114話 好みは囁き少女
短期間だったがバイトで賃金を稼ぎ、どうにか目標の金額に届く。
その翌日、前に真摯にプレゼントを選ぶことに協力してくれた店に向かい、プレゼントを購入した。
「うおぉ…俺の数十時間がギュッと小さくなったな…」
物が物のため、サイズは小さいがこれ一つに響のとてつもない労力が詰まっている。
プレゼントを枕元に置き、その次の日のために備え早めに就寝しようとする。
しかし、その睡眠は高頻度の通知によって邪魔される。
『ついに明日ですね!』
『楽しみでなかなか寝れません!』
『響さんは何していますか!?』
菖蒲からの連投に、楽しみなのがこちらだけではないのだと分かり、チャットを眺める目が弧を描く。
『今から寝るところだ。明日のために早めに寝ろよ』
『あっおやすみのお邪魔でしたか?私も今から寝ますので、明日はよろしくお願いしますねっ』
こちらが『気にするな』と返事を返す前に、一枚の写真が送られてくる。
『この中ならどれが好みですか?』
その写真にはベッドに二つの服が置かれ、内カメで撮ったのか菖蒲が見切れている。
『その右端のやつが好み』
『この黒のカーディガンですか?』
『その右隣』
菖蒲から猫が困惑しているスタンプが送られ、意味が伝わっていないのだと分かる。
すると、突然菖蒲から着信がかかってくる。
『もしもし響さん、右隣ってどれのことです?』
文面では理解できないと思ったのか、電話で直接聞いてくる。
『その写真に二つ服があるだろ?』
『はい、ありますけど響さんは右端が好みなんですよね?ですがこの右隣にはなんにもありませんよ?』
『写真には右隣に菖蒲が写ってるが?』
数秒の沈黙の後『っあ』と言葉を残し、話も途中に電話を切られる。
その直後、菖蒲から再度チャットが来る。
『そういうのはどこで覚えてくるんですか?浮気ですか?』
『これで寝れなくなって、明日寝坊しちゃっても響さんのせいですからねっ!』
矢継ぎ早に猫が威嚇しているスタンプも送られる。
これ以上はお互いの明日に関わるため、深追いはやめて寝ることにした。
「っふぁー…朝か…いや昼か」
時刻を確認すると、時計の短針は右上を指している。
予定の時間は、夕方頃。イルミネーションを見るにはその時間がベストだろう。
だが、念には念を入れ早めに準備をすると、佑馬に教えてもらったセット方法により、様になってる髪型で家を出る。
「二時間も早く着いちゃったか…カフェでも行くか」
時間を潰すため、約束の場所の近くのカフェへ向かい、一番安いコーヒーで一息つく。
やや酸味あるコーヒーに舌鼓を打ち、店内をぐるりと見渡すと、同じくコーヒーにおびただしい量の砂糖を入れる菖蒲と目が合う。
「っえ、?響さん!?」
「なんで菖蒲が!?約束の時間は二時間後だぞ?」
菖蒲はこぼさないようにゆっくりとコーヒーを運び、四人席に一人で座る響の対面に座る。
菖蒲は、昨夜送られてきた服とは違うものを着ており、ガーリーなブラウンの長いスカートに、クリーム色のニットを合わせ、珍しく大きめの縁の眼鏡をかけている。
「それって伊達か?」
「可愛いですか?」
菖蒲は、響の軽い投球にいきなりバットを大きく振ってくる。
「…昨日響さんが好みは…私って言うので服選びにとても困りましたっ」
「それは悪いことをしたな」
服選びに困ったと言っているが、こちらとしてはどんな服を着ていても可愛いと思ってしまいそうなため、服選びに時間を取らせたことに申し訳なくなる。
「それでっ可愛いですか?可愛くないですか?」
「めちゃくちゃ可愛いに決まってるだろ、できることならラッピングして部屋に飾って置きたいぐらいだ」
「それは普通に気持ち悪いのでやめてください。…まぁ、可愛いと思ってるならよかったですっ」
予定よりもだいぶ早く合流した二人は、気ままにブラブラ歩きながら、気になる場所があれば足を踏み入れた。
今日の気温も凍えるほど寒いはずだが、手から伝わる体温のおかげか今は熱いぐらいだ。




