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囁き少女のシークレットボイス  作者: うみだぬき
バレタインデー
168/232

168話 それぞれの意味

 今日は朝からやけに皆ソワソワしている。教室というか、校舎に入る前から何か覚悟を決めたように靴箱を開けていた。


「あ、バレタインって今日か」


 もちろん忘れていた訳では無い。だが、だからといって周りの有象無象の生徒のように、逐一自分の容姿を気にし、女子の方をチラチラ見るなどの行為をする気は無い。


「響っち、おはー。ほいこれ、お返したのしみにしてんねー」


 理由は明白。


「道元、バレタインだからあげる。友チョコの余りだけど」


 貰えるという心当たりのある人物が多数いるからだ。

 現にもう二個も貰ってしまった。

 周りの男子からの視線が心地よい。


「響さん…愉悦に満ちた顔をしてますね」

「男として過去最高の優越感を味わっているからな」


 菖蒲は『そーですかー』と英語の単語帳に視線を落とす。

 彼氏である響が、他の女子からチョコを貰っていることで妬いているのだろうか。ブツブツと暗唱しながら勉強をしている。



「響君、それ何食べてるの?」

「…購買戦争に負けて、端に残ってた塩おにぎりだな…」


 今日の購買戦争において、響に対してだけ当たりが強かった気がする。

 いくら前に進もうとも、直ぐに跳ね返された。


「そんなんじゃお腹膨れないでしょ?」


 そう言うと一華は、自分のロッカーから保冷バックを取り出し、響の机に置く。


「開けてみてっ」


 一華ははにかみながら『どうぞっ』と言わんばかりに、保冷バックを響に近づける。

 冷たい冷気の中から顔を出したのは、それぞれ見た目の違うデコレーションを施されたドーナツだった。


「ドーナツって意外とお腹に溜まるんだよ?ハッピーバレンタインっ」

「っいいのか!?」


 一華の手作りであろうドーナツは、しっとりとしておりチョコや抹茶など、味のバリエーションも豊富だった。


「そういえばバレンタインであげるチョコとかって、物によって意味が変わるらしいよ?」

「そうなのか?なら、ドーナツはなんて意味なんだ?」


 一華は響の耳元に顔を近づけると、吐息を混ぜながら囁く。


()()()()()()


 柑橘系の爽やかな匂いが離れると、一華は『大事に食べてねっー』と言いながら、駆けて教室を出て行った。

 一華の言葉が気になり、スマホで『バレタイン チョコ 意味』で検索をかけてみる。


「お、ほんとにそれぞれ意味があるんだな。ドーナツドーナツっと…」


 ドーナツのページにたどり着き、そこに書かれている言葉に食べる手が止まる。


「『ドーナツの意味は大好き』…」


 ふと、一華の出ていった廊下の方に目をやると、ドアガラスの奥にいる一華と目が合った。

 一華は、響が検索するのを見越していたのか手を振りながら、ニヒルな笑みを浮かべている。


「今ここに菖蒲が居ないのが唯一の救いだな」


 菖蒲は友チョコを交換し合っており、この一連の流れには気づいていないようだった。


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