとBの名誉を守るためにも代表で出向き、こちら側に落ち度がないことを証明しなくてはなるまい。その点、僕ならうまく説明する自信はあった。


◆◆◆◆◆


 事情聴取の日、僕は父が運転する車に乗せてもらい、署に入った。父には駐車場で待ってもらうことにした。どうせ小一時間ほどで済むのではないか。


 4帖ほどの狭い取調室に通され、机をはさんでパイプ椅子に座らされた。

 真正面はブラインドのかかった窓で、白い光が洩れている。

 部屋に現れたのは先日電話をしてきた交通課の某巡査だった。年齢は30代半ばくらい。なぜか眼の下にくまを作っており、疲れたような顔をしていたのが印象的だった。

 

 遠慮がちに巡査は切り出した。

 事故当日の時間帯や、そのとき大カーブのどのあたりをAとBと僕が通行していたかイラストを交え、調書に記入していく。


 たしかに目の前で目撃したにもかかわらず、早々立ち去るのは立場を不利にしかねない(直接的に係わりがなければ法的義務はないらしいが)。もしかしたら事故を誘発する非があったのではないかと、疑われる恐れすらあるからだ。


 その点、ちゃんと左側の路側帯を、3人が縦一列になって歩いていたことを強調した。嘘偽りはない。

 巡査も信じてくれた。

 そもそも事故現場に、ブレーキ痕がついていなかったのは現場検証で把握していただろう。きっとH氏が勤めていた会社にも調査が入っただろうし、ダンプのうしろを走っていた奥さんを呼び、現場での実況見分も行ったにちがいない。それらの証言も味方してくれたと思う。


 事故現場は急な下り坂で、カーブは大きく、おまけに内側は岩壁が張り出し、視野が限られていた。僕らはカーブの入り口にさしかかった地点にすぎず、H氏の乗ったダンプカーが僕たちを避けようとして、あえてハンドルを切らなかったわけではない。恐らくH氏は、僕ら学生がいようがいまいが、気付く余裕もなく、ブレーキの利かないダンプを制御しきれずそのまま直進し、崖下へと落ちていったと思う。




 この取り調べは、はじめこそお堅いノリだったが、意外や意外、徐々に砕けた内容になっていった。

 とりわけ、ダンプカーが崖下に転落する様子はどんな感じだったかを、巡査は食い気味に聞いてきた。

 僕は昂奮こうふんした口調で、「まるで、ハリウッド映画のカーアクションみたいでした」と、言った。

 巡査も眼を輝かせ、「ほうほう! そのとき、どんな音がしたんだい?」と、身を乗り出す始末。

 あの事故現場を、なんとか言語化しようと頭をひねった。


「意外と、ガシャンガシャンと、まるで鎖の束でも叩きつけるような音がしたと思います。直感で、『これは死亡事故に繋がるな』と思いました」


「へえ~、そんなもんなんだ!」


 巡査は鼻息荒く、僕を見つめてくる。

 彼は交通課に配属されているのに、そういった現場を生で見たことがないらしい。

 この事情聴取は、あくまで形式上の調書作成の場にすぎないのだろう。1時間にも及ぶこのやりとりで、僕と警官はなぜか意気投合した。人一人亡くなっているというのに……。


 さて、調書もほぼ完成し、お互い語り尽くした。AとBの名誉も守れたと自信がある。

 ただし調書の終わりに、なぜか拇印ぼいんをとらされたのは納得いかなかったが。率直に疑問をぶつけると、「まあ、形だけだから」と、やんわり受け流された。


 いずれにせよ、あとはこの巡査が、帰ってよろしいと告げるのを待つだけだ。

 ところがこの巡査は、なんだか落ち着きがない。


 なにか言いたげなそぶりで立ち上がり、取調室の向こうの窓辺に佇むと、ブラインドの隙間に指を突っ込み、まるで『太陽にほえろ!』の石原裕次郎ばりに外をのぞく。眉間にしわを寄せていた。

 えらくもったいぶった動作である。こっちは父親を駐車場で待たせている手前、早く解放してほしいのだが……。




 そのうち、巡査は口ごもりながら、


「ところで尾妻君。これは事情聴取とは関係ないんだが」と、声をひそめて言った。窓際を離れると、やおら机の前に着席し、両手を組み、僕と向き合った。「君はテレビゲーム――ファミコンをするかね?」


「は?」


 驚かずにはいられない。突然なにを言い出すやら。なんでこのタイミングで、この人、ファミコンの話を持ち出すんだ?


「……つまり、世間じゃ、ロールプレイングゲームって人気あるだろ」と、巡査はしどろもどろに言った。「じつは僕も今、『ドラゴンクエストⅡ』にハマっててな。仕事が終わって家に帰ると、夜遅くまでプレイしてるんだ。近ごろ寝不足で勤務していることもしょっちゅうだ。君ら世代も、やっぱりのめり込んでるクチなんだろ?」


 ははあ、なるほど……。どうりでこの警官、眼の下が腫れぼったいわけだ。

 当時、『ドラクエⅡ』が発売されて2年ほど経過していたはず。とても旬とは呼べなかった。さてはビギナーだな、とにらんだ。


「はあ……。『Ⅱ』はやったことないけど、『Ⅲ』は確かに面白かったですが」


「だろ! 『Ⅲ』はいずれ楽しみのために取っておくとして、今は『Ⅱ』を攻略するよ。……な。よかったら、尾妻君のオススメRPGを教えてくれないか?」


「オススメですか。僕、けっこうマイナー好みですよ。あえて王道は避けますから」


「かまわない。『ドラクエ』以外に何がある?」


 この巡査と来たら、メモ帳を取り出し、ボールペンを握った。僕の次の発言を一字一句聞き洩らすまいと待ち構えている。事情聴取以上に熱量が半端なかった。


「それなら『ファイナルファンタジー・Ⅰ』を勧めます。週刊少年ジャンプの『ファミコン神拳 あたた大紹介!!』では、わりと酷評されたんで、キム皇とか、こいつら何様なんだって反感憶えましたけど。あのコーナーは、『ドラクエ』には甘く、他のRPGには手厳しいんで有名です。……ええ、僕は『FF・Ⅰ』は、グラフィック、音楽、シナリオもよかったし、なによりバランスが絶妙だったと思います。ただし、去年発売された『Ⅱ』は問題作でした。パーティ同士でどつき合いしないといけない成長システムは、本編そっちのけで何やらされているのか訳がわからないし、ダンジョンはだだっ広く、とにかく苦痛の連続でした。しかも途中セーブできないんで、全滅でもしたら目も当てられない。せっかくの新システム『ワードメモリーシステム』も前半活用するだけで、中盤以降はまったく使わないし。バグも多いことから、恐らく納期に間に合わず、ゲームバランスも練り切れないまま出荷されてしまったんだと思います。はっきり言って、『Ⅱ』は未完成の出来です。もっと時間をかけて調整すべきでした」


「なるほど、大人の事情があったわけだな。他には?」


 巡査は猫背になったままメモを取った。


「『ウィザードリィ』シリーズは本格派仕様の一人称視点の3Dダンジョンものです。今のところファミコン版は『Ⅰ』と『Ⅱ』がPC版から移植されています。ただし方眼紙でのマッピングは必須です。じゃないと、迷子になって全滅するリスクがあります。もちろん寺院での蘇生や、呪文による復活も可能ですが、『ウィズ』におけるパーティ全滅は、『ロスト』に直結します。つまり、愛着あるキャラクターは二度と甦ることはない。プレイ中は、常にこの死への緊張感を強いられるわけです」


「ふむふむ……方眼紙によるマップ作成か。大変そうだな。他には?」


「個人的に一番オススメしたいのは、タイトーの『ミネルバトンサーガ』です。世間一般ではB級扱いですが、テキスト量は同時期に発売された『ドラクエⅡ』よりも超えていると思います。町人のセリフはフラグごとに変化するという、画期的な仕様でした。僕はこの『ミネルバトンサーガ』の世界観に惚れ込み、自慢じゃありませんが、全テキストを模写しました。B5 B罫ノートにびっちり書き込み、これは家宝にしています。日本広しと言えど、全テキストを模写した奴はあまりいないでしょう」


 取調室の中、お互い机をはさみ、僕と巡査は見つめ合った。


「……尾妻君、君と知り合えてよかった。大変参考になった」と、にわか(、、、)ゲーマーの彼とかたい握手を交わした。友情のようなものが芽生えていたかもしれない。もっともそれは巡査の一方的な思いだっただろうが。「よろしい、そろそろ家に帰してやろう。君のことを気に入った。よかったらパトカーで送ってやる。どうだ、パトカーに乗るのは初めてか?」


 冗談じゃない。

 パトカーに乗ってみたい好奇心もなきにしもあらずだったが、まかり間違って、あんな目立つ車両で護送されているところを、誰かに目撃されてみろ。なにかやらかしたんじゃないかと誤解されるに決まっている。当時、高2から煙草ぐらいなら吸っていたとはいえ、それ以外は品行方正の見本みたいなもんだった。


 パトカーに乗せてもらうのは丁重にお断りした。

 そもそも父に送迎してもらっていることを伝えると、さすがの巡査も恐縮し、ようやく僕は長い拘束から解放されたのだった。2時間は取調室でしゃべっていたことになる。

 なまじ事故現場を目撃してしまうと、ろくなことはない。


◆◆◆◆◆


 現在いまでもその事故現場を通りかかる。

 が、時が経つにつれ、H氏が奥さんの目の前で死んだことも忘れてしまった。H氏は気の毒な亡くなり方をされたと思う。どうか安らかに眠って欲しい。――事実、あの転落事故のあとの修理されたガードレール沿いには、しばらくの間、花束と、煙草の銘柄『キャビン』が供えられた。キャビンのボックスの表面にはサインペンで、『安らかにお眠り下さい』と書かれていたのを憶えている。

 それはそれとして、あの奥さんは今も元気なのだろうか? 今では高齢のはずだ。




 今年4月のことだった。

 会社の1.5tトラックを使う機会があり、あの死亡事故同様、下り坂を下っているときだった。

 奇しくもがっつり雨の日で、おまけに空荷からにだった。雨天におけるトラックの空荷は危険である。とりわけ橋の連結部である鉄材上を通過する瞬間や、トンネルの出入口あたりでの急加速・急ブレーキは、激しくスリップする恐れがあるのだ。


 というのも、トラックの車軸およびタイヤは、重量物を積むことを想定して設計されているため、空荷の状態だとタイヤにかかる荷重が少なくなり、路面との摩擦力が低下してしまう。とりわけ濡れた路面では、駆動力トラクションの低下が発生し、そのためスリップしやすくなるわけだ。


 さほどスピードは出ていなかった。60キロ未満だったと思う。

 僕は下り坂の途中で、エンジンブレーキを利かせようと、オートマ仕様のDレンジからSにシフトダウンした。

 途端、トラックは制御不能となり、大きく尻を振った。

 意図しないドリフトだった。センターラインをはみ出した。

 泡を食ったのは言うまでもない。すぐさま高校3年の、ダンプ転落事故の記憶が甦る。

 眼の前に、ガードレールが迫った。


 こんなとき、むやみに急ブレーキをかけるべきではない。

 エンジンブレーキが徐々に利くのを待った。

 意外なほど僕は冷静だった。


 ……尻を振りながら、なんとか大きな左カーブを曲がりきった。

 我ながら、よく事故しなかったと思う。

 あの日のH氏の奥さん同様、カーブ内側の路肩にトラックを寄せ、安堵の吐息をついた。交通量の少ない道路で、対向車が来なかったのも幸いした。




 たまたま路面にこけでも生え、土砂降りも手伝って滑りやすい状態だったのか?

 いやが上にもH氏を思い出さずにはいられない。カーブ外側のガードレール沿いに血まみれのH氏が立ち、ウン十年越しに僕の命を取りにきたのだと錯覚した。


『あの日、おまえたちさえ通りかからなけりゃ、おれはうまくカーブを曲がりきり、死なずに済んだのに。今度こそ借りは返させてもらう。おまえも同じ目に遭うがいい』


 ……と、僕は妄想を抱き、怖気おぞけをふるったほどだ。


 本当に路面のせいなのか、それとも車両に問題があったのではないか、そのあとよせばいいのに、別の交通量の少ない路上でふたたび加速してからシフトダウンして実験してみた。


 やっぱり1.5tトラックはドリフトし、僕は1日に二度も肝を冷やすことになった。

 幸い、これも対向車がなかったおかげで命拾いしたが。無鉄砲な人は長生きしない。


 専門家によると、古いタイヤを履いていたのが災いしたとのこと。

 経年劣化によりタイヤのゴムは硬化し、弾力性・柔軟性が失われ、路面とのグリップ力が減少してしまったのだという。たとえ溝が充分残っていたとしても、雨天時の走行ではスリップしやすくなるらしい。これを読んで心当たりある人は気を付けた方がいい。


 会社がケチったせいで、危うく死人が出るところだった。

 その日、上司に報告し、タイヤを新調させたのは言うまでもない。

 なんにせよ、死は案外身近にあると思う。





        了

 本作は9割は事実で、1割は嘘である。

 1割の嘘とは、取調室で、『FF・Ⅰ』『ウィザードリィⅠ・Ⅱ』『ミネルバトンサーガ』を勧めたのは本当だが、本文のセリフみたいに淀みなく説明はしていない。エンターテイメントとして加工した。

 『ミネルバトンサーガ』の全テキストを模写したというのも事実とは異なる。実際は成人してから6度目か7度目あたりのプレイ時のことだったと思う。


 あの巡査がプッシュしたとおり――『FF』シリーズは今や誰もが知る定番だから遅かれ早かれ手を出すだろうとして、マニア志向の『ウィズ』に挑み、マイナー路線の『ミネルバトンサーガ』をプレイしてくれたとしたら、布教した甲斐があったというもの。


 『ミネルバトンサーガ』偏愛が嵩じ、脚本を担当した羅門らもん祐人ゆうと氏の小説を集めたり、PC98のRPG『ディガンの魔石』にまで手を出したのはいい思い出。


 『ディガンの魔石』は『ソーサリアン』同様、なんらかの職業について各パラメータを上げたり、アルバイトすることによりお金を貯めることのできたリアル志向のRPGだった。


 ちなみに、歓楽街のいかがわしい風俗店に入ることができ、『オットセイの皮』なるアイテムを使用し、宿泊できた(なんだそりゃ)。時々性病を伝染うつされることもあった。『ドラクエ・Ⅰ』の「ゆうべはお楽しみでしたね」など、児戯に等しい。

 他にも宿に泊まり、朝起きると、パーティのメンバーの誰かに有り金すべてを持ち逃げされていたりと、前代未聞のハプニングが楽しかった。


 ……その後、あの某巡査は警察署で姿を見かけなくなった。

 どうか勤務態度に問題があり、懲戒処分されたわけじゃありませんように。――本当に、こんな不届な警官もいたのです(*^-^*)

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こんばんは、つぶらやこーらです! 拝読させていただきました。 死は身近にある。それは今も昔も変わらないはずなのに、なまじ技術による防御力を得てしまったためでしょうか。避ける感覚や勘が鈍るのではないか…
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