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たとえ暗闇に閉ざされたとしても

 そして当日。詳しく調べたところによると、月が満ちる瞬間は朝なので既に満月を迎えており、もういつ何が起きてもおかしくない。

 既にこの日の祓廻りは智秋とソラリスに頼んでいるので、風遥とレヴァイセンは神器の間で瞑想を行って緊張を和らげ、集中力を高める事にした。

 その間の参拝客は香月が対応してくれるし、境内で璞絡みの怪しい動きがあったら風臣が知らせてくれることになっているので、安心して行えた。

 そうしてもろもろの準備を万全に整えたところで外に出て、レヴァイセンはコクトの気配を探るため上空へと飛び上がる。

『風遥、さっき郵便局員さんが手紙を配達しにきていたよ。

 ただその人の背中に璞の姿があったから、念のためポストを確認した方が良い。

 ……伝言が紛れているかもしれないからね』

(分かった、ありがとう)

 風遥は風臣にそう言われたままポストから郵便物を取り出すと、宛名も送り主も書かれていない白い封筒が紛れ込んでいるのを発見した。

「…………」

 真っ先にそれを開けると、1枚の白い便せんの中央に――


 “この間の場所で待っています”


 ――整った手書きの文字で、そう一言だけ。

 しかもその直後、風遥が触れた個所から便箋が真っ黒になっていく。

「っ!?」

 まさかと思ったが、その黒が封筒もろとも小さな球体になったので風遥は反射的に“それ”を対象に浄化の力を注いでいた。

「………。

 ……来たか……」

 何とも悪趣味な誘い方だが、あの差出人にかかれば何でもありなのだろう……手紙に擬態していた璞が光の粒子となって舞っていく様子を眺め、ふーっと息をつく。

『やっぱりこの手を使ってきたね。

 ……昔、それこそ私が神主になる前から、彼女はああやって用があると璞を使った手紙を入れてきたんだよ』

(そっか……)

 一気に緊張し始めたところで、レヴァイセンが背後に着地。こちらもこちらで、その表情は硬い。

「……風遥。

 この間の場所にあいつの気配を感じるぜ……待ってやがる」

「そうか。ちょうど俺もコクトから手紙を受け取ったところだ。

 ……すぐさま“浄化”したがな」

「! ……嫌なやり方だな」

 説明は簡易だったがレヴァイセンは何があったか理解したようで、露骨に嫌悪を顕にした。

 ともあれこれで文字通り再戦となるので、引き続き社務所の対応を頼もうと香月に声をかけようとしたが、先に香月が社務所から出てきた。

「……行くのね」

 その声こそ落ち着いているが、心配そうな表情をしている。

「うん。大丈夫、今度は勝てる。

 ……1人じゃ駄目でも、2人でなら、必ず」

 そんな香月を安心させるように、というのと、自分自身の気持ちを奮わせる為に、神主はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ああ。風遥の事は俺が守る、任せてくれよな!」

 陽使は胸に拳を当てて、自信のある素振りを見せながら笑う。

「お願いね、レヴァイセン」

 レヴァイセンはひとつ頷いてから狛犬の姿へと変化。風遥は軽やかにその背に飛び乗った。

「じゃあ、行って来る」 

「気を付けて、2人とも……」

 そして香月に見送られながら、2人は町の外れへと向かう。


 やがて嬉しくない待ち合わせ場所が見えてきたが……前と同じような所に、また歪みが出現している。

『実はあの場所は怪しいって思ってたんだ。

 ……俺が陽使になってから、ここに来るたびあの場所はいつも歪んでた』

「そうだったのか」

『理屈は分かんねえけど……あそこが、あいつ専用の通用口だったんだろうな。

 だから頻繁に、的確に来てたんだ』

 その歪みの少し手前で降りて、即座にレヴァイセンは風遥と一体化。いつ不意を突いてくるかは分からない以上、1秒たりとも一体化は解かないと決めているからだ。

「……とりあえず、待つか?」

『そうだな。すんなり出てきてくれると良いんだけどよ』

 前の反省点を活かし、近づきすぎないようにしてまずは待機。ゆっくりと辺りを見渡しながら、大幣を出してぎゅっと握る。

 とはいえ、コクトを捉えるのは視覚ではなく感覚……一瞬のそれを緊張が呼吸が浅くなっているので、少しでも深く息を吐くよう意識する。

 どの位そうしていただろうか――ざわざわと、湿った風が木々を揺らす中――


「待ってましたよぉ、おふたりさん……」


 どこからともなく声が聞こえてきたので、風遥は反射的に歪みの方へ振り返る。

 歪みを大きく広げながら、コクトが現れた。

「っ!」

『風遥!』

 走り出そうとするレヴァイセンの動きを風遥が抑えつける。一歩踏み出した瞬間風も無いのに強い圧を感じて、本能的に怯んでしまったのだ。

 悪手だったのは分かっている。汗が一筋流れた。

「今日はええ月ですから……わえ達の“世界”に、ご招待しますね……?」

 そう言ってコクトが両手を広げると、その背後からぶわっ、と鳥の大群が飛び立つかのように黒い小さな影がどんどん空を覆っていく。

「!!」

 閉じ込められると察知した風遥は大幣を振って迎撃しようとした。だが――曲げた腕の隣に、レヴァイセンが現れたではないか!

「えっ……!?」

「レヴァイセン!?」

 思わず動きが止まる。そして「何で」と言いかけた刹那、視界全てが真っ暗になり……音が消えた。

「…………っ」

 あの時と同じ暗闇――まだ何も始まっていないのに悪夢がフラッシュバックしそうになるが、その恐怖に呑まれまいと首を横に振る。

 今は違う。少なからず、見せつけられるそれにただ流されるだけの自分ではない。自分は、この3日間、しっかりと修行して来たのだから……。

 ただ、そう言い聞かせてはいるのだが、手に大幣を出現させることが出来ないのが幸先悪い。

「……レヴァイセン、いるか……?」

 ひとまず璞やコクトを捉えたら即座に浄化――そう強く思いつつ、恐る恐る手を伸ばす。一歩踏み込んで、レヴァイセンがいたであろう場所を何度か掠めてみるも、何の感覚も捉えられない。

(レヴァイセン、大丈夫か?)

 思念での呼びかけにも返事が無い。直感として、普段ならあるはずの繋がりが途切れている。……最悪だが、どうやら隔離されてしまったらしい、と、悟らざるを得ない。

(父さん、聞こえるか?)

 なので風臣に助けを求めてみるも……応答が無いのは、分かっている。

「何なんだ、ここは……」

 ……コクトは自分たちの世界に招待すると言っていたので、ここは璞の世界なのか? だが、璞が出てくる気配はない。

 ただひたすらに真っ暗だ。風の流れも無いし、熱さも寒さも、先まであった湿り気も感じない。

 試しに前に向かって歩いてみるが、何も変わらない。それどころか、なんだか方向感覚が狂っているようで、足元がおぼつかないので立ち止まった。

 ……重力はどこに行った? 真っすぐ立っているはずなのだが、浮いている? ……下はどっちだ? 髪の毛は水中のように緩やかに広がっているので当てにならない。頭が混乱して来た。

(こういう時は、確か……)

 思い起こす。雪崩などで雪の中に埋まってしまったとき、自分の体の向きがどうなっていて、どっちが地上なのかを確かめる方法が使えるのではないだろうか……唾液がどこに向かうか。

 目を閉じて意識すると上あごを伝っていくのに気づいたので、知らない間にひっくり返っていたらしい。

 が、足を伸ばせば歩けるので進んでみると、ぐら、と身体が大きく傾いた感覚があったので、戻った、らしい。……よく分からないが、身体の不快感は無いので、移動は出来る、と思われる。

(出口が無いか、探してみるか……)

 それは砂漠を歩く以上に無謀だとは思うが、立ち止まっていてはまた嫌な光景を見せられそうなので、とにかく前に向かって進む。

 そうして5分くらい歩いてたと思うが、本当に5分だったのか? 時間を計るものが何も無いのでよく分からない。スマホを持ってきておけばよかった。

 ……そうだ。ちょうど無音にも耐えかねていたので、声を出して数えながら歩くことにしようか。

「1、2、3、4、5、6、7、8、9」

 暗闇の中を風遥の声が反芻したり、かと思えば、スーッと消えたり、聞こえ方が一定ではないのが不気味だ。

「10、11、12、13、14……26、27、28……47……15、16、17……72。

 ……72……?」

 ……? 今、いくつ数えた? 順々に数えていたはずなのに、色々数をすっ飛ばしていないか? 14まではしっかり数えていたと思うが、それ以降を、まともに数えられた気がしない……?

 いや、確かに数えていたはずだ。順番だってそうそう間違えるはずがないが、なんだかおかしな数え方をしていなかったか? 声に出していたはずなのに……何なんだ? 空間がめちゃくちゃだから、時間の流れもめちゃくちゃなのか? 何もかもが安定しない。


 ……じゃあ、俺は閉じ込められてどの位たったことになる? レヴァイセンは今、どうしている……?


「レヴァイセン……」

 腰を落として、目を閉じる。今この瞬間は重力が正常だったので地面に手を置こうとしたが、また急に浮いた感覚になり手が空を掴む。

 一体この世界はどうなっているんだ? ひとまず、たまに重力も生じる宇宙(酸素有り)と考えるとしても、何せ予測不能な場なので心が乱される。

 動けば動く程この世界が狂気となって襲ってきそうだから、下手に動かない方が心の消耗は抑えられるか。

 そうなれば自力での脱出は諦める事になり、レヴァイセンが来るまで耐えなければならない。

「俺を守るって言っただろ? 早く来いよ……」

 だがいつまでもじっとしていられる空間でもなさそうで、呟いた声は弱弱しい。

「正気を保つのも、楽じゃないんだぞ……」

 風遥はレヴァイセンを信じている。が、折角レヴァイセンが助けに来たとしても、先に風遥の精神が壊れてしまっていれば意味が無い。

「どうする……?」

 暫し考えて……なら身体じゃなく、思考を動かそう、と閃く。時の流れがおかしくてループしたとしても、何度だって考えられるものを浮かべていれば良い。あるいは、この空間の異質さが気にならない程楽しい事を考えたっていい。

 ……風遥はそう開き直った。そうでもしなきゃ、今すぐ発狂しかねない。

 時間はたっぷりあるんだ、自分自身との対話を思う存分楽しもうじゃないか。


 そうだ、思えばもうひとつ、まだ結論が出ていなかったことがあるじゃないか―――


 こんな所に閉じ込められた。

 おかげで……


(……考えよう。俺が、ここにいる意味を……)


 ――希望を自らの中に見出す方法を、じっくりと考えられる。

 自らの過去、自分の「白」の中にある、本当の意義を……



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