32話 囁き少女とお泊まり(仮)
大胆な提案をした響に対して、菖蒲は脳の処理が遅れたのか十数秒経った後、やかんのように熱くなり頭から煙が出そうなほど顔を赤くする。
「お!おと、お泊まりですか!?」
「いや!なんて言うか、明日も休みだし仮に泊まっても…」
口からこぼれ落ちた『お泊まり』という単語について、どのように弁解すればいいのか分からなく、自分でも何を言っているのか分からない理由を羅列する。
菖蒲はそれを見兼ねたのか菖蒲は妥協案を提言する。
「…なら今日は夜更かしして、寝ないで過ごすってのはどうですか?」
寝るとなると緊張や他の感情が入り乱れてしまうが、寝ないとなるとお泊まりと言うよりも遊びの延長になるため、小心者の響にはちょうどいい案だった。
「た、確かにそっちの方がいいか。ていうか家に朝までいること自体は嫌じゃないのか?」
「響さんのお家は妙に落ち着くので、響さんの迷惑じゃないならですけど」
「じゃ、今から夜食べるお菓子とか飲み物買いに行くか」
「えへへ、夜にお菓子なんて悪魔的ですね!」
お泊まり『仮』をすることになり、その日を明かすために必要なものを近くのスーパーに買いに行く。買い物の最中、いつもは自炊をしないことを話すと『なら今日はオムライス作ってあげます!!』と卵を一パックカゴに入れていく。菖蒲の卵料理は絶品なので夕食を楽しみにしながら商品を吟味していく。
「予想よりも買いすぎちゃいましたね、重くないですか?」
「そこまで重くないから大丈夫だ」
「ならいいんですけど、私はこの卵だけを壊さないように慎重に運びます!」
夕焼け空の下、二人で荷物を持ちながら並んで帰ると、まるで夫婦みたいだと思ってしまうがそんなこと口が裂けても言葉にすることは出来ないであろう。
「こうやってると、まるで新婚さんみたいですね…」
響が口を裂けても言えないことを、小さい口を裂くことなく言葉にした菖蒲は自分で言っていて恥ずかしそうにだんだんと言葉がしりすぼみになっていく。
響は話題を変えるように話を振る。
「菖蒲はよく自炊するのか?」
「そうですよ!一度にたくさん作り置きをしているのでそこまでの苦ではありませんが、ほとんど毎日自炊してますよ!」
「料理を作れるだけで尊敬するのにそれを毎日?もう神の領域だな」
「これからは『ゴッド菖蒲』と呼んでください!」
ゴッド菖蒲は鼻を高くし、意気揚々と夕食のオムライスを楽しみにするようにと豪語する。
家に着き冷蔵庫に飲み物を冷やし、夕食の準備をしていく。
「じゃあ始めましょう!じゃあまずお米を炊かなきゃありませんね」
「米はそこの棚の下に入ってるはずだ」
引越しをした日に両親から米が届いたものの、自炊を全くしない響にとってはただただ重たい塊であった。
菖蒲は慣れた手つきで米を研ぎ、炊飯器をセットする。
「じゃあお米が炊けるまで時間がかかるので、作り置きを作ってもいいですか?」
「俺は全然いいんだが逆に作って貰っちゃっていいのか?」
「お料理するのは楽しいですし、喜んでくれるなら作りがいがあります!」
菖蒲は買い物袋から材料を取りだし、様々な工程を同時進行で進めていく。買い物は折半でしたため、この分の材料費は何かしらで返していこうと思う。
先程までは各々別の材料だったものが合わさり、美味しい匂いを漂わせる生姜焼きに変化していた。
「二日三日は持つと思うので早めに食べちゃってくださいね!」
「わかった…ちょっと一口食べてもいいか?」
「もーこの後オムライスも控えているんですからね?どうぞっ」
生姜の鮮烈な香りと醤油の深い甘みが織りなす、絶品の生姜焼きは一口食べると二口も三口も止まらなくなる。菖蒲が『おしまいです!』と箸を止めていなかったら完食してしまうところだった。
「そろそろお米も炊けるのでオムライス作り始めますね、響さんは卵割ってください」
卵を割り、中に入った殻を取っているタイミングで炊飯器が『炊けたよ!』と主張し始める。菖蒲は炊けたばかりの米とチキンやケチャップなどを混ぜ、チキンライスを作っていく。響が混ぜた卵をフライパンに広げ、固まりきる前にチキンライスの上に乗せる。
「響さん…いきます!」
卵に包丁で切込みを入れていくと、卵のドレスが広がっていく。
「うぉ!!テレビで見た事あるやつだ!」
「ふふん!どうです?」
「これはゴッド菖蒲と呼ぶのに申し分ないな」
完成したオムライスに菖蒲は『ひびきさん』とケチャップで名前を書いていく。響は菖蒲のオムライスに『ゴッドあやめ』と書き、手を合わせスプーンを持ち食べていく。
「美味っ!!」
「そうでしょう、そうでしょう!」
二人で温かいオムライスを食べていると心も暖かくなり、今日という日が永遠に続けばいいのにと思ってしまう。しかしこんなこと天地が割れても言えないと言葉を飲み込む。
「美味しいですね!あーこういう日がずっと続けばいいんですけどね」
いつの間にか天地が割れていたのかと地面を確認するもヒビは無く、天地を割らずに『永遠』を語れたのかと驚きながらオムライスを完食する。




