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璞を浄化して考える事

 璞の浄化が終わった。緊張状態が解かれて風遥は座り込みたくなるが、ここで倒れたら格好がつかないので、お腹に力を入れて踏ん張る。

 智恵が駆け寄って晴市の様子を窺うと、晴市はゆっくりと周囲を見渡した。

「叔父さん、大丈夫?」

「智恵ちゃん……。

 ……風遥君に、レヴァイセンも……」

 風遥は何となく目をそらす。レヴァイセンは、腕を組んで晴市を見下ろしている。

「ハルイチさん、一体何があったんだ?

 あの璞の力は尋常じゃねえ。いくらなんでもアレを俺が見過ごすってことは無いはずなんだ。

 ……今日、なんか変なこととか無かったか?」

「変なことか……」

 晴市は頭を抑えて思い出そうとする仕草をしてから、レヴァイセンの方を見上げる。

「そういえば、朝散歩していたら、すれ違った着物姿の女性に駅までの道を聞かれたんだ。

 ――京都弁のような話し言葉の女の人だったから旅行客かと思うんだが……どうしてあんな朝早くに、こんな何もないところを歩いていたのか不思議でね……」

「なっ!?」

「っ……!!」

 レヴァイセンは思わず腕をほどき小さく身構え、風遥は息を詰まらせた。

「その人と話した後から、記憶が曖昧だな……」

 小さく唸る晴市。特徴を全く隠すことなく接触したのはもはやわざとなのだろうか、と言わんばかりの的確な情報に頭が痛くなる。

「……間違いねえ、黒兎の璞だな」

「なんと……」

 睨み付けるように目を細めるレヴァイセン。その視線は、ここにはいないコクトに向けているのだろう。

「ここ最近頻繁に神守町に来てやがるんだ。

 多分もうハルイチさんに接触してくることはねえと思うけど、怪しい言葉遣いの、着物姿の女には気を付けろって、周知してくれるか?」

「ああ、分かった」

 頷く晴市。黒兎の璞が人間の姿で町民の前に現れる事は稀なのだろうか。今後は赤い目の黒兎に加え、京都弁のような言語を話す着物姿の女性を要警戒すべき対象として共有、徹底してほしいものだと風遥も思った。

 ……そうして事の顛末が分かったところで、意を決したように晴市は風遥を見、椅子から立ち上がる。

「風遥君、すまなかった」

 深々と頭を下げられ、これには二重の意味があるのだろうと察する。暫くしてそのまま座り込んで手をついたので、流石に土下座は求めていないと「やめてください」と静かに制し、椅子に座るように促す。

「……詳しく、お聞きしても良いですか」

 ただ、大人ならこれで直ぐに許すのだろうが、和解までの期間が長く拗らせている自覚が風遥にはある。なので、相手の言い分を聞くべくじっと晴市の挙動を観察する。

「ああ……分かった」

 別に嘘かどうかを知りたいわけでは無いし、見抜けるほどの洞察力も無い。ただ自分の気持ちの折り合いをつけたいが為だ。

「君が戻ってくると聞いた時、嬉しかったはずなんだ。

 ……でも、神主が戻ってくることは、神守町の復興が完全に終わる事でもある」

 神守町に神主がいない間、智秋が代行で神主の仕事を請け負っていたが、肝心の神守神社には誰も入れないまま。そんな中先に商店街の復興が終わり、住民たちが新たな形での日常を過ごす中、それでも最後のピースとして「新たな神主」を待ち続けていた。

「そうなれば、自分だけが取り残されてしまうと、そう焦ってしまってね」

 しかし晴市は、その新たな日常を受け入れる事が出来ていなかったのだろう――彼の中に、13年前に置き去りにしてしまった想いがあるから。

「それで、あんなひでーこと、言ったのかよ?」

 レヴァイセンの目はまだ細められたまま。実際風遥が暴言を言われた時には何一つフォローもしなかった彼が、風遥の胸中の代弁者にまで変化するだなんて思いもよらなかった。人間への擬態機能を解禁した事で、感受性が高まったのだろうか。

「………神主が戻ってくることを、認めたくなかったんだ」

「……!」

 その一言で、すとんと腹落ちした。あくまで神主と認めたくが無い故に風遥の事を化物と言ったのなら、恐らく風遥がこのような見かけじゃなかったとしても、何かしらのケチをつけては偽物だと断じていたはずだ。

「本当にそれだけなのか?」

 ただレヴァイセンは納得がいかないようで訝しげに言い放つのを、縋るような目で見上げる晴市。

「ああ、そうだ。

 ……信じてくれないとは思うが、あのようなことを本気で思ったことは、一度も無いんだ」

 完全にその言葉を信じたわけでは無いが――少なからず、化物という表現そのものは、彼の本心からではないということは理解した。

「じゃあ何で」

「レヴァイセン。……もう、良いんだ」

 なので、本心と実際の挙動に対しての矛盾をさらに追及しようとするレヴァイセンを制した。

「でもよ……」

「人間はその時の感情に任せて、思ってもいない事を言ってしまう時もある。

 まして璞が作用してたなら、その勢いは、理性じゃ止められない。

 ……それで、言った後に後悔する事も多いんだ。きっと、晴市さんもそうなんだと思う」

「………」

 そう言いつつ晴市の方を見ると、また俯いているので、心当たりが大いにあるという事だろう。

 ……これで、自分個人の気は晴れた。あとは神主としての仕事を全うするだけ……風遥は片膝をついて姿勢を低くし、晴市を見上げる。


「晴市さん、あなたは……お店の再開を、望んでいるんですよね。

 なら、必ず叶えてください。それが、璞を寄せ付けない力になります」


 はっとなって顔を上げる晴市に寄り添うように、智恵も風遥の隣にしゃがむ。 

「新しくお店を建てなくても、出来るやり方はあるはずだよ。

 わたしに出来る事があるなら手伝うから……絶対またお店、やってね」

 笑顔でそう言う智恵。晴市は震える手で膝を握ってから、

「……分かった。

 本当に、すまなかった……」

 もう一度深々と頭を下げる。その声も、小さく震えていた。


 精神面の後遺症なども特になく、本人の体調も大丈夫とのことなので、3人は帰路に着くことにした。晴市の自宅内を進むのは足取りが重たかったのに、帰りはただの廊下が神器の間に続く廊下のように神聖な場所に思え、晴れ晴れとした気持ちで外に出る事が出来た。 

 帰りも行き同様狛犬の姿のレヴァイセンに乗って、まず智恵を自宅まで送ることにした。

「霜月君……あっ、風遥君の方が良いかな?」

 背中越しに問われるので、少し考えてから答える。

「……どっちでもいい」

 神森風遥を名乗るようになって2カ月ほど。毎日のように言われているので慣れてきたが、まだ霜月と呼ばれることに抵抗があるわけでも無い、そんな不思議な感覚を端的に伝えた。

「叔父さんに、嫌なこと言われたんだよね……」

「先月の話だし、もう気にしてない」

 具体的に何を言われたかまでは智恵は知らない訳だが、それを言うつもりは無い。まして璞の影響を受けていたのだ、衝動的な暴言を知る事で彼女が持つ本来の親族のイメージを損ねたくないのだ。

「なら良いんだけど……でも、叔父さんの事、助けてくれて本当にありがとう」

「仕事だから助けただけだ」

「うん……」

 普段からすると随分落ち込んでいるようにも聞こえる頷き。智恵も疲れているのだろうかと思って、はたと気づく。

(あ……)

 先程から、自分は随分そっけない態度になっている気がする。疲れているので言葉数が少なくなるのは仕方ないにしても、これでは暗に晴市の事や、智恵との会話を拒否しているという風にも捉えかねられない。

「それに、お店に行ってみたかったと思ったのは本当だ。

 ……叶うと良いんだが」

 なので振り返りながらそうではないという事を伝えると、智恵が嬉しそうに目を細めた。

「うん。そしたら、一緒に行ってくれる?

 昔の風遥君の事を皆で話したら、何か思い出せるかもしれないし」

「……分かった」

 前を向いてから頷く。思い出せるかどうかについてはあまり期待できないというのが正直なところだが、過去の話を聞くこと自体は悪くないと、そう思った。


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