180話 消えた囁き少女
スーパーで買い物をしていると、さも当たり前のように記憶に深く刻まれている人物と出会った。
「あれ、響君?久しぶりだねっ元気にしてた?」
「天乃…」
最後にコンタクトを取ったのは、非通知で掛かってきた電話が最後。
美神が火災に巻き込まれた際に、意味深なことを残して電話を切られた。
「こうやって面と向かって合うのは、ほんと一年ぶりくらいかな?」
「お前、どの面下げて話してんだよ」
天乃は買い物かごに飲み物やお菓子をパンパンに詰め、ラフな格好で買い物をしていた。
「菖蒲さんのことはほんとにごめんって。進学した時のストレスでつい魔が差しちゃったんだよ」
「それだけじゃないだろ?一華に車で轢こうとしたのも、ミカエルのいる施設に火を付けたのも」
天乃は首を傾げながら、癪だが整った顔に手を当てる。
「交通事故の件も火事の件も知ってるけど、僕がするはずないじゃないか。さすがに心外だなぁ」
「っお前」
たまらず蓮央の襟を強く掴む。
「響君、ここじゃ悪者は君になるけどいいのかい?」
響たちの周りはザワザワと『喧嘩かしら』などと、口々に呟いている。
人の目もあるため、殴りたい気持ちを抑え、乱暴気味に手を離した。
「響君が賢い人で良かったよ。僕はそろそろ行かなきゃいけないからまたねっ」
「っおい!」
蓮央は手を振りながら、タイムセールの主婦に紛れて消えて行った。
「またなんも聞けなかった…」
「あら、あなたどうしたの?」
菖蒲の家に着き、チャイムを鳴らすとパーカー姿の藍李が顔を出した。
「菖蒲が体調悪いって言うので、フルーツとゼリー持ってきました。今の体調はどうですか?」
藍李は、何を言っているのか分からないかのように、手で響の喋りを静止させる。
「待って待って、菖蒲が体調不良?誰がそんなことを?」
響は菖蒲とのチャットを見せる。
だが、藍李はそれでも腑に落ちないのか一旦、響を家に上げる。
「菖蒲は今日学校に行った?ちょっと待って…どういうことですか?」
「私も同じ気持ちよ。私は菖蒲が家を出て、学校へ向かったのを見ていたわ」
響と藍李の状況証拠が互いに食い違う。
「今日は菖蒲と一緒じゃないの?昨日『響さんが家まで送ってくれることになりましたっ』って、嬉しそうに話していたのに」
「い、一旦話を整理しましょう…」
響としては、菖蒲は体調不良で学校を休んでおり、今は家で寝ている。
藍李としては、菖蒲はいつも通り学校に行っている。
「…なら、菖蒲は今どこに?」
「俺近辺を探してきますっ」
「ちょっ、ちょっと!?ならっ、帰ってきたらあなたに連絡するから、スマホは持って行きなさいっ」
藍李は家で待機し、響は菖蒲に電話を掛け続けながら辺りを走り回る。
「っおい菖蒲!?いたら返事しろ!」
いくら探しても見つからず、いよいよ万が一を考えてしまう。
そんな時、菖蒲からチャットが帰ってくる。
『どうかしましたか?』
菖蒲から能天気に連絡が来る。
すぐに響も連絡を返す。
『菖蒲今どこにいるんだ?いくら探してもいないし…藍李さんと会ったが、菖蒲は学校に行ったって言われたんだが?』
『すみません。ついサボってしまいましたっ』
菖蒲らしからぬ理由に、寄りかかった壁からずりずりと腰を滑らせる。
『心配かけてすみません。道元さんは気にせずお家に帰って大丈夫ですよっ』
液晶に写る字面に胸騒ぎがする。
『『道元さん』って…今更なんで?』
菖蒲は既読をつけたまま、返信を返してこない。
胸騒ぎが徐々に確信に変わっていく。
『お前誰だ?』
響の問いに、ついに菖蒲から電話が掛かってくる。
『っ響さん!!』
いつもの聞き慣れた声が電波を介して聞こえてきた。
だが、声はいつもよりも大きく、震えている。
『っ菖蒲だよな!?今どこに…』
菖蒲の声が遠くなり、代わりに先程聞いたばかりの鼻につく声に変わる。
『響君さっきぶりだね』
『っ天乃!!』
住宅街に響の怒号が響いた。