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カゲヌシ  作者: ぽんこつ


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似ている女性

オリーブ公園の駐車場に着いてからというもの、慎哉はずっとスマホを操作していた。

私たちがラウンジに席を取ってからも変わらなかった。

「ねえ、あーちゃん、ケーキ食べよ」

隣に座った栞が、私の腕にそっと自分の腕を絡ませながら、首をかしげて覗き込んでくる。

大きな瞳をさらに丸くして、スイーツのメニューを指差していた。

「あ、パフェも食べたい」

「いいね。退院祝いだから、好きなだけ食べて」

「ありがとう」

控えめに笑い返した私に、栞はぱっと目尻に皺を寄せて微笑む。

「長髪くんは?」

スマホをいじっている慎哉に栞は呆れたように投げかけた。

「え? あー、そうだな……同じのがいいかな」

視線をスマホに落としたまま答える慎哉に、栞がにやりと目を細めて笑った。

「あーちゃん聞いたよね?」

そっと耳打ちをしてくる。

私は黙って頷く。

そして、注文を終えると、カフェラウンジの中は柔らかな会話とカップの触れ合う音に包まれ、穏やかな時間が流れていく。

流れている音楽がそうさせるのか、大きな窓から見える景色がそうさせるのか。

瀬戸内の海がきらきらと輝き、オリーブの木立がそよ風に揺れていた。

空は高く澄み、遠くの山影がうっすらと青く霞んで見えた。

こんな穏かな景色なのに、まだ何か起きそうな予感がある。

それは、あの顎髭の老人……

「あーちゃん、もう、やめな考えるの」

「あー、バレた」

栞が私のおでこを指でツンと軽く突いた。

ほどなくして、テーブルにケーキとパフェが運ばれてくる。

慎哉の前にも、私たちと同じ苺のショートケーキと、季節のフルーツが山盛りのパフェが並べられた。

その瞬間までスマホをいじっていた慎哉は、何が起きたのか分からないといった様子で、ぽかんとスイーツを見つめていた。

「慎哉さん、食べれるの?」

「……あ、まあ、頑張るよ」

少し気まずそうに笑いながらスプーンを取るその手が、ほんの僅かにぎこちなく見えた。

私はパフェのクリームを口に運びながら、慎哉の顔を見る。

なんか、違う事を考えてるのは間違いなくて、きっと……

ああ、また考え始めてしまった。

「どう?長髪くん、お味は?」

「ああ、甘いね」

その答えに私と栞は顔を見合わせ、手を叩いて大爆笑した。

慎哉はスプーンを口にくわえたまま、視線だけを動かして私と栞を交互に見ていた。

その時――。

ラウンジの自動ドアが開き、数人の女性グループが入ってきた。

目を引くような鮮やかな色の服を着た彼女たちの中で、慎哉の視線がふっと、ひとりの女性に吸い寄せられるのを感じた。

――なんだろう。

なんかチクッとと嫌な気分になって、私はフルーツを乗せたスプーンを口に運びながら、顔を横に向けた。

そして……

「あっ……」

思わず声が漏れた。

ラベンダー色のトップスに白いスカート――。

その女性の姿を目にした瞬間、記憶の中の人物とその女性の顔が重なった。

「どうしたの?」

「なにかあった?」

また声が重なる。

栞と慎哉が視線が私に注がれる。

「……あの女の人……あの、ラベンダーの服の人……私が会った、百々楚姫様に、そっくりなの……」

口にすることで記憶が急に鮮明になったような気がした。

百々楚姫と意識の中で対面した時、巫女装束をまとった彼女のそのもの。

「それは、間違いない?」

慎哉が真っ直ぐに私を見つめ、声のトーンを一段下げる。

「……うん」

私は頷く。

唇がほんの僅かに震えていた。

「でも、私……百々楚姫様の魂を引き継いでるでしょ? 慎哉さんのお父さんは、日立さんにそっくりだった。あっ、そっか……お父さんは似ていても、魂を引き継いでるわけじゃないんだよね?」

「ああ、そうだね」

慎哉は、目を閉じながら大きく頷いた。

「なるほどね、魂を引き継いだからって、外見も同じになるとは限らないんだ……」

「そのとおり」

落ち着いた声。

目が合うと慎哉は、そっと笑った。

なんか優しいお兄さんみたいな顔だった。

なんかちょっとややこしいけど、それで腑に落ちた。

彼女を初めて神舞の撮影の時に見た時に、何かを感じてムズムズしたのは、この事だったんだ。

そのやり取りを聞いていた栞が、無邪気に口を挟んだ。

「なんか複雑そうだけど、あの女性に何かあるの?」

そう言って、スプーンの先に乗せた生クリームを頬張り、嬉しそうに笑う。

「ん? ああ……別の仕事の関係者の人でね」

慎哉は、苺のヘタを丁寧に指先で外すと、それを口に放った。

その動作は妙に落ち着いていたけれど、私の中に、何となく、ただ何となく、違和感がわく。

――嘘、かも。

理由もない。でも、そう思ってしまった。

慎哉が言葉を選んでいるように見えたから。

フルーツパフェは、まだまだ残っていて、慎哉はそれをひとすくい。

私と栞は、ぺろりと平らげてティータイム。

紅茶のカップを手に持って、ふーっと息を掛けながら、湯気の向こうの慎哉を見つめる。

少し顔をしかめ、生クリームを口の端につけたまま、パフェを食べている。

そんな様子に気付いた栞が、私の耳元で囁いた。

「好きって言っちゃえば……」

「え!」

思わず肩が跳ねて、栞を睨む。

栞も睨み返していた。

「あのさ……」

慎哉の声が割って入る。

「申し訳ないんだけど、ショートケーキ……二人で食べてくれないかな……」

頬をぽりぽりと搔いている。

「いいよ」

私と栞の声が重なった。

好きって言っちゃえば……その言葉が頭の片隅で再生されていた。

栞の笑顔は相変わらずだった。けれど私の心の片隅には、得体の知れないざわつきが、ひと筋残っていた。


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