嘲笑されても気にしない
注意:主人公は夢主
わたくしの婚約者は酷くモテる。
「あら、マリアージュさま。お一人ですか」
夜会で飲み物を飲んでいたらくすくすと笑われながら声を掛けられた。
婚約者と一緒じゃないのかと言いたいのだろうけど、
「いえ、両親とともに来ましたよ」
何も気づいていないという感じで返事をする。
婚約者はただいまこの夜会の警備の責任者として駆けずり回っているだろう。
「まあ、仕方ないですわね。一緒にいても……ね」
妖艶な笑みを浮かべられて意味深な視線を向けてくる女性。
「ねえ、知っているかしら。彼ったらすごいのよ。――夜がね」
「…………」
ああ。そういうことですか。
つまり、わたくしの婚約者の本命は自分だといいたいのですか。了解しました。
(わたくしだって、わたくしが婚約者に釣り合えると思えないのよね……)
婚約者のカベルネさまは平々凡々のわたくしからすると理想の恋人と言うか……夢女になったなと思えたのだ。
わたくしには前世の記憶があった。
前世は某サイトに二次創作――いわゆる夢系小説を書いていた。
某スポーツ高校のマネージャーという設定で恋愛ものとか。某ロボット物の戦艦のクルーでパイロットと恋愛とか。
某戦記物の親友ポジの婚約者とか……。
そんな感じで某サイトで投稿をしていて仕事に行く途中で続きをどうしようかなと考えながら歩いていたら事故にあって亡くなった。
スマホを見ていた運転手許すまじ!!
そんなことを思っていたらまさかの転生。
それだけではなく、前世喪女だった自分に婚約者が出来た。しかもその婚約者が二次元から飛び出てきたような完璧超人だったので悟った。
(ああ。本命が別にいての隠れ蓑ですね)
前世喪女。現世でも顔立ちは平々凡々。そんな自分に婚約者は勿体ない。これでわたくしの両親がかなり身分が上で、逆らえない相手だったとか。何らかの関係で恩人関係とかならまだ理解できるが、そんなこともないし。
これはもう偽装婚約。偽装結婚でしょう。
(いくら前世夢女でそっちの話ばかり作っていたとしても現実を弁えているわ)
わたくしがこんな完璧な婚約者と結ばれていいはずはない。
ならば、変な期待はしないで、理想の男性を一番近くで見られるポジションを満喫しましょう。で、本命が現れたらすぐに去れるように。
(では、この方が本命なのでしょうか?)
確か、どこかの貴族の未亡人だったが、それならば結婚に支障はないだろう。夫もいない。気兼ねする相手もいない。それに年齢はともかく見た目は綺麗な方だ……中身はともかくとして。
再婚しても大丈夫だろう。
なのにわたくしとの偽装婚約を続けている……。
「――その夜とはいつのことでしょうか?」
もしかしたらとふとある考えが浮かんだので尋ねてしまう。
「あら、気になるの?」
こちらを挑発するように日付を言われて。
「その日は確か、兄と一緒に騎士団の飲み会に参加していましたと聞いてますよ」
でろんでろんに酔って歩けない兄を担いで帰ってきた記憶は新しい。
「そっ、それは……あっ、貴方のようなお子さまを騙す方便で……」
焦ったように説明しだす女性を見てやはりそうなのかと気付いて、女性の肩を掴む。
「ご夫人……」
名前を思い出せないので、呼び方に困ってそんな言い方になったけどどうやら不審がられていないようだ。
「なっ。何よっ!!」
掴まれたことに驚いて青ざめているのだが、ずっと隠していたのに気づかれたら怯えるだろうな。前世の自分を見ているようだ。
「夢女ですね!! 分かりますっ!!」
「はいっ?」
「秘かに想いを寄せている相手が【もし】自分の恋人だったら!! つらい過去のある存在の傍に【もし】自分がいて助け出せたら!! 誰でも想像します。だけど!!」
ガシッと手を掴んで。
「それは二次元だと理解していて許される行為ですっ!! 現実ではただの【痛い女性】【頭が可哀そうな方】【精神が病んでらっしゃる】と言われて遠巻きにされるのがオチです。なので、その素敵な設定は二次元で……紙に思うまま書きなぐって読ませてください!!」
そんな話をしている間になぜか女性が胸を押さえて苦しそうに倒れかかっている。もしかして、興奮しすぎて気分が悪くなったのだろうかとすぐに椅子の所まで案内する。
「イタイジョセイ……アタマガカワイソウ………」
ぶつぶつと呟いている内容は聞き取れないが、もしかしてネタが浮かんだのだろうか。
最初はやっかまれていると思ったけど、喪女相手にマウントを取ること自体あり得ないだろうし、あんな素敵な方が婚約者なのは本命は別にいての隠れ蓑だからわたくし相手にマウントしているなんて時間の無駄にしかならない。
ならば、この方は同好の士だと思って自分の夢小説か夢日記を語っていたのだろう。
ああ、なんでこの世界にネット文化が無いのだろうか。ネット文化があれば、某サイトとか某サイトに投稿をしてこの方の想いの丈をぶつけられただろうし、それにいいねとかを付けてあげられたのに。
ネット文化は素敵だったわ。前世で大学ノートとかルーズリーフで小説を書いていたけど、それを誰に見せたらいいのか。見せて安全な相手を探せる自信が無くて一人で寂しく書くしかできなかった。
そう言うイベントに参加するには勇気がなかったし、学生にはハードルが高すぎた。
いざ、そこに行ける年齢になったらハマって書き続けていたものがマイナー作品になって心が折られた。
そんな状態だったのが、ネット小説というものがあると知った時は驚いた。そこなら同好の士もいるし、感想をもらえることもいいよも押してもらえる。
視聴した人が、ブクマしたと言う人が居るのを見るたびに喜んだものだ。
同好の士と心行くまで語り合いたいけど、ネタが浮かんでいる時に声を掛けられると邪魔にしかならないだろう。前世ネタが浮かんでいた時に声を掛けられてネタを忘れてしまったことも多かったのを思い出して、そっと邪魔しないようにその場から離れる。
「…………私の出番はなかったね」
少しだけ残念そうに、どこか困ったようにカベルネさまがそっと隣にやってくる。
「マリアージュが絡まれているのに気づいて慌てて護衛を替わってもらったのに」
「それは、お仕事を邪魔してしまい申し訳ありません」
ただの偽装婚約者なのに手を患わせるなんて……。
謝罪をすると、カベルネさまが、
「仕事も大事だけど、それよりもマリアージュの方が大事だから気にしないでいい」
優しく告げてくれるなんて、偽装婚約者相手にまで親切で、本命相手ならもっと甘いんだろうなと想像すると滾ってくる。
きっと、本命相手だったら仕事も投げ出して助けて、後で叱られてしまうんだろうな。そんな展開を今から書きなぐりたい。
「その様子だと伝わっていないのだろうな……」
「?」
困ったような……憂い顔も素敵だなと見とれてしまう。
「せっかくだから。一曲踊りませんか?」
カベルネさまに誘われて嬉しくなって了承する。
夢女の身分でこんな僥倖があっていいものだろうかと神に拝みたくなる。
本命相手がどんな方か分からないけど、こんな素敵なカベルネさま相手だからよほど隠さないといけない相手なのだなと今日も隠れ蓑として張り切ることにしたのだった。
(ああ、同好の士だと判明したからご夫人に書きなぐった原稿を読んでもらいたいな)
きっと喜んでもらえるだろう。
自分が本命である事実もただののろけを読ませてぎゃふんとさせるだけだとも知るのはそれから数年後のことになる――。
いまだに本命だと気付いてもらえないでいもしない本命との仲を応援されるカベルネさまが一番可哀想な立場だったりする。