メッセージ
夕食を済ませた聡は、自室のパソコンデスクの椅子に腰かけ、イヤホンをつけたまま、モニターをじっと見つめていた。
お気に入りのVチューバー・冴ちゃんのライブ配信が、久しぶりに行われるのだ。数日前、風邪を引いたという報告をツブヤキーで見てから、しばらく音沙汰がなかった。それだけに、今日は配信があると知って、朝からずっとそわそわしていた。
冴ちゃんは、気怠くも心地よい語り口と、驚くほど当たると評判の占い相談で人気を集めている。
そんな彼女が「今日は重大なお知らせがある」と事前に予告していたこともあり、期待に胸が膨らむ一方、
(まさか……引退とか、じゃないよね?)
Vチューバーの世界では、人気絶頂のまま突如引退してしまう人も珍しくない。だからこそ、ほんの少し、不安を抱えたまま配信の開始を待っていた。
そして、ついに始まった配信。
画面に冴ちゃんのいつもの姿が映ると、聡は小さく息を飲んだ。
けれど語られた内容は、予想していたような引退の話ではなかった。
それは――どこか不思議で、でもどこか心に沁み入るような話だった。
その内容はと言うと、8月15日。朝の9時に各々が自分の事を大好きだよ大切だよと願い、そして大切な人や物を想って祈りを捧げるというものであった。
その言葉とともに、SNSでの拡散を呼びかけるハッシュタグ《#みんなで祈ろう815》も紹介された。できれば、家族や友達にも教えてあげて、と。まるで一種のイベント告知のようだった。
「自分の為にか…」
ライブ配信は告知だけで終わり、イヤホンを外しながら、ため息と共に背もたれにもたれかかった。大切な人はすぐに思い浮かべられる。両親に友達、お世話になった先生、大切な物も、いくつも思い浮かべられる。けれど、「自分を好きになる」とか「自分のために祈る」なんて、考えたこともなく、目からウロコの言葉であった。
(私って……好きになれるような人間なのかな)
私は…運動音痴だし、勉強は…まあ普通。背は低いし、ピアノは弾けるけど自慢になるほど上手い訳じゃないし。唯一、人に褒められるのは習字くらい。でも、それだって誰かに勝とうとか、認められたいって思ってやってきたわけじゃない。…17年生きてきて、そんな自分を好きだって感じたり思ったりした事はない。15日までは二週間程ある。自分を好きになるってどうしたらいいんだろ?
冴ちゃんのあの独特な話し方が耳の奥でよみがえる。
「いーいー?リスナーのみんなー、良い所もー、悪い所も、自分自身そのものだからー、誰かとさー、比べたりしてー、悲観しないでー、今ー、ここにいるみんなが素敵なんだー」
まるで、画面越しに、自分だけに語りかけられているようだった。
スマホを手に取り、さっそく友達に冴ちゃんの話をメッセージで送る。少しでも誰かと共有したかった。なんだか、この気持ちを一人で抱えていたくなかった。
そのまま椅子から立ち上がり、一階のリビングへと向かう。テレビの音が微かに聞こえてくる。両親がくつろいでいる気配。
「ねえ、お母さん、お父さん。今日、冴ちゃんの配信で聞いたんだけど……」
内容を伝えると、二人ともすでに知っていた。
「え?何で知ってるの?」
母が言うには、女優の杵築八雲とか、俳優の加山勲もテレビやラジオで話していたそうだ。
てことは、冴ちゃんは二人とも知り合いなんだ。凄いなぁ。
すると、リビングのソファに腰掛けビールを飲む父が手招きをする。
「聡、15日に墓参り行ってそこでみんなでやってみるか?」
父の隣に腰掛けて。おつまみのさきいかを一口摘まむ。口の中にふわりと旨味が広がる。その味と一緒に、今朝、神社で会った「まなさん」の言葉がふと思い出された。
「あんたさ、自分のご先祖様さ大事にするんじゃ、さすれば願いも届くじゃろうて」
そこで「自分の事を祈る」何か凄くマッチしているように思う。
「うん、バイト休みだからいいよ」
父と母の顔を見ると、二人とも、静かに微笑んでいた。
ベッドに入っても、冴ちゃんの声が心の中で反響していた。
(今ー、ここにいるみんなが素敵なんだー……か)
もし、少しでも自分のことを認められたら――
もし、ほんの一瞬でも「今の私、悪くないかも」って思えたなら。何か変わるのかな?
枕元に置いたスマホの画面を消し、そっと目を閉じた。
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