41話 スポーツ少女の動かない足
ゲームセンターから出たあと、駄弁りながら街中を歩いていた。
「夏目これ誰の真似だと思う?」
「うーん、響!」
「正解っ」
透子は顎の下でピースをして佑馬に見せつける。
響はトイレでポーズを決めていたところを佑馬に見られ、その姿を佑馬はパシャリと撮り、それを皆に見せてからというものずっといじられ続けている。
「顎ピース君、今何時?」
「十六時だな、後俺は響だ」
この場に菖蒲が居なかったことが不幸中の幸いであろう。ただでさえ『ロリコンさん』というあだ名があるのにこれ以上増えたらたまったものではない。
時間だけ見れば夕方だが、夏の太陽は空に長い間居座り続ける。まだ明るい空の下を多種多様ないじり方をされながら歩いてく。
「はぁー笑った笑ったー」
「響は見た目無愛想なのに中身はこんなに面白いの反則だよな」
「それ菖蒲の前で言うなよ?」
「はっ!響君ごめーん!もう菖蒲ちゃんに送っちゃったっ!てへ?」
一華は媚びた声で頭にコツンと手をやり、菖蒲とのトーク画面に貼られた写真を響の目の前に置く。
その写真に対して『響さんって何気に可愛いとこあるんですね!あ、この写真保存しても構いませんか!?』とチャットが来ており、一華はそれに対して『壁紙にしていいよっ』と返事をしていた。
「…手遅れかぁ」
写真のことに憂いながらも、菖蒲が本当に壁紙に設定していたらどうしようという考えが頭を巡った。
そんなことを考えている時、後ろの方から男の叫ぶ声が聞こえた。
「く、車が突っ込んでくるぞー!!!避けろ!!」
その声に脊髄的に後ろを振り返ると、猛スピードで軽トラがこちら目掛けて向かってきていた。
距離は百メートルあるかないかだが、スピードが速すぎるためぐんぐんと距離が縮まっていく。
「透子さんこっち!」
「あ、ありがとっ」
透子のことは佑馬が避難させ、安全なところに身を隠した。響たちも逃げようとし、一華の方を見ると一華は足を叩きながら前へ進もうとしない。
響は、その状況に混乱しながらも急を要するため一華に覆い被さる形でトラックの軌道からギリギリで避けた。
「響!大丈夫か!!?」
「大丈夫…いや少し痛い…かも」
一華を助ける際、一華に衝撃がいかないよう咄嗟に背中に手を回したのが良くなかったのか、腕を動かすと鈍い痛みが走る。
「兎佐美さんは大丈夫か?」
「だい…じょぶ…」
一華は焦点の合わない目で壁に突っ込んだトラックを見つめていた。
その後通報があったのか、警察と救急車が数分程度でやってきた。トラックには誰も乗っていなかったらしく、周辺で聞き取りをしていた。
響も状況を説明しようとしたのだが、それより先に救急車に乗せられた。
「君、腕以外に痛いところはないかい?」
「はい、他は特に」
救急車の付き添いには一華が同乗し、その間に事情などを説明してくれた。
病院に着き、レントゲンや痛む箇所の診断をされた結果、腕に少しヒビが入っていることが分かった。
「ごめん…響君…私が」
「いや兎佐美さんのせいじゃないから気にしないでいいよ。日頃からもっと筋トレとかしておくべきだったな」
いつもと違い、見るからに気を落としている一華は小さい声で呟く。
「まただ」
『また』ということは、今までにも同じような経験があったということなのだろうか。
「辛かったら全然言わなくてもいいんだが、『また』ってことは、昔にも同じようなことがあったのか?」
「えっ?私、声に出てた?」
「バッチリと」
一華は『響君ならまぁいっかと』と自分に言い聞かせるように呟きながら、響に向かい直す。
「私が中学の時、陸上やってたのは知ってるよね?」
「あぁ、噂で聞いたがめちゃくちゃ速かったんだろ?」
「でも私、最後の大会はドベもドベ…最下位だったんだ」
いつもの調子が出せなかったのか、はたまた怪我が原因なのかと考えるがその思考を遮るように一華がその理由を話す。
「私、足が動かなかったんだ」
一華は響から目を逸らし、地面のタイルを見つめる。
「私ね、妹がいるんだ。歳は五歳離れてるんだけど、妹も私の真似して陸上を始めたの。私の大会の一週間前、最後の追い込みのために河川敷を走ってて、その時妹が『どうしてもっ』って言うから渋々一緒に練習してたんだ…」
一華はそこまで言い切ると、急に口をチャックで閉められたように無言になる。
ここで続きを聞くなんて野暮なことは出来ないため、『ちょっと飲み物買ってくる』と言い、席を立つ。
買ってきた飲み物の片方を一華の横に置いた。
「ありがと…」
「気にするな」
二人しかいない廊下では、飲み物を啜る音が響く。
ホットココアを飲み、落ち着いたのか一華は重い口を開く。
「…練習終わり、最後に全力ダッシュで勝負をすることになって、ハンデとして妹が走ってから十秒後に走るルールで勝負をしたの…妹が走って、その後ろを私が遅れて追いかける。妹との距離が近づいて来た時、河川敷の上から自動車が勢いよく落ちてきて、妹にぶつかった…」
そこまで言うと一華は、目元に大粒の涙を浮かべ手で顔を覆う。
響は何をすることが最適か分からず、レントゲンのために脱いでいたシャツを一華にかけた。
一人にしようかと静かに席を立とうとすると、一華が響のTシャツの裾を掴む。
「…ここに居て…」
響は再び席に座り直し、一華の肩に手を置いた。




