雷鳴の中で 五章
バチン!! バリバリバリッ!
ドン!
突然の激しい雷鳴に、文菜は飛び起きた。
ピカッと、締め切ったカーテンの向こうで光が弾け、闇の中に閃光が走る。
すぐに、耳をつんざくような悲鳴のような轟音と共に、窓がわずかに震えた。
それと同時に、ザーッという雨音がしだし、風が容赦なく窓に雨粒を叩きつける。
枕元のスマホを手に取った。
4時56分。
「まだ、早いよ……」
ため息と共に、雷光が部屋を染める。
バーン!
重い音が包む。
布団をはいで、ベッドからそろりと起き上がる。
エアコンは切っているのに少し肌寒い。
心臓がまだ、ドクン、ドクンと大きく鳴っている。
窓のそばへ歩み寄り、カーテンの端を指先でそっと摘んで、ほんの少しだけ開けた。
また稲光が走り、辺りが一瞬白く照らされる。
続けざまに乾いた音が耳を打ち、低い轟音が窓越しに体へと響いてくる。
仄かに白んできた空は、おびただしい雨の幕と靄に霞んでいて、視界はほとんどきかない。
道路の向こう、いつもなら停まっている明智の車は見当たらない。
ふと、視線を感じて、家の前を見つめた。
雨に打たれながら、じっとこちらを見上げている人影があった。
諒くん?
玲美?
慎哉さん?
胸の奥が、冷たい手で掴まれたように締めつけられる。
だが、どの名前を呼んでも、その人影は微動だにしない。
雨に溶けてしまいそうなほど輪郭が曖昧で、濡れそぼった髪のような影が、顔を隠している。
バリッ、とまた稲光が走り、瞬間、その影がくっきりと白光に浮かび上がった。
けれど直後、闇が深く押し寄せ、そこにはただ黒いシルエットが残っただけだった。
心臓が速く、大きく打つ。
呼吸が浅くなる。
私は思わず後ずさった。
「誰……?」
声が震え、かすれて消えた。
それでも、影は動かず、ただじっと私を見上げている。
人のようでいて、どこか違う。
この雨の中、どうしてあんな風に立っていられるのだろう。
不気味な気配が、じわじわと背筋を這い上がってくる。
部屋の中にまで空気が冷めたようで、一瞬振り返り部屋を見渡す。
ピカッ。
稲光が私の影を細く長く床に描いた。
バリバリッ!
雨粒がひっきりなしに叩き、伝う雫が、外の景色をいっそうぼやけさせる。
繰り返す雷鳴と止むことのない雨音。
私の息で曇る窓ガラスに指を伸ばし、震える指先でそれを拭った。
けれど――そこにはもう誰もいなかった。
気のせい……だったの?
じわりと広がる不安。
あれは……本当に人だったのだろうか。
私の声も、雨に溶けて消えてしまった。
けたたましい爆音が脳に響き、カタカタと窓が揺れた。
諒は布団を頭までかぶり直し、横を向いてやり過ごそうとする。
バリバリバリッ!
ドン、ドーン!
眠気を蹴散らすような雷鳴が、心臓を鷲掴みにするように響き渡る。仕方なく、重い瞼を開き体を起こした。
雨音が、壁をすり抜けて部屋の中まで侵入してくるように耳を叩く。
ゴーッと風が遠吠えをあげ、外の木々を揺さぶっている気配がした。
ベッドサイドに腰掛けて、スマホを手に取る。
4時59分。
昼でも夜でもない、どっちつかずの時間。
両手を組んで大きく伸びをすると、背筋がポキポキと鳴った。
窓の向こうで稲妻が走り、部屋の中を一瞬真昼のように照らした。
その光の名残を追うように、空が怒鳴り声をあげる。
「おいおい、雨かよ……」
小さく息を吐き、立ち上がるとカーテンを引く。
闇が薄らぎ始めた空気の中で、稲光が鋭く閃いた。
眩しさに一瞬、目を細めて手をかざす。
すぐさま空がまた吠える。
靄に覆われた一帯は、色を失いかけていた。
机の上の煙草に手を伸ばし、一本を取り出す。
カチッとライターを点け、白煙を吐くと、世界の輪郭をさらにぼやかしていく。
家の前を流れる小さな川の向こう、薄暗い道に人影が立っているのが目に入った。
降りしきる雨に打たれながら、傘もささず、こちらをじっと見ている。
文菜?
明智?
いや……義兄さん?
なんだ?どういうんだ?
心臓が嫌な拍動を刻む。嫌な汗が背筋を伝う。
雷光が闇を裂き、その影を白々と照らし出す。
だがその影は黒いまま、微動だにせず、まるで世界に置き去りにされたように立ち尽くしている。
バリバリバリッ!
窓が震える。
俺は煙草を灰皿に押し付け、火を消すやいなや部屋を飛び出した。
階段を駆け下り、サンダルをつっかけるように履いて、玄関を開け放つ。
傘も持たずに雨の中に身を投じると、シャツを瞬く間に濡らした。
息を切らしながら向こう岸を睨みつける。
そこに――
誰もいなかった。
ただ、雨音と増水した川の奔流が混ざり合い、怒涛のように耳を塞いだ。
なんだ……なんなんだ……?
あの影は何だったんだ……?
閃光が目を焼きつけ、すぐさま雷鳴が鼓膜を打ち据えた。
耳鳴りのような音の中に、誰かの囁き声が混ざった気がして、慌てて振り返る。
しかし、そこには誰もいない。
雨は容赦なく降り注ぎ、アスファルトを叩く音が世界のすべてを塗りつぶす。
足元の水たまりに映った自分の影が、まるで別人のように揺らいで見えた。
これって……
カゲヌシ……なのか……
心の中に靄が、ゆっくりと息を吹きかけてくるような感覚があった。
濡れた髪が額に張り付き、首筋を冷たく撫でていく。
俺は立ち尽くし、拳を握りしめる。
ただ雨粒が頬を打ちつけ、何もかもを洗い流そうとしているようだった。
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