白昼夢の中で
神社の近くの公民館の中に賑やかな声が反響する。
「二人とも眉の形いいね、羨ましい」
メイクを担当するスタッフが鏡越しに栞と私を交互に見比べた。
「時代背景が、古いし、巫女さんだから、派手なメイクにならないけどね」
チークブラシが肌に触れるのが、くすぐったくて、くすぐったくて、つい笑いそうになる。
「これが、神舞の衣装?」
栞は肘を曲げ、袖を見ながら言う。
「しーちゃんは赤と黒、私は全身白」
「うん、見たことないよね…私も始めた見た、でも似合ってる二人とも」
メイクスタッフは口と手を忙しなく動かしている。
「メイクが終わったら写真撮影と、リハーサルも兼ねたテストがあるから頑張って」
「はい!」
「ハハハ、あなた達も息ピッタリだね、いや、元々舞を舞う女子達もさ、同じように声を揃えて返事してたから」
「あ、それ先輩達…」
「へー、そうなんだ。――はい、聡ちゃんは出来上がり、どう?」
私の両肩に手を乗せたメイクスタッフは、鏡越しに問いかける。
「わあ……」
少し背伸びした女の子が口を開けて、こっちを見ている。
「かわいい、かわいい、次は栞ちゃんね」
「お願いします、私、茶髪だけど、大丈夫なの?」
「ウィッグ使うから心配ないよ、聡ちゃんも髪の長さ足りないから使うし」
「便利……」
「でもさ、勲さんにスカウトされたんでしょ?早くあなた達の舞、見たいんだよね」
「あの、おじい……津山さん、そこらへん散歩してる人かと思った」
栞がちょっと、きわどいことを言う。
「アハハ、普段はね、面白い事を言うおじいちゃんだけど、津山さんの目は本物だよ」
「うん、しーちゃんがダンスやってるのも見抜いていたよね」
お喋りをしているうちにメイクは終わり、ウィッグを付けて写真撮影をする。
出来上がった写真を見せて貰ったけど、そこに微笑んでいたのは、自分じゃない誰かのようで、少しだけ恥ずかしい。
でも、栞は一層かわいく見えて、黒髪のほうが似合っているように思えた。
「じゃあ、一回、神舞、お願いしまーす」
ストップウォッチを持った男の人の大きな声で、スタッフが動き出す。私は栞と一緒に指定された位置に立つ。あちこちから照明が照らされ、その光がほんのりと温かい。
「じゃあ、お願いしまーす。5、4、3、2、……」
カチンと何かの音が鳴る。
そして、神舞のゆったりとしたメロディーが鳴り始めた。
それに合わせてゆっくりと体を動かしていく。
旋回して正面を向く一瞬、強い光が目に入り、反射的に目をつむった。
すぐに目を開ける。風が髪を攫う。
「あれ?」
闇の中。
煌々と燃える炎に囲まれた空間で、私は舞を踊っていた。
「どこ?」
止まろうとしても、体は意思に反して動き続ける。音楽は無く、誰かの歌声のような、低く響く声だけが耳に届く。
パチ、パチと炎の中で何かが弾ける音。
暗闇に目が慣れてくると、炎の外側に人の顔が浮かび上がる。
5人の男の人。
ゆっくりと旋回するたび、その顔が順に見えてくる。
――あれ?
見覚えのある顔が混じっていた。
「あれは……」
そう思った瞬間、舞は終わりを迎えた。
一人の男が手にした松明を、地面に近づける。
他の男達も同じように火を下ろす。
すると地面に火が付き、炎がみるみるうちに私の方へと迫ってくる。
「熱い……」
そう感じた時、自分の声に重なるように、
「さようなら」
すすり泣くような声が聞こえた。
炎がブワーッと眼前に迫り目を閉じる。
恐る恐る、目を開ける。光が眩しくて手を翳す。
パチパチ、と誰かが手を叩く音が響き、それは次第に重なり合っていく。
やがて、大きな歓声へと変わる。
「あーちゃん、いい、凄くいい感じだった」
隣から栞の声がする。
「え?」
目の前に広がる現実をゆっくりと確認する。明るい照明、スタッフの笑顔、カメラのレンズ。
――夢じゃなかった。でも、現実でもなかった。
「どうしたの?ボーッとしてるよ」
栞が私の肩に手を置く。手の温もりが、不思議と現実に引き戻してくれる。
「ごめん、ちょっと……不思議な感覚がして」
「大丈夫?緊張してたの?でも、すごく綺麗だったよ」
そう言って微笑む栞の瞳の奥に、少し心配そうな色が浮かんでいた。
私は小さく息を吐いて、笑顔を作る。
「……ありがとう、しーちゃん」
栞と手を繋ぎ、並んで椅子の方へと歩き出す。
きっと、今のは私の中にある百々楚姫の記憶。
あれが、鎮めの舞。
あんな残酷な事があったなんて。
どうして、そこまでしなきゃいけなかったんだろ。
深く息を吸い込む。
大丈夫―――
今は、あなたも、ちゃんと生きている。私の中に……
それにしても―――
あの男の人……知ってる……会った事ある……
「!」
一瞬、胸にずきんと鈍い痛みが走る。
朝ほどの痛みではない。
思わず足を止め、そっと胸に手を当てる。
掌に感じる鼓動が、妙に強く、熱を帯びているように思えた。
「あーちゃん?どうしたの?」
「ん?……やっぱり緊張してたみたい。ドキドキしてた」
できるだけ平静を装って答えると、栞が覗き込むように顔を近づけてきた。
その視線から目を逸らしたくなる――
けれど、我慢する。
「そっか、でも、そんな風には見えなかったけど……」
栞は小さくつぶやくように言いながら、そっと背中を撫でてくれる。
その優しい手つきに、心が少しほぐれていく。
「無理しちゃダメだらね、あーちゃん」
私の胸に当てた手の上に、栞が自分の手を重ねてくれる。
その重なりに、そっと目を伏せた。
「あとでさ、お菓子食べよ、大好きなポッキーあるよー、イチゴ味!」
「ふふ、ありがとう。……しーちゃんって、ほんとお母さんみたい」
「なによー、それ!」
栞が肘で軽く小突いてくる。負けじと、私も小突き返す。
どちらからともなく、くすくすと笑い合って、また歩き出した。
そんな他愛ないやり取りに救われる。
だけど。
ほんの些細な瞬間にだけ浮かび上がる、胸の奥の違和感。
それだけが、消えずに残っていた。
まるで何かの“印”のように。
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