168話 それぞれの意味
今日は朝からやけに皆ソワソワしている。教室というか、校舎に入る前から何か覚悟を決めたように靴箱を開けていた。
「あ、バレタインって今日か」
もちろん忘れていた訳では無い。だが、だからといって周りの有象無象の生徒のように、逐一自分の容姿を気にし、女子の方をチラチラ見るなどの行為をする気は無い。
「響っち、おはー。ほいこれ、お返したのしみにしてんねー」
理由は明白。
「道元、バレタインだからあげる。友チョコの余りだけど」
貰えるという心当たりのある人物が多数いるからだ。
現にもう二個も貰ってしまった。
周りの男子からの視線が心地よい。
「響さん…愉悦に満ちた顔をしてますね」
「男として過去最高の優越感を味わっているからな」
菖蒲は『そーですかー』と英語の単語帳に視線を落とす。
彼氏である響が、他の女子からチョコを貰っていることで妬いているのだろうか。ブツブツと暗唱しながら勉強をしている。
「響君、それ何食べてるの?」
「…購買戦争に負けて、端に残ってた塩おにぎりだな…」
今日の購買戦争において、響に対してだけ当たりが強かった気がする。
いくら前に進もうとも、直ぐに跳ね返された。
「そんなんじゃお腹膨れないでしょ?」
そう言うと一華は、自分のロッカーから保冷バックを取り出し、響の机に置く。
「開けてみてっ」
一華ははにかみながら『どうぞっ』と言わんばかりに、保冷バックを響に近づける。
冷たい冷気の中から顔を出したのは、それぞれ見た目の違うデコレーションを施されたドーナツだった。
「ドーナツって意外とお腹に溜まるんだよ?ハッピーバレンタインっ」
「っいいのか!?」
一華の手作りであろうドーナツは、しっとりとしておりチョコや抹茶など、味のバリエーションも豊富だった。
「そういえばバレンタインであげるチョコとかって、物によって意味が変わるらしいよ?」
「そうなのか?なら、ドーナツはなんて意味なんだ?」
一華は響の耳元に顔を近づけると、吐息を混ぜながら囁く。
「っなーいしょ」
柑橘系の爽やかな匂いが離れると、一華は『大事に食べてねっー』と言いながら、駆けて教室を出て行った。
一華の言葉が気になり、スマホで『バレタイン チョコ 意味』で検索をかけてみる。
「お、ほんとにそれぞれ意味があるんだな。ドーナツドーナツっと…」
ドーナツのページにたどり着き、そこに書かれている言葉に食べる手が止まる。
「『ドーナツの意味は大好き』…」
ふと、一華の出ていった廊下の方に目をやると、ドアガラスの奥にいる一華と目が合った。
一華は、響が検索するのを見越していたのか手を振りながら、ニヒルな笑みを浮かべている。
「今ここに菖蒲が居ないのが唯一の救いだな」
菖蒲は友チョコを交換し合っており、この一連の流れには気づいていないようだった。




