31話 囁き少女の過去
色々と波乱な状況になってしまった誕生日会もついに幕を閉じる。
「じゃあうちらそろそろお暇しようかな」
「あれ?もうそんな時間!?俺も帰らなきゃな」
「なら俺は菖蒲を送りに行くか」
全員で部屋から出て、エレベーターを使いエントランスに向かっていく。楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうもので、少し名残惜しい気持ちもあるものの休みが開ければまた顔を合わせると考えれば名残惜しさが薄れていく。
「じゃあまたねー!あやっち改めておめでとう!」
「いい誕生日にー」
「源さんしっかり送ってけよー」
「菖蒲ちゃんまたね!」
みんなと別れ、菖蒲の家の方向に歩いていく。
「菖蒲、今日は楽しかったか?」
「はい!久しぶりの誕生日パーティでとても楽しかったです!!」
「ずっと気になってたんだが、その久しぶりってのはどういうことなんだ?」
「大したことじゃないんですけど、私の家では誕生日に何かしたりとか祝ったりはしないので」
「今日もか?」
「はい、お母さんは多分今日は帰って来ないと思うので」
大人になってから誕生日を祝わなくなるのはよく聞く話だが、高校生の女子の誕生日に何も無いというのは世間一般的には珍しい部類に入る。しかも菖蒲の話しぶりからすると、高校に入る以前から誕生日を祝われていないらしく、自分自身の誕生日を忘れていたことも頷ける。
「なら今日は家に帰ったら何をするんだ?」
「宿題を終わらせて、美顔器を使って寝ると思います」
「そうか…」
友達に祝われたとしても、実の肉親に祝われないというのはいささか寂しいものである。そう思うと響はある提案をする。
「なぁ、今日まだ暇ならもう少し家で遊んでいかないか?」
「響さんのお家でですか!?でも流石にお邪魔じゃないですか?」
「俺の部屋は一人暮らしにしては広すぎるからな、菖蒲が迷惑じゃなかったらだが」
いつもの響にしては大胆すぎる提案だが、菖蒲は嬉しそうに『是非!』と提案に賛同してくれたので一歩を踏み出して良かったと思う。
再び部屋に戻ると先程とは変わって閑散とした雰囲気で、ノスタルジックな気持ちになる。
「さっきまでは賑やかだったので新鮮な気持ちです」
「確かにな、とりあえずコーヒーでも飲むか?」
「はい、いただきます。あ、砂糖は多めでお願いします!」
響は自分のコーヒーと菖蒲のコーヒーを淹れ、片方には角砂糖を複数個入れた。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
静かな部屋の中で熱いコーヒーを飲んでいると、哀愁と静謐を感じる。
菖蒲はぼーっとしながら一点を見つめている。
「なぁ菖蒲、前に俺の昔話をしたし、今度は菖蒲の昔話を聞かせてくれないか?」
「響さんの話同様、あまり気持ちの良いものじゃありませんよ?それでも構わないですか?」
「あぁ、構わない」
菖蒲は重い口を静かに開く。
「驚くかもしれませんが、私小学生の頃は普通に喋れていたんです。仲のいい子も普通にいて、普通の女の子として生活していました」
「想像がつかないな」
「そんなある日に、私の友達の子がクラスのいじめっ子に目をつけられたんです。悪口を言ったり、無視をしたり女の子特有の陰湿な嫌がらせでした。ある時、そのいじめっ子に『あの子に悪口言わないと菖蒲ちゃんもハブくよ』と言われ、幼少期の私は恐怖心から従ってしまいました…」
子供で尚且つ女子のいじめというものは、男子のいじめと比べ陰湿で精神的によるものが多い。
「その子は私の悪口によって深く傷ついてしまい、不登校になり転校してしまいました。きっとお互い一番の友達同士と思っていた相手に裏切られたのは何よりも辛かったんだと思います…」
「でも辛いのは菖蒲も同じだろ?」
「その通りです。私もそれが原因で同じく不登校になってしまいました。その事について両親が毎日喧嘩していました。『お前の育て方が間違ったからだ』や『あなたが仕事ばっかりで菖蒲のことを丸投げしたからでしょ』と、私が喧嘩を止めようとすると『お前の声を聞くと腹が立つから喋るな』と斥けられました。きっとそれが原因で声が小さくなったんだと思います」
菖蒲の過去がこんなにも辛い話だと想像だにしていなかった響はかける言葉が見つからなかった。
「その後両親は離婚し、親権はお母さんが取ってそこから今の今まで一緒に生活してきました。最近は過ごしている時間が違うため会話をすることはありませんが、何もされる訳でもないので特に気にしていません。今は話せる友達がたくさん出来ましたしね!」
辛い過去がありながらも、今を一生懸命過ごしている菖蒲を考えると胸が締め付けられるような気持ちになった。
「少し長話しすぎてしまいましたね、何をしましょうか?ゲームですか?おしゃべりですか?なんならお散歩もいいですね!」
「菖蒲、今日は泊まっていかないか?」
響は家に誘うよりもより大胆な誘いを口走っていた。




