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カゲヌシ  作者: ぽんこつ
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影を追う者

挿絵(By みてみん)

結局、1時間ほど待って伯父は姿を現した。

「すまん、すまん」

うちわ片手に諒の前のソファに腰を下ろした。

「いや、全然」

「例の手紙の件だけどな…」

伯父は言い淀む。

「ああ、さすがにここじゃ話しにくい。座敷に行こうか」

伯父に促されるまま、座敷へと移動した。

すっと畳の匂いが鼻をくすぐる。

「諒。お前小さい時の事覚えているか?」

「小学校低学年の頃は覚えているけど、その前は覚えてないよ」

「そうか…」

「それが?普通じゃない?そういうの」

「そうかもな…恐らく原因は事故の影響だろうな…」

「……事故?」

「ああ、お前の本当のというのはおかしいな、産みの両親は交通事故で亡くなったんだ。

その時、お前も車に乗っていた。

現場は、このあたりから車で登った寒霞渓へ続く道だった。ハンドルを切り損ねたという事らしいがね……。

事故の第一発見者が譲二。俺の弟だ。

たまたま事故直後にそこを通りかかってね、すぐさま救急隊を要請し、あいつは消防団に入っていたから、事故を起こした車に近づいて生存者がいるか確認したらしい。

運転席に父親、助手席に母親、後部座席に諒、全員、微かに息があって、譲二は子供のお前から救出したそうだ。

自分の車の後部座席に寝かせ、両親を助けに行こうとした時、車が爆発炎上したようだ」

「……」

胸の奥が、かすかに鈍く疼く。

思い出そうとしても、そこには靄がかかったように空白しかない。

「そして譲二は消防を要請。救急車が来るには30分位かかる場所だったから、譲二がお前を病院まで運んだ、その時にうわ言のようにお前が”カゲヌシ”と何度か呟いたそうだ…

まあ、それ以来その言葉を聞くことはなかったようだ、譲二がお前に尋ねても、何それって聞き返していたようだからな…カゲヌシについて思い当たる事はあるか?」

「いや…」

首を振る。

「そうか……話が逸れたな。えーと、それから病院について一命をとりとめた訳だが、お前は頭を打っていたようで2週間程意識不明が続いてな……記憶が曖昧なのは、それが原因だろうな」

「それから、後で分かった事だが、産みの両親に親類縁者はいなかったようなんだ。それを不憫に思ったのか、縁を感じたのか、譲二夫婦には子供がいなかったから、お前を養子として迎えたという訳だ」

頭の中で、断片が少しずつ形を成し始める。

「お前の旧姓は羽代はしろ。鳥の羽に、君が代の“よ”。この島でも滅多に聞かないくらい珍しい。両親の名前は、羽代卓と澄江」

羽代はしろ——。

その響きが、妙に胸に引っかかる。

「……それで」

「うん、諒を養子にしてしばらくして、奇妙な電話があったらしい。『羽代さんのお宅ですか?』と、そう名指しでかかってきたんだ」

「その時は真美ちゃん、お前の育ての母さんの真美子さんが出た。彼女はきっぱりと『違います、香取ですが』と返したらしい。けれど相手は食い下がった。『おかしいですね、羽代さんのはずですが……』って」

一呼吸置いて、伯父は続けた。

「気味が悪かったんだろうな、真美ちゃんはすぐに電話を切ったらしい。ただ、その声は少しくぐもっていて、もしかすると変声器を使っていたかもしれないって話していたよ。それから、ほぼ毎日のように電話がかかってくるようになったそうだ」

「そして、ある日、譲二が電話に出た。そのとき相手はこう言ったらしい。『お宅の息子さん、羽代の子だよね』――譲二が激昂して、『息子は俺たちの子だ!』と怒鳴って電話を切ると、ぱったりと不審な電話はかかってこなくなったようだ」

「……もしかして、父さんや母さんが事故死した場所って」

「そうだ、お前の産みの親が亡くなった場所と同じだよ……しかも日付も同じ……知り合いの警察関係者に詳細を教えて貰ったが、ブレーキ痕はなかったらしい。真っ直ぐ法面に突っ込んだようだった……」

「慎重な譲二が、そんな運転をするとは考えにくい。唯一違ったのは──

お前が、その車に乗っていなかっただけ……」

ああ、覚えている。

今思えば、両親は明らかに自分を連れて行きたくなかったようだった。

「諒、今日は母さんと二人でデートだ。すまんな」

「ごめんね、諒の好きなカレーライス冷蔵庫にあるから温めて食べてね」

「分かった……」

「あ、そうそうこれね、お留守番してくれるからプレゼント」

母が差し出してきたのは、名前も知らない小さな神社のお守りだった。

笑顔とは裏腹に、両手を包み込む母の手は震えていた。

「こんなのより、お菓子が良かった」

「アハハ、そうか、でもこれは凄いご利益があるんだぞ」

父の大きな手が頭を撫でてくれたけど、その手も震えていた。

もしかしたら死を覚悟していたのか……

だからあの日、俺は家に残されたんだ――

寂しさをごまかすように本を読んでいると、そこへ血相を欠いた伯母が両親の事故を告げに来た。

「でだな、俺は事故に不審を持ったから、警察にそれとなく情報を貰って調べたが、何も手掛かりはなかった」

伯父は一度目を伏せ、再びこっちを見た。

「それで譲二の遺品を整理した時に見つけたのが、お前も知っているよな?俺宛の封筒の中に入っていた奇妙なメモ──『影を追うものは、影に囚われる』、『重岩にて、影は目覚め待つ』それともう一つ、『兄さん、俺達に何かあったら諒を頼む』の一文だけが添えられていた」

意味は分からなかったが、忘れたくない両親の残したメッセージ。

そう高校の頃、使っていた栞に書いていた。

……きっと、それを文菜は目にしていたのだろう。

「……この仕事をしていると、まあ俗に言えば“悪霊”みたいなものを祓うこともある。俺に特別な霊力はないが、神に仕える者として最低限の儀式はできる。あの二つの事故には、人間の理解を超えた、何かの“力”が働いていたのかもしれん」

「霊的な物?まさか……」

「そう言うだろうな。だが、もし誰かが仕組んだとしても、肝心の動機が分からない」

「その動機って、もしかして……俺自身にあるとか?」

「お前に?どういう意味だ?」

「俺の出生。羽代って名前に関係してるとか……」

「どうだろう……確かに珍しい苗字だが……」

伯父はこっちをじっと見つめ、ふっと息を吐いた。何故今になって伯父がそれらを話そうとしたのか問い掛けようと思ったが言葉を飲み込んだ。

「そう言えば、お前の名を騙った人物に関して安居が調べ始めたようだ。記事するとかしないとか、俺も伝から話を聞いてみたが収穫はなかった。お前に心当たりはないのか?」

「……ああ、全く」

「そうか……影の男ね……何か関係があるのかね……うちのバイトの子も、そいつを目撃してるんだよなぁ」

「そう、なんだ」

あの子が……聡ちゃんだったな。

鞄の中に手を入れ、文菜から預かった写真を取り出す。

「話は変わるけど、これを見てくれる?」

伯父は差し出した写真を手に取り、訝し気にこっちを窺う。

「これは……あの失踪した男の写真に似ているが……安居は知っているのか?」

「いや、安居さんにはまだ話してない。写真に写っている人知ってる?」

「ん?ああ、どうだろう……ところでこの写真は誰が持っていたんだい?」

伯父は写真を軽く振りながら、不審そうな視線を投げかける。

「ああ、知り合いだよ……」

曖昧に答えて写真を受け取る。

「そうか……色々受け止めるのに時間が必要かもしれん。ゆっくりするなら島の方がいいだろ」

伯父の声が低くなった。

古びた廊下の軋む音が、遠くから微かに聞こえる。

「……ああ、まあね」

足音が止まり、座敷の襖がサーッと開き長髪の男性が姿を見せた。

こちらを向いて不敵な笑みを浮かべる。

彼は冥鬼めいきこと清原慎哉。

「お邪魔します」

襖を後ろ手で締め、その場に胡坐をかいて座った。

「ああ、もう勝手に出入りされては困るよ」

伯父が何か言おうとしたのか、手をわずかに動かす。

その動きを察したかのように、冥鬼は片手を横にかざして制した。

「主幹から、君が来るって聞いてね。だったら会いに来ない手はないと思って」

冥鬼は視線だけをこっちに移し口元を緩める。

「何か?」

「うーん。いくつか報告しようとね。大した成果は上がっていないけどね。君の名を騙った人物は”カゲヌシ”について調べていた形跡がある。それから失踪後に、その人物を島の至る所で目撃したという証言があってね。どうやらまるっきり虚言や妄想でもないようだよ。

それから、これは直接的に関係あるか分からないけど、この島には結界があるね。それも、ひとつやふたつじゃない」

「結界……」

伯父の声がわずかに震えた。

「神社とかに張られている結界とは別物。島全体に巡らされている感じだね、たぶん、この神社の磐座もそれの一端を担っている。と思うんだ。

”カゲヌシ”については昔話でいう所の怪異、妖怪として伝承されているみたいだね。ただ年配の人くらいしか知らないようだよ、しかも山王神社がある地区の人々だね」

そして冥鬼は少し首を傾け、意味ありげにこちらを見る。

「しかし……その人物は、なぜ君の名を騙ったんだろうね?」

伏し目がちに窺う冥鬼めいきの視線を受け、目を逸らすと正面の伯父と自然と目が合った。さっき聞いた過去の話が関係あるのか…伯父は首を振り凭れ込む。

「もしかして……」

冥鬼めいきは天井を見上げ人差し指を顎に当てている。

何か思い当たったのか、ゆっくりと視線をこちらに向ける。

「君って有名人?……だったり」

意味が理解できず呆気にとられる、こちらの動揺を楽しむかのように、冥鬼めいきは含み笑いを浮かべ言葉を続ける。

「ある、人々からしたらってね」

「どういう意味だね?」

伯父はうちわを扇ぐ手を止め身を乗り出した。

「俳優や歌手とかって、広く万人に知られているじゃない。ごく一部の人間にとってだけ絶対的に有名っていう存在がいる。……そう、アムロ・レイみたいなさ」

「は?アムロ……何だって?」

眉間に皺を寄せ首を捻る伯父に、冥鬼はニコッと一瞬笑い、チラッとこちらを見た。

「アニメね、ガンダムっていうロボットアニメ。知ってる人には神レベルに有名。だから君も、どこかの“そういう界隈”じゃ名が通ってるのかもね」

「……」

さすがに頭の整理がつかない……何も言えず、その言葉の意味を反芻するしかなかった。

「ま、僕からの報告はこんなところ。じゃ、また」

冥鬼は立ち上がり、軽く頭を下げてから、ふと何かを思い出したように、パンッ、と拳を片手に打ちつけた。

「何か気になることがあったら、遠慮なく連絡して。いつでもいいから。……じゃあね」

襖を閉め足音が遠ざかって行く。

有名人ね……俺が?

ふと、育ててくれた父と母の顔が脳裏に浮かぶ。

あの優しい笑顔、温かい声。

何より、あの二人がそばにいるのが“当たり前”だった。

それこそが、自分にとっての本当の両親だった。

事故で死んだ両親達……羽代……元の、いや、本来の自分の姓。

いくつもの答えの出ない”何故”が、頭の中をグルグル回る。

「飯、まだだろ?」

「ああ、そうだけど……」

不意に声をかけられ、ぼんやりと返すと、伯父は口の端をわずかに上げる。

「もう、橘屋しかやってないけど食いに行くか?」

その目には、どこかあたたかさが宿っていた。

「分かった」

思考を断ち切るように短く返し、静かに立ち上がる。

空腹なはずなのに、心には、ずっしりとした鉛のような重さが沈んだままだった。

長い廊下を歩く伯父の背中を見ながら、ふと問いかける。

「そう言えば、義兄さんは?」

伯父は一瞬立ち止まり、振り返った。

「ん、あぁ……春から一人暮らしを始めたよ」

目を細めて笑ってはいるが、どこか寂しげに見える。

「さあ、飯だ飯……」

鍵をくるくると指先で回し、無造作にポケットに滑り込ませる仕草が妙に印象に残った。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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