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神主を支える人たち:夕方

 その後智秋が帰り、風遥は社務所で過ごしていた。暇なときは早速先程の事を考えているわけだが、いまいち深堀する気になれない。

 誰か来たらその相手をしなければいけないという状態が、集中を妨げるのだろうか。結果として、過去の記憶の表面だけかき混ぜてわざわざ嫌な思いをしているような気がする。

 ふーっと溜息をひとつついて、外を見る。すると、誰かの足音が聞こえてきた。

 ……覗き込んでみると、それが誰なのかは一発で分かった。

(ソラリスだ)

 それなりの雨が降っている午後だというのに、隣町の陽使は傘も差さずに堂々と歩いてくる。寧ろ水龍の理とだけあり、この雨を降らせているのは自分だとばかりに、濡れている様が似合っているようにも感じた。

 彼が社務所に用が無いのは分かっているので、出迎える為にと風遥は外に出て、軒下で待つ。

「どうした?」

 やがて立ち止まったところで問う。

「……レヴァイセンの頼みで、この辺りの見回りを行っていた。

 あやつはまだ、戻っていないようだな」

 相変わらずの無表情で風遥を見下ろしているソラリス。その月白の髪からはするりと滑り落ちるように雨粒が滴っているが、服はまるで強力な撥水加工でもされているかのように雨粒を弾いていた。

「ああ。

 そう言えば昨日もこっちの方も見て回ってくれたらしいな。ありがとうな」

 昨日はソラリスに会っていたわけでは無かったのでお礼を伝えるも、ソラリスはゆっくりと首を横に振る。

「……見回りは臨機応変に対応する。理の決まりに礼は不要だ」

「決まりでも何でも良いんだ。おかげで、ちゃんとレヴァイセンと話が出来たからな」

 予想出来ていた硬い回答に小さく笑いながら答えると、ソラリスは僅かに唸って腕を組んだ。


「………

 霜月ハクトよ。

 ――俺を、恨んでいるか?」


 その高圧的にも見える姿勢はそのまま、唐突に問われる。

「? 何だ、急に?」

 首をかしげて聞き返すと、ソラリスは組んだ腕を右手だけ解き、手のひらで語るように風遥に向けた。

「俺が黒兎の璞に情報を渡さなければ、お前は霜月ハクトとしての人生を全うしていたはずだ。

 仮に神主になるとしても、もっと納得のいく形になっていただろう」

「それは、そうかもしれないが……」

 正直今更な問いにも思えるが、と、当時の事を振り返り……ふと、自分でも意外な着地点に気が付いた。

「……今思うと、最初があんな感じだから良かったのかもしれないな」

「何……?」

 それは相手にとって想定外の答えだったのだろう、眉が動いた。風遥は思ったままの事を伝える。

「あの時コクトに追いかけられ死にそうな思いをしたから逆にある程度の耐性が早くついたし、あの時必死なレヴァイセンを見てたから、理についての理解できない部分にも耐えられたんじゃないかって」

 それは、先に智秋が言っていた「おかげで」にも通じるものがある考え方なのではないだろうか? 自分でもこんな解釈が出てきたことに驚いたが、それは嘘ではなく、本心だ。

「………!」

 ソラリスの目が、小さく見開かれている。

「智秋さんが神主についてどう説明しようとしてたのかは分からないが、こんなよく分からない爆弾みたいな璞の事を詳しく説明することは無いだろう?」

 架空の物語でありそうな衝撃的な体感から始まった事によって、風遥は嫌でも適応させられてきたし、それが知らずと神主としての成長を促していたようだ。

「……だから何も知らないまま引き受けても、あんた達理と合わなくて嫌気がさすか、度重なるコクトのちょっかいで心が折れてただろうな」

「…………」

 冷静になって見てみると、何も知らない状態だったらとっくに脱落していそうな目まぐるしい日々と例外的事象の発生率。1年目の仕事としてはかなりハードだったが、いかなる状況であれ最後神主になると決めたのは自分であって――その責任と覚悟もまた、折れない心を支えていたのだろう。

「だから、そう言った意味では、あんたのやり方は正しかった」

 逆に言えば策略にまんまと嵌められているわけだが、何だか逆に清々しくなってきて風遥はソラリスに笑いかける。

「そこまで見越してあんな計画を立てたのなら、相当だぞ」

 最初は彼の事を避けたいと思っていたはずなのに、不思議な感覚だ。

「……俺はそこまで人間に詳しくは無い。結果論だ」

 ソラリスは気難しい表情でそう否定するが、成り行きを許さず、退く選択も持たせ、最後は本人に決断させる方向に持って行くという理なりの責任感が風遥には功を奏しているのは明らかだった。

「それに、断って霜月ハクトのままでいたら、それはそれで面倒だっただろうな」

 更に面白いのは、ソラリスの言う通り、霜月ハクトの人生を全うするルートに入っていた場合を考えた時だ。

「俺は人間関係の構築にはかなり苦労するから、新しい環境に馴染むまで苦痛な日々を過ごすか……今までと変わり無い環境で過ごし、狭い世界で終わっていただろうな」

 断った場合、恐らくハクトはひなた園のスタッフとして迎え入れてもらうことを選んだだろう。そして極力外の世界とのかかわりは持たず、新たなきょうだいたちを世話しながら過ごす。その生活に不満はない。ただ、何か足りないという気持ちは恐らくずっと埋まらなかったのではないだろうか。

「……でも神主になる事で、それが全部解消された」

 相変わらず白は白いまま。けれど確かに、今この瞬間の自分の世界は――鮮やかな色で満たされている。

「それはお前にとって幸いだった、と?」

 静かな問いかけに、深く頷く。

「ああ。神守町の人たちも、あんたたち理も、すんなり俺を受け入れてくれたしな。ここは良い意味で誤算だった。神主の仕事も嫌いじゃないし……」

 予想外に環境が良かったためか、自分なりにその期待に応えたいと奮起した事で、数か月前の自分からは想像もできない程鍛えられ、人間として大きく成長していたようだ。

「多分、俺は今の生活を気に入ってる。

 コクトの件を早く解決したいのも、それがきっと大きな理由なんだ」

 自分の選択とその結果を比較して、風遥は満足げに微笑む。

「…………」

 ソラリスはやはり何を考えているのか表情からは分からない。ただ、今はそれを不気味に思うことなく、自然体で話せているあたりここにも自分の成長を感じた。

「答えがまだだったな」

 そこで質問に答えていないことに気づいたので、風遥は堂々とソラリスに向き直る。

「前は、あんた個人に対し色々思った事もある。恨むとはまた違うけどな。

 ……でも今はそうでもないぞ、ソラリス」

「!」

「正直、理って種族に対してはまだ少し解せないところもあるが……

 あんたには、寧ろ感謝した方が良いのかもしれないな」

 神主に、ひいては風遥になって3カ月。まだまだ分からない事も多いわけだが、寧ろ3カ月でここまで解釈を変えることが出来た自分に驚いている。 

「……そうか」

 そう小さく頷く口元に、初めて――僅かな、安堵の表情を見た。

「ただ、レヴァイセンと契約を解除するつもりは無いからな。俺はパートナーがあいつだから、仕事を続けられてるんだ」

 その感情の動きに便乗し、ソラリス当人に対し『色々思った』ことの最たるをさり気なく宣言する。

「……好きにすると良い」

 すると、すんなりとそれを認める回答が返ってきたので、風遥は少し目を丸くした。そうなればいよいよ、彼に対するわだかまりが無くなるからだ。

「あと……智秋さんにはちゃんと謝った方が良いとは思うぞ。

 あの人は、本気で俺を心配してくれてたからな」

 そしてこれが最後の1つ……これは結局言えずじまいになっている訳だが、風遥としてはソラリスのとった行動にはそれなりに納得しているので、もはやこれは智秋とソラリスの信頼関係の問題。

 風遥が必要以上に気負う必要はもう無いのだろうなと思いつつも、そう伝える。

「…………」

 ソラリスはそれには答えず腕を組んだまま風遥をじっと見ているが、この様子からしてまだ何か伝えたい事があるのだろう、風遥もそれを待つ。

「………

 ……神森風遥」

「何だ?」

 そして紡がれたそれは気のせいか、先程よりも声のトーンが穏やかに聞こえる。『神守の神主』からフルネーム呼びに変わったのと、何か関係があるのだろうか。

「黒兎の璞の件が一段落した後になるが……レヴァイセンについて気になる事があったら、俺に聞きに来ると良い」

 その助言からして、明らかに距離感が変わったと確信した。

「……どういうことだ?」

「俺は自らお前に情報を与える事はしない。

 だがお前からの疑問については、俺の知る範囲ですべて答えると約束しよう」

 しかし本人の言う通り、今欲している情報よりも少し先の事を見据えた事のようだ。まだピンとこない。

「……っても、今は別に……」

「お前が今後も神主を続けていくなら、いずれ理解できる。

 ……同胞である俺からしか得られない情報が、お前の陽使の理解には必須である、と」

「分かった。覚えておく」

 なので意図はまだわからない。言える事は、このやり取りで彼と和解できた事。

 寧ろソラリスの方も風遥に心を開いてくれたのかもしれないと思うと、密かに嬉しくなった。

 ……面と向かってそれを言うと訝しがられるだろうから、言わないが。


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