51話 そんな簡単にはいかないか
一華とのトラウマ克服のための走り込みが行われ、遂に最終目標である『全力』でのダッシュの合図をする。
「…それじゃあ!スタート!!」
一華はクラウチングスタートの体制から徐々に身体を起こす、初心者目から見ても完璧な踏み込みだった。
しかし、踏み込みと同時に前屈みになった身体に足が着いてこない。
そのままバランスを保つことが出来ず、顔から地面に着地をしてしまう。
「大丈夫か!?」
響は慌てて一華の元に向かうと、倒れ込んだままの一華は、地面の砂に悔しさをぶつけるように力いっぱい握りしめていた。
「とりあえず身体起こすぞ」
身体を優しく起こすと、一華は顔から倒れた衝撃で鼻血が出ており、その鼻血を手の甲で拭いながら作った笑顔で繕う。
「あはは…また失敗しちゃったよー、今回は行けると思ったんだけどなー」
「言ってる場合か、とりあえず鼻血拭くぞ」
一華に下を向かせその鼻を優しくティッシュで包み込む。
数分経つと鼻血は止まり、一華は鼻を赤くしながらまたクラウチングスタートの構えを取り、練習を続けようとする。
「いきなり動いたらまた鼻血出るかもしれないから、もう少し休憩だ」
「もう心配無いよ!完璧に治ったし時間は有限!有効活用しなきゃ!」
「なら効率良く練習するためにも休もうな」
一華は『大丈夫だって!』と言っていたが、話をしているそばから、鼻から赤い血液が垂れる。
一華は観念し、グラウンドの隅で休息を取る。
「響君ごめんねっ、せっかく時間取ってもらったのに余計な時間取らせちゃって」
「元々暇だったし、妹たちのためなら苦でもないしな」
一華は『ありがとっ』と恥じらいながら感謝を伝える。
響は、先程一華のスマホで撮っていた動画を確認し、何が原因だったのかを探ろうとする。
しかし、いくら見ても突然足が固まったようにしか見えず、理由は見えてこなかった。
「響君、何か分かりそう?」
「…脚の筋肉すごいなぁ」
「どこに注目してんの…えっち」
一華と冗談を交えながら、動画を確認しているうちに、だいぶ怪我の痛みも引いてきたらしく、一華は『今度は本当に大丈夫だよ!』とピースをしながら響に状態を表情で伝える。
「もう一回するが、さっきみたいにならないように気をつけろよ。まぁ、何に気をつけると言っても、全力で走るしかないんだがな」
「任せてよ!次は行けるよ!」
その後も何度も繰り返したが、一華は走ることは出来なかった。




