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カゲヌシ  作者: ぽんこつ


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私に出来ること

挿絵(By みてみん)

お風呂を出て部屋に戻る頃には21時を少し回っていた。

体が温もりに包まれているのは、お風呂のせいだけではない。

諒と恋人になった――。

どこか夢の中の出来事みたいで、心の奥で何度も反芻している。

嬉しい。でも、それだけじゃない。

こんなに大切な人と、こんなふうに心を重ねる日が来るなんて。

怖くなるほど幸せで、怖いと感じることさえ、幸せで。

文菜はスマホを手にベッドの上に座る。

「みんな、報告があるよ」

打ち込んだ文字を見つめながら、しばらくじっとしてしまう。

送信ボタンに触れるのが、なんだか少しだけ、くすぐったくて――嬉しくて。

「あっ……」

笑った拍子にメッセージが送信されていた。

瞬く間に既読が付いて返信が来る。

『ほーこく、ほーこく。なになに?』亜希

『もしかして?』友美

玲美からはまだ返信がない。既読もつかない。

ああ、そういえば、お昼に洋一と一緒にいたっけ。デート中かな。

小さく深呼吸して、スマホの画面に向かって文字を打つ。

「諒くんと、付き合う事になったよ」

『オメ!!』亜希

『よかったね、文菜(泣)』友美

「うん、でもなんか幸せ過ぎて怖い(笑)」

『ごちそうさんでーす』亜希

『嬉しすぎて(泣)』友美

『今、香取君と一緒?(意味深)』亜希

「家で一人だよ」

『なあんだ、まだなんだ』亜希

『亜希』友美

「亜希」

思わず声が漏れる。

友達の無邪気な冗談に、背中がむずがゆくなる。

スマホの向こうで、みんなが笑ってくれている気がした。

『ごめん。うちも、うれしくて、も―そー入った(笑)』亜希

『じゃあ明日は私達で驕りだね』友美

『もちもちもちろん』亜希

「ありがと、ごちそうさん」

『じゃあ、明日ね』友美

『あしたー』亜希

「またね」

スマホをベッドの上に置くと、柔らかい布団の感触が指先に伝わる。

もう一度、深呼吸する。

嬉しい。

みんなのお祝いの気持ちが、こんなにも温かいなんて。

こんなふうに誰かと、みんなと、幸せを分け合える夜が来るなんて――。

指先を絡めると、自分の心の中の温もりが、ちゃんとそこにあるように感じられた。

「そうだ」

不意に思い出して、スマホを手に取る。

写真アプリを開くと、画面の中にホテルの部屋で撮った写真が並んでいた。

慎哉が「せっかくだから、僕が撮ってあげるよ」の一言から始まった。

明智、慎哉、私、そして諒――四人で撮った写真が、スマホの中に鮮やかに残っている。

どういうわけか、私は諒だけじゃなく、明智、慎哉ともツーショットを撮っていた。

さらに諒を含めて三人でも撮ったから、フォルダにはいくつもの思い出が詰まっている。

面白かったのは、見た目は強面系の顔なのに、明智が一番はしゃいでいたこと。

どの写真も、いたずらっ子みたいに敬礼ポーズをして笑っていて、なんだか微笑ましい。

画面をスクロールするたびに、楽しかった空気が部屋の中にも広がる気がした。

卒業式以来の諒とのツーショット――。

あのときのような照れくささやぎこちなさは、もうなくて。

スマホを胸の近くに引き寄せ、画面に向かってそっと頬を緩める。

その笑顔は、きっと今の私の心そのものだった。

隣で笑う諒の顔。

この笑顔を守りたい。

諒が抱えているものを少しでも肩代わり出来たら。

何か助けられることがあるなら。

みんなの話を聞きながらずっと思ってる。

諒は怨霊の一族の末裔で。

私はそれを封じた人の子孫。

慎哉は、あの事故の時に諒に入った魂が、私と縁があるみたいなことを言っていたけど。でもそんなのは関係ない。私は私。

ただ……慎哉が言っていた「私の魂の影、空洞」。

これが文字通り、幸せを噛みしめながらも心の中に影のように潜んでいる。

だけど、それでも。

そっと目を閉じる。

その影さえも、この幸せの中で抱きしめるように。

明日は午前中、諒と一緒に墓参りに行く。

午後からは、友達と会う予定だ。

足を抱えて座り直す。

膝に顎を乗せて考える。

私にできること、何かないかな……。

ふとスマホのアドレス帳を開いた。

指が自然に吸い寄せられるように動く。

画面に映る名前――

飛田五月。

あの人は、私には心をかき乱すようなことを言ったくせに、諒には「私を助けたい」と告げた。

私を助ける……その言葉の意味が、どうしてもわからない。

慎哉が言った、私の魂の影や空洞と関係があるの?

漠然とわいた疑問の答えを知るすべは、私は持ち合わせていない。

電話番号だけは、諒が名刺を見せてくれたときに覚えた。

何か役に立ちたい。

その想いだけが、私の指を動かしていた。

「こんばんは、真名井文菜です」

背筋を伸ばして送信ボタンをタップした。

すぐに既読が付く。

小さく息を吐く。

『あら、ご本人様かしら?』

そして返信。

「はい、お昼に、あじさいでお会いしました」

『そう。諒くんから聞いたのね』

『ご用は?』

「飛田さんは、何者ですか?諒くんの何を知ってるんですか?」

『いきなり本題?かわいい』

『それから、五月でいいわよ』

『そうね、一度お会いしない?』

どうしよう。鬼の速さでメッセージがやって来る。

『じゃあ、今から行くわ』

『お家の前なら問題ないでしょ』

こっちの思考が追い付かないのを分かってるかのように、ポンポンとメッセージが届く。

ちょっと待って。

私の家、知ってるの……?

「はい」

『じゃあ、10分後。ワンコール』

「分かりました」

大きくため息をつく。

10分後ってそんな遠くじゃない。

少なくとも内海町の範囲に五月は今いるってこと。

ひやりとした不安がわく。

でも、もう決めたんだ。

そろりとベッドから降りる。

パジャマの袖を抜き、たたむようにして椅子の背にかけた。

クローゼットからスウェットを取り出し、頭からかぶる。

薄手の布が肌に触れる感覚に、小さく息を吐く。

鏡に映る自分と一瞬、目が合った。

眉が下がり、すぼめた口。

ちょっと怖い顔。

大きく息を吸って口角を上げた。

前髪を整え、手ぐしで整えた髪を、ゴムでゆるくまとめた。

外に出るだけなのに、少しだけ背筋が伸びるような気がした。

部屋の中にあるのは、ただ静かな空気と、自分の気配だけだった。

カーテンの端を摘まんでそっと外を覗く。

街灯の先の暗がり、昨日の畑の位置に車が止まっているのを確認した。

ベッドサイドに腰かける。

鼓動が波打っている。

落ち着いて文菜。

そして車が止まる気配。

スマホがワンコールなって切れる。

着信履歴には、飛田五月の名前。

そっと部屋を後にして階段を降りる。

気配に気付いた母が廊下に顔をだす。

「どうしたの?」

「ああ、友達が家の前に来てるから話してくる」

「上がって貰いなさいよ」

「ああ、車ですぐ帰るみたいだから」

「そう」

「じゃあ、ちょっと行ってくる」

玄関を開けると外はほんのり蒸し暑く、それでいて夜風が肌に心地よかった。湿ったアスファルトの匂いが、夏の夜を感じさせる。

道路にハザードランプを焚いた黒い軽自動車が止まっていた。

助手席から中を窺うと、眼鏡越しの瞳が怪しくほほえんだ。

「どうぞ」

と微かな声が聞こえた。

ドアノブに手を掛けドアを開けると、独特の香水の匂いが流れてきた。

助手席に腰かけ、背筋を伸ばす。

「ちょっと意外だったわ」

片手をハンドルにかけたまま、五月はゆるやかに微笑んでこちらを向いた。

「あなた、ただの子猫ちゃんかと思ったの」

首を傾げて私を舐めるように視線を動かす。思わず片腕を抱きしめた。

「素直なのね。こういう子が好きなのわかる気がするな」

流し目で私の様子を窺っている。

「でも……意外と大胆な行動ができるのね、少し驚いたわ」

声を潜めて、顔を寄せてくる。

「彼の為……かしら?……でも人を選ばないと……危険よ」

私の腿にそっと添えられる手。真っ赤なマニキュアが妖しく艶めいて、少し冷たくて、でも怖くは――ない。

「五月さんは、信じてもいいかなって」

俯いたまま。口にした。

「興味沸いたわ、あなたに」

「そうね、後学のために聞かせてくれるかしら?あなたが私を信じようとしたって経緯」

スッと手を離し、その指で眼鏡を押し上げる。

「諒くんに何かしようと考えてるなら。諒くんに会ったりしないと思います」

「そして諒くんに、私の力になれるって仰った。それは諒くんに興味を持ってもらうためかなって」

「そして私についたすぐバレるようなうそ。諒くんが黙っていたら私は少し動揺したかもしれません」

「あれは私を試す為だった。真意は分からないですけど……その……諒くんのことが好きなのは……私の気持ちは、誰にも邪魔できないですから」

「ただ、普通に会うのが憚れるような立場にある人。事情を知っている人。今のタイミングで会おうって思うのは、そういう人かなって」

乾いた音を鳴らして、五月は手を叩く。

「あなたと話が出来て良かったうれしいわ。文菜さん」

「それで……」

言葉を継ごうとした私の口元に、そっと五月の手が添えられる。

もう一方の手の人差し指は、自分の唇へ。

「あなたの期待に沿える答えは、言えないの」

初めて聞く、普通の口調。

五月は運転席に体を預け、ルームミラーを弄る。

「もうある事が動いているの。一回だけ言うわ。すぐに答えなくてもいい」

首を傾げ、髪をかき上げ、真っ直ぐに私を見据える。

「彼と別れなさい」

一瞬、何を言っているのか分からなかった。

五月は何故か哀しそうな表情で、じっと私を見つめている。

「そっか、無理だよね……そんな顔されたら……」

どんな顔だったんだろう……思考が止まっていたから。

「いいわ。今日話したことは、私とあなただけの秘密。会った事も、もちろん彼にもね」

「怖がらせるためじゃないけどいい?身辺には気を付けるのよ」

「あの……私に何があるんでしょうか?知ってたら教えて欲しいんですけど」

「……知らなくてもいい事もあるのよ、知りたがりの文菜さん」

そう言うと、どうぞと言わんばかりに手を差し出す。

煮え切らない気持ちを抱えたまま、会釈をして車を降りる。

ドアを閉めると、助手席の窓が開いた。

「人の愛のカタチ勉強になったわ、ありがとう」

窓が閉まり、車はゆっくりと去っていく。

五月の香水の残り香が脳裏をかすめ夜に紛れた。

すると、畑の前にいた車のヘッドライトが灯り動き出した。

五月の車の後を追うのだろう。

通り過ぎる際、運転席の明智が軽く敬礼するのが見えた。

(ありがとう明智さん――)

そう思いを込めて軽く会釈をしていた。

私が五月と会う事が出来たのは、明智が傍にいたという安心感。

彼はきっと。

私の護衛。

それを頼んだのは諒。

二人の信頼関係を見ていれば分かる。

明智さんほどの酸いも甘いも知った人物が、わざわざ個人的に私を監視する必要はない。

玄関を開けると、家の中の空気の方が少しだけ温かく感じた。

「ただいま」

声は少し掠れてしまった。

「あ、もう話は終わたん?」

母がキッチンから顔を覗かせる。

「うん、おやすみ」

「……おやすみ」

母の声にホッとしながら、ゆっくりと階段を上がる。

五月はどうしてあんな事を言ったんだろ。

(諒くんと別れろって……)

ぼんやりとしたまま、髪をまとめたゴムを外して、心の中のモヤモヤも一緒に解こうとした。

部屋のドアを開けると、窓から差し込む、おぼろげな淡い明かりが床に差し込んでいた。

その光を踏まないように、そっと足を運ぶ。

ベッドの上に腰を下ろし、膝を抱えて座る。

「彼と別れなさい」

五月の声が木霊する。

私に何があるの――。

ぎゅっとおでこを膝にくっつけて、小さく丸くなる。

でも、その言葉を言った時の哀しそうな五月の顔……。

「そっか、無理だよね……そんな顔されたら……」

その後に言った言葉。

たぶん五月は、私が諒くんから離れることが出来ないと、分かったうえで伝えてきた。そんな気がする。

それでも言ったという事……の意味を考えてしまう。

そのとき、メッセージの着信が入る。スマホを確認する。

諒くん……心は正直に嬉しいと反応している。

『今、家の前、ちょっと出て来れる』

え?

驚いてベッドから飛び降り、カーテンを勢いよく開ける。

窓の外、夜のしじまに包まれた道の向こう、車が一台止まっていた。

その運転席のドアにもたれかかるようにして、諒がこちらに小さく手を振っていた。

私は思わず手を振り返すと、すぐに返信を打った。

「ちょとだけ、まってて」

スウェットの上に薄手のカーディガンを羽織り、ほどいた髪をゴムでひとまとめにして部屋を後にする。

階段を下り、玄関に向かうと、リビングから母の声がした。

「文菜、どこ行くの?」

「諒くんが来てて、ちょっと会ってくる」

「何か忙しいわね、上がってもらいなさいよ」

「うん、聞いてみるね」

サンダルを履き、玄関の鍵を外して扉を開ける。

その足音を弾ませ道路に出ると、諒がこちらに歩み寄ってきた。

薄暗い街灯の下で、その影が長く伸びていた。

「諒くん、良かったら……中に入る?」

そう言って家の方をちらりと振り返った、そのときだった。

不意に、諒の腕が私を引き寄せる。

「……ぐわっ」

変な声が出てしまうほどの強い力で、私はぎゅうっと抱きしめられた。

煙草の匂い、諒の体温、鼓動――そのすべてが、肌を通して伝わってくる。

少し震えているようにも思えた。

「諒くん……?」

腕が固定されて、肘から先しか動かせない。諒はさらにギュッと抱き締め、私の髪に顔を埋め、頭をそっと摺り寄せてくる。

「ろう……ふん?」

名前を呼ぶにも、口も上手に開けない。

「うぃらいよ……」

痛いよと言ったつもりだった。

それでも私は、彼の腕の中にいた。

「……」

「文菜……ごめん、本当に分かったんだ……」

「……」

「俺の居場所……ずっと、ここにあったんだって」

「……」

「気が付いていたのに、怖くて気が付かないふりしてた」

「……」

「文菜の隣が俺の居場所だったんだ」

こんなにも感情をあらわにしてくれるなんて。

わざわざ家の前まで来て、夜の静けさの中で、たったそれだけを伝えるために。

この抱きしめる力は、彼の想いの強さと痛さ。

しばらくして、玄関の扉が開く音と、足音が聞こえた。

母だろう。私たちに気づき、そっと戻っていく気配がした。

どれくらい、こうしていただろう。

「ありがとう。そばにいてくれて」

その言葉に、胸の奥がきゅっとなる。

諒の全部が愛おしい。

諒の腕が、少しだけ力を緩める。

ようやく顔を見合わせられる距離に戻った。

見上げたその瞳の奥に、見慣れたようで、少し違う光が宿っていた。

「急にごめん。どうしても、今言いたくて」

「ううん、嬉しかった。……びっくりしたけどね」

苦笑する私に、諒もようやく小さく笑った。

その笑顔が、今までよりも柔らかくて――少し、寂しさの跡が混ざっていて。抱きしめたいと思った。

風がふわりと吹いて、カーディガンの裾が揺れる。

諒の髪も少しだけ流れて、夜の匂いがまた二人の間を通り過ぎた。

今日付き合う事になって、諒の話も聞いて、この一時間ちょっとの間に何かあったんだろう。

私は諒の両手を取った。

「私は何処にも行かないよ」

諒の眼差しは、澄んでいた。少し口角上がった。

「送ってくよ。すぐそこだけど」

諒は冗談めかして言ったけれど、その声にはどこか名残惜しさがにじんでいた。

私も、本当はこのままずっと外にいたかった。

夜風に吹かれながら、諒の隣で、ただ時間が過ぎるのを感じていたかった。

でも――

「ありがとう。また明日、楽しみにしてるね」

「ああ」

再び小さく手を振って、私は家へと戻る。

ドアを閉める直前、振り返ると、諒はまだそこに立っていた。

車のライトは消えたままで、諒の姿だけが夜の静けさの中に浮かんでいる。

私はそっと微笑んで、もう一度、手を振った。

諒も、同じように、静かに手を振り返してくれた。

扉を閉める音が、思ったよりも大きく響いた。

でも、その余韻の中で、私の心は満たされていた。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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