寮生活
僕は正智君と相変わらず一緒だった。
部屋は布団が二つタンスが二つの二人部屋だった。
古鷹さんと山岸さんも二人で同じ部屋だった。
古鷹さん達は部屋に一通り荷物を降ろすと、さっそくお風呂場に行った。
お風呂場は木製で、しかも広かった。
「誰も居ないじゃないですか。ほぼ貸し切りですね」
つい声が弾んでしまう。
「まず、服を脱いでからだ」
古鷹さんが興奮する山岸さんを抑えて服を脱いだ。
服を脱いだ後、山岸さんは一直線に風呂に入ろうとしたが、古鷹さんがバケツで浴槽から水を汲み取っては身体にかけていたので、それを真似した。
古鷹さんが身体にお湯をかけるのをやめると同時にやめて足先からお湯に浸かった。
久しぶりのお風呂は最高だった。疲れ切った身体を包み込む様に温めてくれる。
古鷹さんもやっと肩の力が抜けたのか、少しぐったりした。
初めてこんな古鷹さんを見たような気がする。今まで身を挺して守ってくれた感謝をここで伝えようとした。
「あの、」
古鷹さんの身体をよく見ると、全身痣と傷だらけだった。先日、私達を飛んでくる刃物などから守ってくれていたが、あれは主に背中だったはず。なのに前にもたくさんある。首には今まで服や髪で見えなかったが、くっきりと首を吊ったような痣があった。
驚きが隠せなかった。
「こ、この傷は一体」
「ああこれ?大したことないよ」
古鷹さんは大丈夫そうに笑って言ったが、そうは見えない。
「困ってる事があるなら言ってください!微力ながらお役に立つかもしれません!」
強気で出ると、古鷹さんは少し目を逸らした。
「いいよ、過去のことだし」
古鷹さんはあまり話したく無さそうだった。当然トラウマを思い出すのは嫌だ。話すのはさらに嫌だ。それでも、好奇心でしつこく聞いた。
「…仕方が無い。少し長くなるけど、良いかな?」
古鷹さんは遂に折れてくれた。
「大丈夫です!」
「私の国は戦争やってたんだよ。負けちゃったけど。戦争で両親は戦死。私だけ残っちゃったんだよ。この傷は空襲と機銃掃射でついたものなの。それで色々とあって、首吊りしようとした訳」
返答に困った。どう言えばいいのか、どう反応すればいいのか分からない。ただ、腹の底から込み上げるのは…
「すみませーん。石鹸ってありますか?」
隣の浴槽から正智君の声が反射して聞こえた。
「ちょっと待ってねー」
古鷹さんはお風呂を出て、石鹸を探した。
だがずっと探しているのに石鹸のせの字も無い。
「石鹸全く無いな。それどころか、身体洗う系の一つも見つからん。そっちは?」
「こっちも全くです」
古鷹さんと顔を見合わせて、お風呂を出ることにした。
私達がお風呂を出るのと同時に正智君も出て来た。
「全く石鹸とかが無かったですね」
正智君が最初につぶやく。まさにその通りだった。お湯が張った浴槽しか無い。
「アルメリアは何処にいるの?」
古鷹さんが正智君のお風呂上がりの姿を見て言う。
「アルメリアさんなら、部屋で水浴びしてます」
「なるほど…」
そのまま、それぞれの部屋に戻って、各々の時間を過ごした。
「アルメリアさんただいま、戻りました」
正智君が丁寧に扉を叩いて入って来た。
僕はお風呂に入れず、水浴び。あぁ、お風呂はどんな感じだったのだろう。
正智君は部屋に入るとすぐに机に向かった。バックから一冊のノートを取り出すと、たくさんの文字を書きなぐった。
「一体、何を書いてるんだい?」
興味本位で聞いてみると、「日記です」と簡潔に答えてくれた。
その後、正智君はずっと日記を書き続けて、僕は一言も話すこと無く、今日は寝た。
これまで土や木のにおいに包まれて寝ていたが、やはり僕は畳のにおいの方が安心して寝れる。
「君は木でしょ?」
目が覚めた。部屋の中は真っ暗で正智君も布団の中でスースー寝ている。
さっきの声は何なんだろうか?
床にとりあえず立って動いた。
立って?
下を見ると、二本の足がしっかりと身体を支えていた。
色々と不思議に思いながらおぼつかない足取りでなんとか廊下に出た。
意識も曖昧としている。
この直線の廊下は見通しが良くきいた。
「君は木なんだから、自分で立って移動しちゃ駄目だよ」
右から先程聞いた声がする。右を向くと一人の全身真っ黒な服を着た少年がニヤニヤしながらこっちを見ていた。
「ほら、元に戻れよ」
左手を差し出してきた。
意識がさらに曖昧になる。それに呼応する様に激しい目眩が襲ってきた。
「おい、糞餓鬼!うちの孫に何をしとるか!」
左から爺ちゃんの声がする。大声で意識がハッキリした。目眩も何処かへ吹き飛んだ。
「うちの孫は、木じゃない。人間だ!」
少年は非常に苛ついたように歯ぎしりをしだした。
「霊のくせに、僕に話し掛けてきたのか!」
僕の爺ちゃんは既に死んでいる。爺ちゃんはいつも優しかった。ここまでの怒声は初めて聞く。
「そして、孫の名前は木じゃない。“秋雲幸一”だ!」
そう言って何処から取り出したのか、一本の枝を持っていた。枝は頼りない形をしていて、その先を少年に向けている。
「貴様、図々しいな。弱いくせに」
「フッ、その弱い奴に負けるんだよ!」
枝から出た青い炎が少年に直撃した。
あまりに容赦ない攻撃に唖然とするほかに無かった。
しかし、青い炎は一点に集まっていった。少年は左手に青い炎を凝縮して、無傷だった。
その左手に凝縮した青い炎を握りつぶすと、甲高い笑い声を上げた。
「豪語した結果がこれか?ボケジジィ」
爺ちゃんはこっちに手ぐすね引いている。
走って爺ちゃんの後ろに隠れて戦いを見守った。
「ずいぶんと口が悪いな。それじゃ、誰も寄ってこないぞ」
爺ちゃんは少年をずっと睨み付けている。その姿勢はこれ以上頼れる人はこの世にいないだろうと思わせた。
「あまり、邪魔しないでほしいんだがね」
「孫の運命が赤の他人に干渉されとるんだ。邪魔するに決まっとるじゃろ」
「赤の他人は酷いな」
「まだ貴様は赤の他人じゃ」
爺ちゃんは余裕そうな雰囲気をかもし出している。ヤバいのか大丈夫なのか、全く分からない。
「空気圧の壁(移動・最小限)」
少年がボソッと言ったのと同時に彼の付近からこっちに上下左右の木材と窓にヒビがはいりながら迫ってきた。
「空気圧の壁(静止)」
爺ちゃんはそう言って枝を振った。その直後、爺ちゃんの目の前で激しい風が起こった。その風は窓を割るほどだった。
「おいおい、夜中にこんなにうるさくされたら寝れんぞ」
振り返ると、僕の後ろで白い長髪の少女が寝間着姿で仁王立ちしている。
「お前も邪魔するか?」
「バカ兄貴が変な事する前に止めるのが妹じゃ」
「自らの安眠のためだろ?クソ妹が」
「今はクソ妹じゃなくて雲神じゃバカ兄貴」
お互い同時に右手を前に出す。
爺ちゃんは僕の方に振り向いて、「顔をよく見せておくれ」と泣きそうな顔で言う。顔に当たった爺ちゃんの手はひんやり冷たかった。
突然、視界が真っ暗になった。それでも、意識だけはある。
かなりの時間が経過すると、視界に色がついた。
「わああぁあ」
正智君があまりにも大きい悲鳴を上げた。恐らく、今ので全員起きただろう。
「ええい!いい加減うるさいわ!寝させろ!」
夜中に雲神と名乗った少女が騒ぎを聞いて寝間着姿のまま駆けつけてきた。
「貴様の観葉植物は廊下に転がっとるぞ!」
正智君の部屋の扉を何度も叩き、正智君を廊下に呼んだ。
「なんで花壇から抜けて、廊下にいるんですか!?」
正智君は凄く驚いていたが、ちゃんと元の花壇に戻してくれた。
「よし!これで騒音は無くなった。三度寝するぞ」
雲神さんは独り言のように言って、部屋に戻って行った。
それと入れ替わるように山岸さんと古鷹さんが廊下に出て来た。
「えっ、なんで廊下がこんなにズタズタなの?」
古鷹さんが窓が割れてたり、床にヒビがはいってるこの状況に凄く驚いていた。山岸さんも同様だった。
「…とりあえず、私達じゃ手が付けられないから金条に報告するだけね」
古鷹さんのこの決断に誰も反対しなかった。
服を寝間着からこの学校の制服に着替え、やっと金条さんのいる所へ向かった。
金条さんは昨日と全く同じ場所で黒板を見つめていた。
「おはようございます」
古鷹さんがそう言うと、みんなそれぞれ「おはようございます」と言って教室に入った。
「おはよう。昨日は寝れたかな?凄い音がしたけど」
金条さんはニコニコしながら聞いた。
「そのことなんですけど、正智君の部屋の前の廊下が朝起きたらなぜかズタズタで」
古鷹さんが申し訳なさそうに金条さんにありのままを報告した。
「なるほど、でも君達に怪我がなければ大丈夫だよ」
ニコニコ顔を何一つ変えず、話してくれる。
「あれ、モワさんは何処に?」
正智君が教室をキョロキョロしながら言う。確かに昨日までいたモワさんはいない。
「彼女はお酒を飲みに街に行ったよ」
金条さんが残念そうにした。
「そうだ。アルメリア君、昨日何があったか、覚えているかい?」
金条さんの問いに、突然頭に靄がかかったように思い出せない。
確かに、何かがあった。
「爺ちゃん」
ふと口から漏れた。爺ちゃんが何か大事な事、名前を言っていた気がする。
「…まぁ、いずれ思い出すさ」
金条さんは優しくそう言ってくれたが、今思い出さないといけないことがある。
「さて、君達は僕に何を聞きたい?」
金条さんはあまりに突然すぎることを言ってきた。
「僕は一応は教師だ。なんなりと聞き給え」
古鷹さんがため息を吐いて金条さんを見る。
「まず、この世界の歴史を教えないと、全く頭に入ってこないと思いますが?」
「なるほど、確かにそうだね。それじゃ、この世界の歴史について、話そうではないか。…大まかに抜粋して」
そう言って金条さんは一体教室を飛び出た。
「アレでも、教師なんですよね?」
山岸さんが不安そうに古鷹さんを見た。
「ふざけてる感は否めないけど、この国で五本の指にはいる、魔法の実力者よ」
古鷹さんはすんなりそう言った。けど、これはかなり凄いのでは、と思った。なぜなら、その魔法の実力者に今から歴史の授業を教わるんだ。
「ごめんごめん、待たせちゃったね」
そう言って金条さんは教室に入って来た。右脇には何か巻物を抱えている。巻物には神との歴史と書かれていた。
「全員この机に集合!」
金条さんはその机に巻物を広げた。巻物にはちゃんと色がついており、保存状態も非常に良かった。
「さて、この世界の魔王時代から今に至るまでについて話そうではないか」
金条さんは巻物の最初の方を指差して話し始めた。