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カゲヌシ  作者: ぽんこつ


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43/95

目覚めてみたら……

挿絵(By みてみん)

「文菜、起きて」

――え? 諒くんの声……?

「文菜、おはよう」

背中越しに、頭の奥で響くような声。

まどろみのなかで寝返りを打ち、まぶたをゆっくり開けた。

カーテン越しの朝の光の中、ベッドサイドに人影がある。

ぼんやりとその輪郭をたどるように視線を移し、布団をめくると、そこには諒がいた。

優しく微笑みながら、静かにこちらを見つめている。

「ああ……諒くん……おはよう」

「おはよう、文菜」

諒の手が、そっと自分の髪に触れた。

優しく撫でるその動きに、胸がキュンと締めつけられる。

柔らかな喜びに包まれて、目を閉じた。

「文菜……」

また、諒くんの声――

……いや、違う。今度の声は、どこか甲高い。

「ちょっと……文菜ってば!」

ばっ! と布団が剥がされ、思わず身をすくめる。

「もう、文菜! 諒くん来てるわよ!」

母の声が頭上から降ってくる。

「っ!」

跳ねるように目を見開き、壁の時計に視線を走らせる。

――7時5分。

「うそっ……」

飛び起きてスマホを手に取る。画面には、諒からの着信と、いくつかのメッセージ。

(タイマー……たしかにセットしたはずなのに!)

手が震えそうになる中、急いで返信を打つと、すぐに既読がつき、「平気、待ってるから」と返ってきた。

「もう、早く支度しなさいよ」

母は呆れたように言い残し、部屋を出て行った。

「君と出会った奇跡が~この胸にあふれてる~」

呑気な母の歌声が階下に遠ざかっていく。

「ふう……」

溜め息を零しうなだれた。

次の瞬間、ベッドから飛び降りる。

髪はぼさぼさ、パジャマのまま、胸元のボタンが外れていたことにも今さら気づきながら、コーヒーの匂いが漂う階段を駆け下りる。

キッチンに行くと、諒が椅子に腰掛け、コーヒーを口にしていた。

「えっ、どうして……?」

咄嗟に髪を押さえ、パジャマの胸元を慌てて握りしめる。

反射的に肩を抱いて、身をすぼめた。

顔が熱い。

火照りがどんどん広がっていく。

「おはよう」

「え、あ、おはひょう」

恥ずかしさで舌がもつれる、まともに目も合わせられない。

「……ご、ごめんにゃさい……諒くん」

もじもじと小さな声で謝る。

肩を抱えたまま、視線は足元、つま先をそわそわ動かす。

「いや、なにもなくてよかったよ、あっ、ありがとうございます」

諒は笑って言いながら、母が差し出したコーヒーのおかわりを受け取った。

母はというと、湯気の立つカップを片手に、こちらをニヤリと見てウィンクしてくる。

「……じゃあ……ちょっと……待ってて……」

気まずさをごまかすように、言葉を置いて一歩ずつ後ずさりする。

言い終わるやいなや、くるりと背を向けて洗面所へ向かった。

鏡に映る自分の姿を見た瞬間、思わず息を呑んだ。

……爆発したような寝癖に、外れたパジャマのボタン……。

「……」

赤くなった顔を何度も冷たい水で洗う。

歯を磨き、トイレを済ませ、やっと少しだけ落ち着きを取り戻す。

そのまま階段を駆け上がり、部屋に戻ると、ふうっと深呼吸をひとつ。

乱れたパジャマの前をぎゅっと握って、ベッドに崩れ落ち、布団に顔をうずめた。

「……どうして、あんな夢、見たんだろ……」

頬がまだ熱を持っていて、心臓は落ち着くどころか、ますます騒がしい。

こんな始まり、最悪だ――そう思いながらも、どこかで嬉しいと感じている自分がいる。

昨日着た水色のワンピースが、ハンガーにかけられているのが目に入った。

諒が「似合ってる」って言ってくれた言葉が、耳の奥でふっと蘇る。

――今日は、どんな服がいいんかな。

気持ちを切り替えるように立ち上がり、クローゼットの扉を開ける。

白、ベージュ、ピンク――

手が伸びかけたところで、一瞬迷う。

手に取ったのは紺色のスカートと、淡いブルーグレーのブラウス。

肩のラインがふんわりしていて、動くたびに揺れるデザイン。

メイクは最低限。日焼け止めと下地、リップはピンクベージュをひと塗り。

チークとマスカラは、時間がないので省略。

鏡の前で何度も髪を梳かす。寝癖で外にはねている毛先を、ストレートアイロンでざっと整える。

前髪を斜めに流し、ヘアピンで留める。

耳元に小さなピアスをつけてみる。

「よし……」

時計は7時46分。ショルダーバックを手に取り、スッと立ち上がる。

鏡の前で最終確認。

「……変じゃないよね?」

小さく息を吐いた。

「あ……」

机の上に置いてある、祖母の写真に手を伸ばし、歩きながらバックに仕舞う。

扉の前で、深呼吸をひとつして、ドアノブに手をかける。

自分の部屋から一歩踏み出すだけで、こんなに心臓が跳ねるなんて。

一歩一歩、心をなだめるように階段を下りる。

キッチンの静かな空気の中に、諒の姿がある。

木目のテーブルの前で、まだコーヒーを片手にしていて、窓の外にちらりと目をやっていた。

足音に気づいたのか、ゆっくりとこちらを振り返る。

その瞬間、瞳に光が差し込んだように、表情が少しやわらいだ。

「お待たせ……しました」

深々と頭を下げる。

「文菜コーヒー入ってるよ、朝ご飯は?」

「あ、はい。ご飯はコンビニで買う……」

どこか、声が裏がえる。

「そっか」

そろりそろりとテーブルに近づき、椅子に腰かける。

カップを手に取り、フーッとひと息吹きかけて、コーヒーに口をつけた。

「熱っ……」

思わず、カップから顔を逸らす。諒は優しく笑っていた。肩をすぼめ苦笑い。もう一度、息を吹きかけてから、少しずつ飲み干す。

ほどよくなった温かさのコーヒーが、少しずつ慌ただしさを溶かしていく気がした。

「今度こそ、お待たせしました」

そう言って腰を上げた。

「じゃあ、行こうか」

立ち上がる諒をチラッと見ながら玄関へ向かった。

「気を付けて、お二人さん、美味しいコーヒー淹れるからね。諒くん、また来てね」

まるで、待ち構えていたように、母がひょっこり現れ、軽く手を振る。

「ごちそうさまでした、コーヒー美味しかったです」

諒が礼儀正しく答える。その様子に、思わず、母と諒の顔を交互にキョロキョロと見比べた。

自然に会話している。

それが、ちょっとだけくすぐったくて、照れくさくて、髪を耳に掛ける。

「そうでしょ、何てったって」

「お母さん……」

何か余計なことを言われそうで、私は母の前に両手を差し出した。

母は親指を立てて、ウィンクを一つ。

「ごめん、ごめん、お邪魔でしたかね。じゃあね、諒くん」

片手を上げると、指を小刻みに振りながら、くるりと踵を返してキッチンへと引っ込んでいく。

その背中を追いかけるように、歌声がひらひらと舞ってきた。

「君に会うために生まれた~愛するために生まれた~」

「文菜のお母さんて面白いな、料理も上手いし」

玄関先で、諒が白いスニーカーのかかとを指で軽くつつく。

「……そうかも」

後を追うように、下駄箱から取り出した、白いスニーカーを履いて、つま先でトントンと軽く足元を鳴らした。

諒が玄関の扉を開けると、蝉の鳴き声と熱気が押し寄せた。

一歩、外に出た足元に、淡い朝の光がさし込む。

肩先に風が触れて、まるで今日という一日が、そっと背中を押してくれるようだった。

――きっと大丈夫。

小さく深呼吸をして扉を閉めた。

その音さえも、どこか心を整えてくれるようだった。

もしかしたら、未来にあるような光景に思えて、少し嬉しくて、唇をそっと噛みしめながら、諒の背中を追った。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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