118話 囁き少女宅でお泊まり
お腹を膨らませ腹ごなしに少し遠回りしながら、電車で家がある方向へ向かう。
いつもはお互い、別に別れる道を今日は二人で通る。
「俺が言った手前言いづらいが、ほんとに泊まっていいのか?」
クリスマスは一緒に過ごすと約束しており、当初は響の家に泊まるのだろうと考えていたが、今回は菖蒲の家に決まった。
「もちろんですっ!いつも響さんのお家にお邪魔してますし、たまには私がおもてなしします!」
菖蒲は顔の大半を占めるメガネをクイッと上げ、しごでき感を見せてくる。
菖蒲の家に着くと、音に気づいたのか藍李がドアを開ける。
「あら、遅かったじゃない。外は冷えるのだから早く入りなさい」
いつもとは違い、ラフにパーカーで身を包む藍李は暖かそうなスリッパでリビングに入って行く。
「お邪魔しまーす」
「どうぞっ!お邪魔してください!」
菖蒲は客人用のスリッパをすぐさま用意し、響がドアを開ける前に開ける。もてなしモードに入った菖蒲に招かれ、リビングの椅子に腰をかけた。
「あなたたち食事はもう済ませたのよね?」
藍李は確認し終えると、冷蔵庫から大きな箱を取り出す。
「少し前に寄ったケーキ屋が美味しかったから、ホールを買ってきたわ」
「っわぉ!サンタさんが乗ってます!」
あの時、藍李がケーキを買ったのは下見を兼ねていたのだろうか。
そんなことを考える響の横で、サンタの形をしたメレンゲに菖蒲は目を輝かせフォークを握る。
「ちょっと菖蒲行儀悪いわよ。先に手洗ってきなさい」
菖蒲の後を追うように響も手を洗い、再度椅子に座り直す。
「こういうのは慣れていないのだけど…メリークリスマス…?」
藍李の言葉に食い気味でレスポンスし、ケーキにフォークを刺す。
デザートは別腹というのはほんとらしい。お腹いっぱいだったはずだが、どこに消えたのか今はケーキを腹が欲している。
「このサンタは菖蒲にやるよ」
「いいんですか!?なら響さんにはこのトナカイさんを…」
『お母さんにはクリスマスツリーをあげます!』
各ケーキの上に加工されたメレンゲが乗り、よりケーキを飾る。
「藍李さん、改めて今日はお邪魔します」
「菖蒲も何度も泊めてもらってるのでしょ、ギブアンドテイクってやつよ」
藍李は甘党なのか、ケーキに生クリームを追加し大きな口で噛み締める。
ホールで買ったケーキだったが一切れが大きく、一人二切れも食べると姿を消した。
「食べ終わったら、冷える前にお風呂入ってきなさい。悪いけど菖蒲、洗い物を手伝ってもらってもいいかしら?」
『了解です!今回は乙女の残り湯を堪能できなくて残念ですねっ』
いじらしくからかう菖蒲は、風呂場に案内してくれる。
「…人の家で裸になるのって、なんか妙に緊張するな」
風呂場に入ると湯気が立ち込める。身体を洗った後、深めの湯船に鼻まで浸かる。
「はぁー生き返るなぁ」
入浴剤が入っているのか身体の芯から温まる。それにいつも菖蒲から漂っているフローラルな香りが充満しており、背徳感のようなものを感じる。
一度菖蒲のことを考えてしまうと、目に入るものの全てから連想してしまう。
「響さんっ、お湯加減はどうですか?」
「だっ!大丈夫だ!」
「何をそんなに慌ててるんです?」
湯加減とシャンプーなどの説明に来た菖蒲に、肝を冷やす。
「私も入りたいので長湯しないでくださいよー。…じゃないと途中でも私入りますからね?」
それはなかなかに魅力的な話だが、風邪を引かれては申し訳ないため、時間もそこそこに風呂を上がる。
「あ、響さん上がったんですね。では、ここに座ってくださいっ」
言われるがままに椅子に座ると、菖蒲は優しく髪を乾かしてくれる。
「こんなにしてもらって申し訳ないな」
「今日は色々貰っちゃいましたし、今までのお礼も含めたら足りないぐらいですよっ」
他人に髪を乾かされるのは、美容院以外じゃ滅多に無い、
心地良さに目を閉じていると『スンスン』と菖蒲が頭に鼻を近づけてくる。
「…響さんから私と同じ匂いがしますね…なんか変な気持ちですっ」
匂いを嗅がれ、無意識に背筋がピンとなる。
「あ、でもこの服からは響さんの匂いが…」
次は服に注目が移り、いよいよ我慢出来なくなった響は、雑に自分で髪を乾かす。
「っほら!風邪引く前にさっさと風呂入ってこい!」
「っちょ!押さないでくださいっ」
ようやく嵐が去り、風呂が原因か分からないが火照った身体を冷ましていると、そこに藍李がやって来る。
「いいお湯でした」
「そう、なら良かったわ」
会話は続かず、気まずい時間が流れる。
数分の沈黙に耐えられなくなり、響が話し出そうとするが藍李が一歩先に話し出す。
「少し大事な話をしてもいいかしら?」
藍李の口調から響は背筋を正した。




