↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カゲヌシ  作者: ぽんこつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/95

空は知っている

挿絵(By みてみん)

窓の外には、背の低い屋根が連なる静かな町並み。

昔ながらの風景が続いていた。

「しんどかったら、寝てていいよ。着いたら起こすから」

諒の声が優しく響いた。

「ありがとう」

文菜は、そう言って瞼を閉じた。

気分は落ち着いているけど、心は複雑だった。

車がカーブを曲がるたび、アスファルトの継ぎ目を越えるたび、心がわずかに揺れる。

別に、眠りたかったわけじゃない。話そうと思えば話せた。

けれど、何を言っても、気持ちばかりが先走りそうで。

ただ、隣にいる諒との時間を、大切にしたかった。一瞬一瞬を。

だからただ、静かに目を閉じた。

車の振動のリズムに揺られながら、思い浮かべる。

祖母の写真。記憶。

恋人――

あの男の子が、私を見つめた目。ううん、祖母を見つめた目。

優しくて、温かくて、穏やかな瞳。

どこか諒に似ていた。

大きな声でお互いの名前を叫び合う。

「大好き……」

淡く空気に溶けた声。

――閉じた窓の向こうにいるはずの風が囁く。

「文菜……」

懐かしい祖母の声が、耳元に届いた。

空は高く澄み渡り、風が強くて、髪が顔にかかる。

祖母の手が、そっと私の髪をかき上げてくれた。

にっこり微笑み返す。祖母の膝の上に座っていた、あの日の私。

「おばあちゃん、風って、どこから来るん?」

祖母はにこにこと微笑んで、少しだけ空を見上げて言った。

「風はね、お空の神さまが、誰かの心に触れたくて、ふうって送るものなんよ」

「こころに?」

「そう。風が優しいときはな、その人のことを神さまが大切に思ってる証なんやで。だから、文菜が『気持ちいいなあ』って思う風に出会ったときは、『ああ、私、大事に思われてるんやな』って、そう思えばいいんよ」

「ふーん……」

「文菜もな、誰か大切にしたい人ができたら、風にお願いしてみ。ふうって、ちゃんと届けてくれるから」

祖母は笑っていた。けれどその目の奥には、小さな涙が光っていた。

──祖母が亡くなった日、不思議なくらい心地よい風が吹いていた。

お見送りの日も同じだった。風が私の髪を揺らすたび、それが祖母の手紙のように思えて、私はじっと空を見ていた。

それは、私が中学生のとき、もう13年前のこと。祖母は61歳だった。

もし家に、あの写真があれば、封筒の送り主は”こうたろう”と呼ばれた男の子かもしれない。

男の子が同い年だったなら、今は74歳ということになる。

……考えようとしても、どうしても頭のどこかでぼんやりしてしまう。

ゆっくりと目を開けて、諒の横顔をチラッと窺う。

あのときの感触が、まだ残っている気がして、脇や太ももに手を添えていた。

「まだ、寝ててもいいよ」

包み込むような声に、口元が緩む。

「うん、ありがと、大丈夫」

「……もし文菜の家に写真が残っていれば、送り主はその男の子か、あるいはその関係者に間違いない。糸口がつかめるかもしれないね」

諒はいい終えると、チラッとこっちを見た。

「そうだね……」

ちょっとだけ間を置いて、うなずく。

諒の横顔を見つめながら、私はふと気づく。

さっきから、ぼーっとしていた。

「どした?」

諒が小さく声をかけてくれる。

「ううん、なんでもないよ」

明るく言って、視線を逸らし外を眺めた。

私は――

諒がはじめて彼自身の事を話してくれたことが、すごい嬉しくて。

一つ一つの会話が、まるで宝物みたいに感じられて。

諒に触れられた心も体も、驚くほど繊細に反応して、

いくつもの“初めて”が私の中に刻まれていった。

目の前にいる諒と一緒に過ごす時間が、こんなにも自然で、温かくて。

それだけで満たされてしまっていた。

そんなふうに思えてしまう自分がいて。

高校を卒業してからの数年間、会っていなかったのが嘘のように感じられて。

気がついたときにはもう、封筒のことなんて、どうでもよくなっていた。

……ずるいよね、私。

本当は、封筒の相談のはずだったのに。

しかも、諒は一生懸命考えてくれている。

さっき、諒が声を荒げたのだって、びっくりはしたけど、ちゃんと考えてくれている裏返し。

諒は、ちゃんと真面目に向き合ってくれてるのに。

それなのに、「迷惑じゃなかったかな」とか、都合のいいことを考えてる。

そんな後ろめたさも、今はそれさえ、幸せに思えてしまう。

フロントガラスの向こうでは、雲の影が、山の斜面の色を変えながら静かに流れていく。

夏の陽射しはまだ強いけど、どこか柔らかくなっていて、光の色が少しだけ夕方の気配を帯びている。

遠くの民家の屋根が、ちらちらと光を返していた。

木々が、風にやさしくそよいでいる。

ただ、隣にいるだけなのに、諒と過ごすこの時間が、何にも囚われず、ずっと続けばいいのに――

「……今日の空、賑やかだな」

ぽつりと諒が呟いた。

「……うん、雲がどんどん流れてる」

私も、つられるように空を見上げる。

「また、空と会話してる」

「え?」

思わず聞き返すと、諒は視線を前に向けたまま、ふっと笑ったように見えた。

「空に答えを探してるみたいな顔してる、また」

「どして……」

「ん?」

諒の横顔は真っ直ぐ前を見つめている。

車はゆっくりとスピードを落とし、信号待ちで止まる。

すると諒は顔を突き出して、首を傾げながら空を見上げた。

その横顔に、微かな光が射していた。

「空に映ってるかなって、俺にも、分かるかなって……」

一瞬だけ、言葉が出てこなかった。

胸の奥に小さな波が立ったみたいに、どう返していいか分からなくて、息を呑む。

その波が少しずつ穏やかになっていく。

そうだよね。

「……うん。空って、思ってるより、なんでも知ってるのかもね」

諒と同じ様に、空を見上げる。

「そうかもな」

光と雲の間に、ほんのり赤みが差し始めていた。

車がゆっくりと滑り出す。

「空なんかに問いかけてるの、私だけかと思ったのに……」

「そんなことないと思うけど……」

言い終わって諒は少し笑った。

そう、諒は、いつもどこか遠くを見つめていた。

「……見つかるといいね。諒くんが見たもの、私も一緒に見てみたい。だから……教えてね。分かったこと」

「……ああ」

車は、静かに山間の坂道を下っていった。

やがて視界が開け、穏やか過ぎる水面を敷き詰めた内海湾が広がる。

フロントガラス越しに映る空を、そっと見つめた。

──きっと、まだ知らないことばかり。

でも、それでいい。これから一緒に、少しずつ。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

感想やご意見ありましたら、お気軽にコメントしてください。

また、どこかいいなと感じて頂けたら評価をポチッと押して頂けると、励みになり幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。