人に戻るよ秋雲幸一(前編)
今は昔、かつて大日帝国ならびに広陸帝国、ワ国は大倭國として一つの国であった。
周りに大国は一つしか無く、比較的安全だった。
1179年、異変が起きた。
遥か北方にて自称魔王が現れた。
当時、魔王と豪語しているだけで弱いのでは、と思っていた。しかし、強さは本物だった。一方的に敗報が各国に届けられた。
そこで、神にすがることにした。
神はおよそ4000人の転生者もしくは転移者を呼んでくださった。また、我々に魔法と云う力を授けて下さった。
1年後、魔王を破った。この4年間で1400万人と云う犠牲者を出しながら。
1183年、平和が長く続かなかった。
人々は神より転生者もしくは転移者を信じた。そのことに神は激怒し、対神戦争が勃発した。
「…感想は?」
金条さんは変わらないニコニコ顔だった。
とりあえず、感想はただ一言。
「内容が薄いです!」
僕は堂々と宣言した。素晴らしい絵巻物の絵に比べて、内容は小学校の歴史の教科書の様だった。
だが、山岸さんは僕よりも良い着眼点を持っていた。
「途中で途切れてる。今は1903年のはずなのに」
「山岸君、very good。そこだよ」
金条さんは黒板に近づいて何かを白チョークで書き始めた。
というか、今が1903年という事を初めて知った。
“これが神の能力の一つ”と黒板に書かれた。
「簡潔に言うと、この後、時系列がハチャメチャになっていて、良くわかっていないんだ」
金条さんは僕らの顔を一つ一つしっかりと見て話した。
正智君から聞いたことだが、金条さんの歴史の授業は基本的に慎重に行われる。なぜなら、歴史に下手に踏み込み過ぎると、元敵国に対し、反敵国感情が芽生えかねないと思っているからだ。
「この対神戦争は六年間、犠牲者は8000万人という事だけが我々は唯一断言出来る。なのに、終戦は1187年とどの書物にも書かれている」
頭にイマイチ入ってこない。これを聞く限り、仮説が三つ程立てられる。
一つ目はその時代の人々が年を数え間違えた。
二つ目はこの戦争を過大評価したくてこうしたか。
三つ目は後年の学者や権利者が何かしら理由があって変えたかのどれかだ。
「まぁ、こんなガボガボな歴史だけど、大まかに何があったか、残ったものは何なのかは分かっている。さて、経過と結果、講義出来るのは片方だけ。どっちを聞く?」
金条さんのこの話に古鷹さんと正智君はため息をついていた。
片方だけだったら、今に直結しそうな“結果”が妥当だ。
「結果でお願いします」
金条さんは「正解だ」と小声で伝えた。
「この人類が経験した戦争の中で最も犠牲者を出した。そこで得たものは主に三つだ」
その後の金条さんの話をまとめると、一つ目は転生者が創設した国際連盟。二つ目はパソコン岩。
パソコン岩とは中に情報をため込む事が出来るものらしい。
三つ目は次元加速域。金条さんにこの次元加速域について聞こうとすると、「国家機密」と断られた。
「…以上だな。他に質問は?」
「なぜ、経過と結果、どっちかしか教えて頂けないんですか?」
山岸さんがド直球質問をした。だが、金条さんは迷う素振りすら見せなかった。
「ここは、学校だ。ここに入学する者はお金を払っている。しかし、君達はお金を払っていない。これは学校への信頼に関わる。だからだ。」
理由はとても納得出来るものである。誰も、反論しなかった。
「それでも、三石君との約束は果たさないとね」
金条さんは僕と正智君を連れてこの学校の地下室に向かった。
何度も階段を下に下に下って行った。下に行くに連れて気温も下がっていく。
その先に四角い大広間があった。奥の壁以外、ゴツゴツした岩の出っ張りがある。奥の壁は垂直な壁がたっていた。その大広間の角に巨大な篝火が焚かれている。
その大広間の中央で鼻歌を歌っている、雲神さんがいた。
「やっと来おったか、待ちくたびれたぞ」
「時間はジャストだと思うがね」
金条さんと雲神さんは軽く打ち合わせをすると、雲神さんだけが近づいて来た。
「深夜に何があったか、ほとんど思い出せんだろ?」
言われてみると、全く思い出せなかった。
「貴様の今の状態はうちのバカ兄貴に直接支配されとるんだ。じゃから、人の身体に戻すのと一緒に支配から外すぞ。そしたら、記憶も多少は返ってくるじゃろ」
雲神さんはこの部屋の奥に行き、垂直の壁に対して、何かを唱え始めた。
「そうそう、これ、荒治療だから覚悟してね」
金条さんがすんなりと言う。
正智君が憐れみの視線を僕に向けてくる。
「坂井さんの時より酷いんですね」
坂井さんの時より酷いって、僕も坂井さんと同じくらいで大丈夫です。間に合っています。この本心を直に金条さんと雲神さんに言えたら、どれほど楽だったのだろうか。目の前で着々と準備を進める雲神さんを見てどうしても言えなかった。
「やっと出来たぞ!」
雲神さんが飛び跳ねながら金条さんに報告した。だが、金条さんは少し考えていた。
「我々を待っている間に準備出来ませんでしたか?」
「ええい、うるさいうるさい!彼“ら”に心の準備の時間を与えてあげたのじゃ!」
「…そういう事にしておきますか」
「あの」
正智君が震えるような声で話し始めた。
「彼らって、どういう事ですか?」
「言葉通りの意味だが?」
雲神さんが当然の如く答えると正智君の顔はだんだんと青ざめていった。
そうしている間に、垂直の壁から緑色の文が出てきていた。その緑色の文は壁の中央を目掛けて一点に集中していた。
「そうそう、あの壁がパソコン岩準生命型だよ」
金条さんは緑色の文が一点に集まりつつある中、気楽そうにしている。
緑色の文が集まったいる所から白い人型が出て来た。
「さて、二人でアレを倒しに行け」
雲神さんはその白い人型を指差している。
正智君は嫌々、杖を取り出した。
僕は花壇に入って動けないから、どうすれば良いのだろう。
「人型の左腕が、変形してる…?」
正智君が人型を見てポツリと呟いた。
確かに人型の左腕が人の形ではなかった。
「バルカン?」
そのバルカンの様な左腕をこちらに向ける。八つの銃口がこちらを睨んでいた。
ガガガガガガッ
バルカンは突如として火を噴いた。
正智君は必死に人型から右回りで全力疾走した。
「ショック(帯電)」
白い雷が正智君の杖から出た。しかし、人型はそれに当たっても何事も無かったかのように動いている。
「おい、容赦なくその人型を攻撃しても良いぞ」
雲神さんは涼しい顔をしながら言っている。これが終わったら殴ってやりたい。…人に戻れたら。
正智君は容赦なく白い雷を人型に当て続けた。人型もバルカンから火を噴き続ける。人型の攻撃は正智君にかすりすらしなかった。バルカンが重いのだろう。
グチュグチュ
気持ち悪い音がバルカンの音を掻き消して部屋中を響き渡った。
人型の右腕が“杖の形”になっている。
「あ、」
正智君が零れたような声を出した。後ろを見ると、いつ放ったのか、人型が生成した杖から緑色の雷が迫っていた。
正智君は身体をひねらせて回避しようにもピッタリとついてきている雷を離すことは出来なかった。
「おい、金条、いけそうか?」
雷で気絶して横になっている二人を見ながら雲神が話し始めた。
「私の予想が正しければな」
「貴様の予想、案外当たってるかもな」
「根拠は?」
「神様の勘を信じれんのか!」
「すまんな、日頃の行動を鑑みるにと思ってしまって」
「まったく理由のわからん事を。まるでわしが今まで貴様に苦労をかけてきたかのように言いおって」
金条はその通りだろと内心思いながら二人を待つのであった。
小学校の頃、すごく軍事系が好きな親友がいた。
彼が人に話しかけるときはだいたい軍事の話をしていた。そのせいか、友達は僕しかいなかった。
だから自然と僕としか話さなくなっていた。
いっつも話を聞いているからか、多少は覚えた。
彼は戦争映画や戦争系の白黒映像、写真を観るだけでしょっちゅう泣いていた。
なぜそれほどまで涙腺が脆いのか、一時期疑問に思っていた。
しかも、よく周りの人と衝突していた。そのたんびに仲裁に入っていた。衝突する理由はいつも同じで、亡くなった方をバカにしたり、貶したりするといつも飛んでくる。
結果的に周りから、「軍事が好きなら戦争も好き」と言われてしまった。その事に本人は大泣きし、「戦争は嫌いに決まってるだろ。なんで決めつけるんだ」と言っていた。
小学校の卒業式の後、僕は彼と最後に話した。
「そういえば、幸一ってさ、名字、お爺さんから始まったんだよね」
「まぁ、なんか爺ちゃんに色々とあって名字変えたらしいよ」
「確か、お爺さんのお父さまが乗っていた駆逐艦から貰ってきてるんでしょ?」
「そうだよ。覚えてたんだ」
「当然だよ。その駆逐艦は夕雲型駆逐艦、」
「「秋雲」」
「なぁ、金条」
なかなか起き上がらない二人を見つめながら、また雲神は金条に話し掛けた。
「何だい」
「貴様にとっては常識かも知れんが、復習しておこう」
「ありがた迷惑だ」
「そう固いこと言うな」
「はいはい。どうぞ」
「転生者もしくは転移者は大抵二つか三つ、チートクラスの能力を持って現れる。これは常識。だが、人によっては、そこに追加で特定条件を満たした場合に出現する能力や特定条件下でしか使えない能力もある。世間は前者をチート能力、後者を特型チート能力と名付けた。特型チート能力は気候や場所、その時の感情などが関係してくる。例を挙げると、雨だから基本的な二つ三つ以外にも、もう一つチート能力が使えるぞ!という簡単条件パターン。雨だけど、悲しい感情やここが森じゃないと使えないという複雑条件パターンの二つがある。ただ、複雑条件パターンは基本的に強力な能力であることが多い。そして、条件が複雑であればあるほど、難しければ難しいほど、より強力になってくる」
「それで、何が言いたいんですか?」
「貴様の予想はこの複雑条件パターンに賭けているんじゃろ?確か、条件の中には血縁者がいないと発動出来ないものがある。ただ、血縁者と言っても、転生者もしくは転移者は様々な時代や世界線から呼ばれてくる。その中から同じ世界線で血縁者を探すのは不可能に近い。そもそも、来てないかもしれない。だが、今回は、その極めて稀が出た。それに賭けとるんじゃろ?」
「ご名答!正解だ。だが、今回、どんな能力かまでは分からんがな」
金条は少し汗をかいているように見える。彼はこの能力に全てを賭けていたのだ。
彼にどんな特型チート能力があるのか、それは、神すらも知らなかった。
秋雲は夕雲型駆逐艦と説明されていますが、本当は陽炎型駆逐艦です。