176話 たまにはピザでも
最近の響には一つ、大きな悩みがある。
少し前のバレンタイン。菖蒲にチョコと同時に貰った、手紙に書かれていた二人のこれからについて。
「なぁ、菖蒲今日この後少し話せるか?」
「『あの話のお返事』以外なら大丈夫ですよ」
付き合っていることが響の足枷になっているのではという、菖蒲の心のモヤに対する返答を返したいのだが、のらりくらりと躱される。
「菖蒲が『答えが定まったら教えてください』って言ったよな?」
菖蒲はトリプルカップのアイスをパクパクと食べ、スプーンを咥えたまま動きを止める。
「…だって怖いんですもんっ。私が言った手前タイミングを決めるのは響さんのはずなんですけど、やっぱり心の準備が出来ていないというか…」
悩みはそう。菖蒲が響の答えを聞いてくれないことだ。
本来、答えはあの時既に決まっていたが、すぐに回答するのは、菖蒲の覚悟に申し訳ないと踏みとどまっていた。
「っはい、一口あげますのでっ」
菖蒲からのアイスでまた有耶無耶にされる。
「なぁ、佑馬。話を聞いて欲しい時って、どうするべきだと思う?」
「育児の話?って、もうそこまで考えてんのか!?すげぇな!」
佑馬に相談する時には、しっかりと筋を話さなければいけない。
どうにか育児ルートから元のレールに戻す。
「そういう事かぁ。ならやっぱ、逃げられない状況を作るとかじゃないか?」
「なるほどなぁ…」
「あ、でも車とか家の扉は響が閉めちゃダメだぞ?監禁罪になるかもしれないらしいからな」
何か勘違いされているかもしれないが、佑馬の無駄な知識に頼ってみるのもありかと、早速実行する。
「っあの映画すごく見たかったので、配信開始されてすごく楽しみです!」
菖蒲を映画で誘い出し、どうにか家まで連れてくることに成功する。
「じゃあ入ってくれ、あとドアは菖蒲が閉めてくれ」
菖蒲は少し訝しながら、ドアを閉めた。
これで罪には問われないはず。
「ドアを閉めさせるなんて、どこぞの闇金さんみたいですね」
菖蒲も知っているらしい。二人の知識の偏りには色んな意味で驚かされる。
純粋に映画を楽しみ、その後の伏線や良いシーンなどを互いに語り合った。
「っんぁー…そろそろ夕ご飯の時間ですね。では、そろそろお暇させてもらいますねっ」
「なら、その前に少しだけ時間をくれないか?」
何かを察し、ハッとした表情でたじろぐ。
「っまま、待ってください!まだ心の準備が…」
「もうそろそろ準備を終えて欲しいんだが」
菖蒲はゆっくりとドアノブに手をかけ、少しずつ響から距離を取っていく。
「っお、おい!?逃がすかっ」
響は菖蒲の手を掴み、距離を詰める。
「俺は菖蒲とこれから…」
「っ分かりました!分かりましたから!」
菖蒲は響の口を押え、大きく深呼吸をすると新たな提案をしてくる。
「全て私のわがままで申し訳ないのですが、ほんとに心の準備が出来ていなくて…なので、ホワイトデーの日。その日に改めて伝えてくれませんか?」
確かにホワイトデーであれば、バレンタインデーの対になる存在のためタイミングとしてはピッタリだ。
ただまだ少し先なのだけがネックだ。
「…なら、その日は絶対に空けておいてくれよ?俺もずっと言いたいのに言えなくてモヤモヤしてるんだ」
「すみません…頑張ってホワイトデーまでには準備しますので…」
菖蒲はシュンとしてしまい、手をモジモジとさせる。
そのせいか、少し罪悪感が生まれてしまう。
「今日って夕ご飯、藍李さんは一緒に食べるのか?」
「お母さんですか?今日は時間的にもうお店に行ったと思いますよ?」
その言葉を聞くと、響は朝ポストに入れられていたチラシを見せる。
「今ピザを買うともう一枚が半額らしいんだが、夕ご飯ピザにしないか?もちろん、藍李さんの分も買ってな」
菖蒲はチラシに載っているピザを見ると、お腹を派手に鳴らす。
「た、たまには良いかもしれませんね?お母さんもジャンキーなもの好きですし…なら、今日は少しだけ楽をしましょうかね」
響はチラシに載った電話番号にかけ、ピザが届くのを待つ。
菖蒲とピザを食べ終わったあとは、菖蒲の家にピザを運びその日は解散した。
これで菖蒲に返答する日が決まった。あとは、待つだけ。