16話 囁き少女の応援と労い
四郎の要望で早めのスパンで行われていた体育祭準備は、つつがなく進んでいった。その中でも一番重要な、リレーのアンカーなどを決めるために目安となる、体力テストが今日の保険の時間に行われた。
「じゃ、お前らペア作れ!」
「響!ペア組もうぜ」
「そうするか」
佑馬の誘いに乗り、ペア同士で体力テストを順番に進めていく。
「響…身体固すぎ、それ本気?」
「本…気だ!ふん!」
「測定器動かしての不正は無しだぞー」
多少の運動神経は備わっているものの、身体の硬さは身につけていなかった響の長座体前屈の結果は散々だった。そこからのテストでは平均よりも少し上ぐらいの結果を連発していった。
「響すごいな、長座体前屈を除いて他全部平均だな」
「そういう佑馬は以外と運動神経いいんだな」
「だろ?その代わり頭は良くないけどな」
「神は二物を与えずって本当なんだな」
「神様も真面目だよなぁ、ちょっとくらい色つけてくれてもいいのにな」
シャトルランと五十メートル走を残した響たちは、女子の方を見ながらだべっていた。何気なく見ていた女子たちの中で一人、周りと一線を画している者がいた。
「菖蒲ちゃん、握力十四キロ!」
「菖蒲ちゃん…ソフトボール投げ八メートル」
「菖蒲ちゃん……上体起こし二回……」
菖蒲とペアをしているらしい一華は、菖蒲の結果を発声する度に声のトーンが下がっていく。小学生女子の方がまだいい成績なのではないかと思うほど、散々な結果を出し続ける菖蒲は周りの反応とは裏腹に満足気な顔をしていた。
「源さん…すごいな」
「…あぁ」
菖蒲のテストを見ているうちに時間が過ぎており、体育教師の鮫島が呼びかける。
「よし!お前ら次は待ちに待ったシャトルランだ、先に男子からやるからな!」
スポーツテストの中のラスボス、何人ものトラウマを誘発してきた地獄の競技シャトルランが始まってしまった。最初は佑馬が走ると名乗りを上げ、レーンに並んだ。
佑馬は百を超え、体力テストの最高値の点数が貰える所まで走り続け、その後は直ぐに失速した。
「はぁ、はぁ見てたか?!」
「すごすぎるな…」
「これは、女子からモテまくっちゃうな!」
腹の立つ顔でニヤつく佑馬だったが、結果は確かに賞賛に値するものなので適当に流しておいた。
「じゃ!次!」
「ほら、響の番だぞ!」
「痛っ!はいはい、行きますよー…」
佑馬に背中を叩かれ、勝手に気合いを入れられる。短距離などの走りには自信がある響だが、シャトルランのような持久力が試される競技は不得意である。
シャトルランが始まり、音に合わせ走らせられる。音階如きに足を動かすことを命令される競技など、人間への冒涜だと思いながら走り続ける。七十を超えた辺りから如実に苦しくなる。息を不規則に吸い、不規則に吐き続ける。横っ腹も痛くなり始め、そろそろ限界と思い足を緩めようとする。
すると女子の集団から声が届く。
「響さん頑張ってください!!」
目をやると菖蒲が身を乗り出し響に声援を送っていた。
「根性ですよ!」
菖蒲が応援してくれているからという訳では無いが、ここでやめるのもキリが悪いかと緩めたペースを元に戻す。そこから響が足を緩めようとする度に菖蒲の応援が届く。
「あれです!根性…はもう言ったし…あ!根気ですよ!!根気!」
応援のレパートリーが尽き始め、同音意義の掛け声を続ける。菖蒲のレパートリーが尽きたと同時に、響の体力も尽きた。
「響は競馬だったら、差し馬タイプだな」
「人を…馬で…例えるな…」
人生のシャトルランの中で最高値を出した響は床に寝転がる。そこにトコトコと菖蒲がやってきて、響を覗き込む。
「響さんすごいですね!競馬だったら差し馬タイプですよ!」
「人を…馬で…例えるな…」
佑馬と同じ感性を持っているのか、全く同じ感想を伝えられる。
「でも、ほんとに凄いですね!私なんて二十回ぐらいで限界でした!」
「小学生の方が…まだ体力あるぞ…」
同じタイミングで走り出したはずの菖蒲が響の応援をしていたことに疑問を感じていたが、その理由がここで明かされた。
「じゃあ、私戻りますね!」
「あぁ…」
菖蒲は女子の集合がかかったので、集団の方に駆け出す。しかし、途中でピタっと歩みを止めると、響の方に踵を返す。
響の顔を再度覗き込むと頭に手を置く。
「お疲れ様でした!では!」
「あ、おう…」
菖蒲に労いとして頭を撫でられた響は、仰向けの姿勢からうつ伏せの姿勢にチェンジし、しばらく顔を上げられなかった。