178話 どのメイクが好みか
出迎えてくれた綺麗なお姉さんに会議室のような部屋に通された。
中には数多の化粧品と肌ツヤを綺麗に見せるためであろう照明、そしてごついカメラが準備されている。
「今日はモニターになってくれてありがとねっ。参考のために写真を撮らせて貰いたいんだけどいいかな?どこかに載せたりとかは無いから安心してっ」
菖蒲はふかふかのソファに身体を沈めながら、唇を震わせている。
それを見た有咲は、さすがに止めようとするがそれよりも先に菖蒲が立ち上がる。
『っわ、分かりました!今日はめいいっぱい可愛くしてください!』
菖蒲は言い終えると響を見つめ、こくんと頷く。
「今よりもっと可愛くなって、響さんをさらにメロメロにしちゃいますので覚悟してくださいねっ?」
菖蒲は椅子に案内されると、髪をヘアバンドで上げられる。
その光景を眺めていると、有咲に肘で腰を突かれる。
「響っちどぉ?可愛い彼女がもっと可愛くなるのは?」
有咲のニヒルな瞳に顔を覗かれ、逃れるように視線を逸らす。
彼女がより可愛くなることに抵抗がある彼氏などこの世にはいない。
ただ一つ心配なことがある。
「俺の心臓が持たない」
「っわぁお、ぞっこんじゃんかっ」
今日は五体満足で帰れるのだろうか。
数十分後。お茶請けを二回おかわりした頃、メイクを終えた菖蒲は着替えも済ませた。
メイクだけのはずだったが、有咲の提案で服装ごと変えることとなった。
「じゃ、あやっちのタイミングで出てきてっ」
カーテンがゆっくりと開き、中からは清潔感と上品さを引き立て、ナチュラルに可憐さが演出された菖蒲が出てきた。
服装も白を基調としたシンプルなデザインで、清楚系の王道をいく容姿だった。
「菖蒲ちゃんはブルベだから、こういう透明感を活かしたメイクが似合うね。っほら、彼氏くんも何かないの?」
文句無しの可愛さで、とりあえず心臓に会心ダメージが入る。
「と、とてもお似合いで…」
「うんうんっ、初々しいねぇ」
それから興が乗ったのか、菖蒲は様々なメイクをされ、その様子はモニターというよりも姉に遊ばれる弟のようだった。
「おつかれだな」
「最初は不安だったんですけど、新しい自分を知れてとても楽しかったです!」
菖蒲はなんだかんだ楽しめたらしく、撮ってもらった写真をご機嫌に眺めていた。
「それは何よりだな。というか、なんかさっきまでと匂いが変わった気がするんだが」
「さすが匂いフェチの響さんですねっ。試供品ですが、さっきコロンを付けてもらったんです!」
変な二つ名で呼ばれたことは不服だが、いつもと違い脳に響くような甘い匂いが響を包む。
「このコロンの匂いはどうですっ?お好みでしたら、もう少し頂戴して…響さん?」
コロンの匂いも相まって、何故か菖蒲を直視出来ない。
「そのメイクにこのコロン…ちょっと反則過ぎて…」
突然菖蒲は響の手を取り、自分の頬に触れさせる。
「私今すっぴんですけど?この後、もう一つ試したいものがあるらしくて、そのために顔洗ったんですけど」
一連の流れを見ていた有咲は、響を茶化す。
「響っちは素のあやっちがいいんだぁ?」
「っふ、ふーん?響さんはノーマルな私が好きと?」
化粧品の準備をするお姉さんは『っ青春ねぇ』と呟き、響の知らないあの頃を思い出していた。
「響さんってば、私の事好きすぎなんじゃないですか?」
菖蒲は響の頬をツンツンと突きながら、目を細める。
「突くなっ。…ん?なんかまた匂い変わったな…」
四回目のお茶請けを持ってきたお姉さんは、菖蒲の首元に触れながらコロンの解説をし始める。
「このコロンはね、体温によって匂いが変わるのね。っスンスン…これは、緊張とか照れの匂いかな?」
「え、そんなことも分かるん?」
お姉さんの嗅覚は常人よりも遥かに鋭いらしく、匂いだけでその人間の内情も分かるらしい。
「菖蒲ちゃん、彼氏君に褒められて照れちゃったのかな?」
『ち、違います!決して違いますから!っ次のメイクお願いしますっ!』
先程まで上に立っていたはずの菖蒲だったが、まさかコロンによって突き落とされるとは。
菖蒲はメイクに向かい、有咲と二人きりになる。
「響っちこれいる?」
有咲は先程の菖蒲が付けていたコロンの試供品を手渡してくる。
「これ好きなんでしょ?」
「そういうことじゃ…」
有咲は『あーね』と、その試供品を引っこめる。
「あやっちが付けてるから好きってことねぇ」
決してそういう訳では無いが、一応試供品を受け取る。
それにプラスでもう何個か拝借させてもらった。