5話 囁き少女の着信と偶然
初日から色々な出来事が起こったと帰路の合間考える。高校では大人しく、普通の一般生徒を演じていこうと考えていたが、初日で菖蒲という異分子と出会ってしまったため、普通の生活は送れないのかもしれないと肩を落とす。
この春引っ越してきたばかりで、未だ我が家という認識が薄いマンションへ帰る。高校進学に伴い、家族とは離れ、全学生が憧れるであろう一人暮らしを始めた響であったが、一人暮らしを送れるほどの能力がまだ育ちきっていない今、一人暮らしというものはネックでしかない。
「ただいま……おかえりっ!」
当然、家に帰ってきた響を迎えるものはいなく、一方通行となった『ただいま』に自分自身でやや高い声で返事をする。
「ふぅー……」
身につけていたカバンを雑に机に置き、ハンガーに制服を干す。夜ご飯は簡易的にカップラーメンで済まそうとお湯を沸かす。
「源さん…かぁー」
菖蒲のことを初めは清楚で大人しめな子かと思っていたが、話してみると思いのほか明るく、ただ声が小さいだけのやかましい女の子だったと、菖蒲のことを改めて再認識する。
カチッ、と電気ケトルのスイッチが落ちる音が物静かな部屋に響いた。沸騰したお湯をカップラーメンに規定量よりやや少なめに注ぎ、同じ塩分量でより濃い味を楽しもうとちょっとした工夫を加えた。
「いただきます」
ズルズルと麺を啜る中で、母親にこんな姿を見られたら小言を言われるに違いないと、鼻を鳴らす。しかし、カップラーメンを食べながら、ふと母親の料理を思い出す。毎日、毎日バリエーション豊富なメニューを苦労も見せず作り上げる。料理の栄養バランスも考えられ、されど味は絶品、こんなことを数十年行ってきた母親に改めて尊敬の意を示す。
「ごちそうさまでした」
バランスなど微塵もない、美味しさだけにステータスを全振りした食事を終える。食事も終え、一息ついた響は、ベッドに身体を投げ、一日の疲れを癒すように全身で伸びをする。風呂に入るのはまだ早いと、時間を潰すためスマホに目を向け、菖蒲とのトーク画面をぼんやりと見つめる。
連絡先を交換したばかりで、まだ空のトーク画面だったところにいきなり文字が現れる。
「起きていますか?源菖蒲です!」
「起きてるぞ、道元響だ」
「今何してるんですか?」
「源さんと会話してる」
突然の連絡にやや動揺しながらも、平然を装い会話を続ける。響の回答が気に食わなかったのか菖蒲は、猫が爪を立て、牙を剥き出して怒りを露わにしているスタンプを立て続けに送ってきた。
「そういうことは聞いていません!」
「すまん」
「で、本当は何をしていたんですか?」
「源さんとの空のトーク画面を眺めてた」
「……ロリコンなんじゃないですか?」
「全くもって違う!」
今日の再放送かと思うほど、新鮮味が無い会話を続ける。
「道元さんって最近引っ越してきたんですよね?」
「あぁ」
「どこら辺に住んでいるんですか?あ、言いたくなかったら言わなくてもいいですよ!」
「高校から真っ直ぐ歩いてきて、病院を曲がった先のマンションだ」
「……そこのマンションって近くに駄菓子屋さんあったりしますか?」
「あぁ、行ったことはないけど子供がよく入ってくの見るな」
「ちょっと待っててください」
菖蒲は、何か響の住所に引っかかるところがあったのか、やけに詳しい情報を聞いてくる。まさか響が知らないだけで、このマンションが事故物件だったのかと、途端に寒気がしてくる。
「うわぁ!!!」
いきなり振動したスマホを見ると、菖蒲から着信が来ていた。何事かと、事故物件の件は一旦置いておいてスマホを耳に当てる。
「道元さーーん…」
「変な声で名前を呼ぶな!」
「マンションの下を見てください!」
「下?」
カーテンを開けることに、内心怯えながらも勢いよく開ける。すると、そこには今日何度も見た姿があった。
「道元さん、ご近所さんだったんですね!」
「ふぇ?」
「私、このマンションから歩いて数分のとこに家があるんです!」
「それはまた偶然だな」
「はい!偶然です!」
更に菖蒲との距離が物理的に近づいてしまった響はカーテンを閉め、スマホの通話をプツリと切った。




