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対抗手段は精神世界の中に

 翌日、風遥とレヴァイセンは神器の間に篭っていた。ただ、その光景はいつもの小部屋ではなく――古びた巨大な図書館だ。2人以外に誰もいないそこは、本をめくる音が静かに響いている。

 風臣曰く、今の2人(特に風遥)の状況にとって最も親しいイメージで現れるとのことで、それが図書館だったらしい。

 天井まで届く本棚は勿論、螺旋階段の途中にも、誰もいないカウンターの裏にまで本が積み重なり……いくら時間があっても読み切れないであろう、まさに知識の集合体としての様相を呈していた。

 今回の目的は、過去に強力な璞と戦った事のある神主および陽使の記録を読むこと。

 神守町は基本的には平和な町だ、攻撃性の高い璞は早々現れない。となれば、過去の記録に璞の事をもっと教えてもらった方が良い、との風臣の助言だ。

 ただ、その量はとにかく膨大で、読んでも読んでもキリが無い。ついで、本によってかなり内容に差があり、面白い内容の方が少ないので段々飽きてきた。

「はーっ……」

 床に座っていた風遥はため息をついて大きく伸びをする。神器へのアクセスを始めてどの位たったか、そろそろ集中力が完全に切れそうなので一旦終わりにしても良いだろうか。


 そもそも神器から情報を引き出すという行為について、もっと手軽に出来るものだと思っていたが違っていた。聞けばすぐに答えが返ってくるとばかり思っていたのだが、それは新人神主には無理らしい。

 というのも、この図書館、普通ならあるはずの検索機の類が無い。

 なので、求める情報がどこにあるのか、大分類の本棚を自力で歩き回って探さなければならず、この時点でかなり疲れる。

 そうしてやっとの思いでその本棚を見つけても、見上げる程の高さの本棚にはぎっちりと本が詰まっており……圧倒されつつまずは手頃な場所の本を一冊手に取ってみるわけだが、その本がピンポイントに欲しい情報が書かれているかどうかはもとより、その正確性も保証されていない……と、玉石混交なのはインターネットでの調べ物と同様なのに難易度が高いという、かなり根気と気力のいる調べものとなっている。

 ただ、風臣が探索のコツや情報の精査の仕方を教えてくれたのと、今回の情報についてはとりあえず読むだけで精読はいらないという所でなんとかやれている。

「どうだ?」

「んー……」

 対してレヴァイセンは先から立ったまま無心に本を読んでおり、放っておけばまだまだ没頭しそうなので声をかける。

 理の読書の仕方はいわゆる速読スタイル。本のページを高速でめくっては次の本を手に取っている。流れ作業のようにも見えるそれだが、ちゃんと内容は分かっているらしい。

「目次の時点で違うと思ったけど、これはちょっと違ったな」

 そう言いつつ本棚に戻すレヴァイセンの横には、これから読むであろう本が腰のあたりまで積み重なっている。

「じゃあ目次を読んだ時点で戻したら良いんじゃないか?」

「そういうわけにもいかねーだろ、もしかしたら本文に書いてあるかもしれねーし」

「………」

 なら何のための目次だ? と言いかけたのだが、思えば一般的な本とは違うといえばそうなので、鵜吞みにしないというのも一理あるか。

 とはいえ人間はざっくり読んだ感じや目次の内容で「違う」と判断した時点で本を戻すわけだが、理は一度手に取った本は最後まで読まないと気が済まないらしい。

「で、風遥はどうなんだよ?」

 レヴァイセンがそう聞いてきたので、風遥は一冊だけ本棚に戻していなかった本を紐のしおりから開いて差し出す。 

「一番インパクトがあった内容はこれだな。

 ……神守町と似たケースが過去にもあったらしい」

「そうなのか!?」

 食い入るように受け取り、そのページをまじまじ見るレヴァイセン。

「ああ。結界が何者かによって破壊され、大量の璞がなだれ込んできたと」

 これを記したのはその村の当事者ではなく、近隣の町の神主。避難してきた住民たちの証言をもとにしたものとなっている。結界は後から派遣されてきた理達によって封じられたが、その原因は分からず……

「……神主は行方不明となり、陽使は消滅が確認された。

 次代の神主はおらず、神器は消失……」

 読み上げるレヴァイセンの表情が強張っていく。

「同時に村自体が封印され住民が戻ることが出来なくなり、村は閉鎖された……」

 一晩経って村人たちが様子を見に戻った時、そこにあったはずの集落は消え、ただの里山になってしまっていた。誰がどの様に探し回っても、まるで迷路のように同じようなところを行ったり来たりさせられ、最後は同じところに出てきてしまったらしい。

 そうして帰る場所を失った村民たちは移住を余儀なくされ、表向きは近隣の市町村との合併という事で処理された。

 そして、その村の名前は地図から消滅したそうだ。

「なあ……これって……」

「ああ。多分……13年前の神守町と同じ感じになったんじゃないか?」

 風臣が行方不明になってから13年の間、次代が戻らない神守神社は閉ざされ、鳥居から先に立ち入る事が誰も出来なくなっていたと智秋が言っていた。

 ここに記されていることは、まさにその時と同じ状況が村単位で起きたという事にならないだろうか。

「そう考えると、神守町はまだ良かったんだろうな」

 神守町とこの村の場合でどんな違いがあったのかは分からないが、少なからず、町全体が封印されていなくて良かったと風遥は強く思った。

 折角アルフィードと……風臣が命を懸けて守ったというのに、住民たちが戻れなければ町は町としての機能を失ってしまい、13年も経ってしまえば元に戻ることは無いだろうから。

 なら、やはり風遥を待つために神社だけが封印されていたのか? そんなことを考えたのだ。

「……変だな……」

 が、レヴァイセンはその本を一通りめくった後、訝し気に首を傾げる。

「何がだ?」

「こんな大事件だったら理の間で共有されてねーとおかしいのに、俺、初めて知ったぜ?」

 そう言って肩を竦める。

「昔の事だから記録に残って無いんじゃないか?」

「んなことはねーと思うんだけどな……」

 これ関連の情報が他にねえかな、と、脇に置いてある本そっちのけにまた本棚を眺め出すレヴァイセンに風遥はギョッとする。まだ調査を続けるというのか。

「……なあ、いったん休憩しないか? そろそろ昼ご飯だと思うんだ」

 そのやる気に水を差すようで申し訳ないが、おずおずと切り出す。

 実はこの調査にはもう1つ目的があり、それは一体化している状態での集中力や持続力を高めるための修行。寧ろそっちの方が意味合いとしては大きい。

 いるだけで修行になるという事はつまりいるだけで疲労するという事でもあり、それをかなり自覚している以上第1クールはもう十分じゃないかというのが風遥の状況だ。

「ん、分かったぜ」

 なので先に1人で抜けるとシンクロしている状態に影響が出るかもしれないので、出る時も一緒に出る必要があるわけだ。


 そして出る時は一瞬だ、出る、と念じれば即座に目の前が真っ暗になり、目を開けば本来の神器の間に戻ってきているのだ。

「疲れた……」

 ……猛烈な脱力感と疲労感と共に。これは小一時間の休憩では回復しきらない。胡坐をかいていた状態から大の字になり寝転ぶ風遥。

「大丈夫か? 風遥」

 そして心配そうに見つめるレヴァイセンはピンピンしており、羨ましい限りだ。

 あの光景を見ればありとあらゆる情報が手に入るのだろうなと思う反面、こんな疲れるとなると本腰を入れて調査するのは気が引ける。余程手に入れたい情報が無い限り赴かないのが殆どではないだろうか。



 そして日が沈んでからはまた別の訓練。一体化した状態で、町に漂う璞を浄化するというのがその内容。

 一体化は普段は祓廻り等、身も心も落ち着けた状態で行っている。

 が、コクトと対峙する時にはそんな余裕のある浄化が行えるわけが無いので、動きながら浄化するというのがどういう感覚かどうかを掴め、という意図だ。

 もう満月は明後日に迫っているわけだが、そんな中でも今できる事を即座に考え提案してきた風臣は流石だなと思う。

「……どこだ……?」

 璞は基本的に黒いので、夜はその闇に紛れ込んでしまうので分かりにくい。なので風遥が見て探すのではなく、レヴァイセンが持ち前の感覚を働かせて探している。

『あそこだ!』

 そうしてレヴァイセンが気づくと風遥の運動感覚がそれに連動し、風遥はそれに従うまま見上げると、確かに璞がいた。

「いるな……」

 今顔を上げたのはレヴァイセンの操作によるものだったが、唇を動かしぽつりと呟いたのは風遥の意思……このように、体は自分で動かすことも出来るが、ふと誰かに操作されることもある……操り人形一歩手前のような、奇妙な感覚。

 璞は木の枝に紛れているが、風遥では到底届かない距離。大幣でも使って祓うのが良いか、と考えていると

『よし、浄化だ!』

「なっ!?」

 直後意図せず膝を曲げられ、低い姿勢から思いっきりジャンプ。肩の筋肉がぐいーっと伸びる程に、腕を伸ばさせられる。

「まっ……!!」

 それは風遥からするとかなり高く跳べているがそれでも璞には遠く及ばない距離。それどころか、こっちとしてはそんな準備していなかったので、あわや着地の時に足を挫くところだった。

「危っな……」

 冷や汗をかく風遥。せめて一体化している時は理並みの運動能力になればよかったのだが、そう都合の良い展開は無く気持ち普段の風遥よりも上がっている、程度でしかない。

『あれ? 跳べねえ……』

「おい、レヴァイセン!」

 それを不思議がるレヴァイセンに、風遥はカッとなる。自分の意図に反した動きを勝手にされることは、予想以上に不快だ。

「あんたと同じ感覚で跳べるわけないだろ!?」

『あっ! そ、そうか、悪ぃ!!』

 すぐさま謝罪するレヴァイセンだが、実際これは大変危険でもある。今は上に向かって跳ぶだからよかったものの、これが崖下に向かって跳び降りるなど取り返しのつかない動きだったらと思うと心底ゾッとする。

「早く慣れろよ、これじゃ俺が怪我しかねない……」

『あ、ああ……反射的に動かないよう、気を付けるぜ……』

 風遥とレヴァイセンの意図が一致している時は違和感は出ないのだが、バラバラになると自分の身体じゃないような気がしてゾワゾワしてしまい、それがまたイライラしやすい原因になっているのではないだろうか。

 あと2日。どこまで適応できるのか心配になってきたが、やるしかない。


 夜は風臣と今日の振り返りと明日について話し合って、翌日。

 満月前日は、実戦に近い訓練を行った。風臣が神器の間に仮想空間を構築し、その中でコクトを想定した動きの璞を浄化するというのを風遥の気力が持つ限りひたすら繰り返した。このシミュレーションは、かつて風臣とアルフィードの2人も行っていたらしく、それ故に同じ空間を再現できたのだそうだ。

 おかげで、璞を捉えると言う感覚が風遥の中で分かってきた気がする。


 ……そうして、今。時刻はまもなく23時。

 風遥とレヴァイセンはベンチの上に座って、夜の神守町を見下ろしていた。

 夜更けともあり、町の明かりは商店街の街灯と信号機だけだ。

「いよいよ、明日だな」

「ああ」

 梅雨の夜空はどんよりと曇っており、雨こそ降っていないが月の姿は見えない。

「……なあ、風遥」

「何だ?」

 ベンチの上で胡坐……というよりかは、犬のような座り方をしているレヴァイセン。

「実際におめーの感覚を間近で見たり、共有したりして思ったんだけどよ……

 人間って、思ってたより生きるのが大変なんだな」

「そうだな。正直、あんた達の身体能力を羨ましく思う時もある」

 しみじみとした呟きに頷く風遥。実際レヴァイセンはこれから見回りが残っている訳だが、全く疲れている様子は無く余力は十分そうで、その体力の5%でも良いので分けて欲しい。

「まあ、だから、こうして協力してもらってるわけでもあるわけだが」

 神主という仕事に就いて、初めて知った異種族の存在。人の心に巣食おうとするモノを人知れず狩っている……人間に見返りは一切求めず、淡々と。

 『全ての璞を浄化する』という目的の果てに何を目論んでいるのかは分からないが、彼らがいなかったらこの世界はもっと混沌としたものになっていることは間違いない。

「いつもありがとうな、レヴァイセン」

「いや……仕事だから、って言ったらそれまでだけどよ」

 なので面と向かってお礼を言うと、少し気恥ずかしいのか目を逸らすレヴァイセン。ただ、尻尾の動きが素直に喜びを表現している。

「……俺も今までの中で、一番、役目を果たせてる、って実感してるんだ」

「そうなのか?」

「ああ」

 そう言って遠くを見つめるレヴァイセン。先までの嬉しそうな様子は一転、その切なそうな横顔は、どこかで見たような気がして風遥は目を細める。

「俺さ、多分……ずっと不満だったんだ。

 風臣の陽使はせんせーだった。だから、俺はその小間使いみたいな感じでしかいられなかったから、何か中途半端だったんだ」

 ……ああ、そうか。鏡に映ったかつてのハクトと似たような表情だったのだ。不満を諦めで包み込みこみながらも、無関心を装えない寂しさの表現。

「理ってよ、皆いつも生き生きと仕事してるんだ。あのソラリスだって、ああ見えて満足げなんだぜ」

「そうなのか……」

 無表情に見下ろすあの姿を思い浮かべる。ただ確かに彼は、眼力が強いという印象に残る程には気力に満ちているし何より堂々としている。それが、誇りを持って陽使を務めている証であるというのは明らかだ。

「なのに俺だけが不満で……

 俺って何の為にいるんだろうなって、思ってた時も、あるんだ」

「……レヴァイセン……」

 遠くからタタン、と電車が通る音が響く。その小さな灯りが通り過ぎていく頃、レヴァイセンは微笑んで風遥の方を見た。

「でも今、風遥が俺を陽使として受け入れてくれて、一緒に祓廻りしたり、一緒に特訓したりして分かったんだ。

 ――ああ、これが、俺が求めてた陽使の形なんだなって」

「!」

 風遥が神主になったことで、レヴァイセンがどう思うかについてはあまり考えていなかった。それこそ誰が主であれ、自分の仕事を淡々とこなすものだと思っていたからだ。

「確かに俺はまだまだ未熟だ。でもよ、ちっとは神守町の人達の役に立ててるって、思えるようになったんだ」

 しかし、ハクトが風遥を受け入れたことで充足感を得たように、レヴァイセンも陽使としてのやりがいを得た、ということらしい。

「おめーのおかげだ、風遥。ありがとうな」

 歯を見せて、照れたように笑うレヴァイセン。

「……仕事だからな」

 風遥はそう言いつつも自然と微笑みが浮かんだので、暫くの間2人で笑い合う。

 

 すると、ふと明るさを感じたので空を見上げれば、雲の切れ間から月が現れていた。

 風遥は立ち上がり、満月に近いそれに白い手を伸ばし……

「レヴァイセン。明日、絶対勝つぞ」

 ――手中に収めるように、握り締める。

 月に恨みはない。ただ、今は満月がコクトの象徴に見えているので、それを壊したかったのだ。 

「俺達は俺達のやり方で、この町と……俺達の平穏を、守るんだ」

 やれることはやった。後は明日を迎えるだけ――風遥は睨み付けるように、目を細める。

「おう!」

 すると、それを何かの願掛けかと思ったのか、レヴァイセンも風遥にならって天に握り拳を突き上げた。


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