大日帝国へ
竪穴式住居、中は意外にも快適だった。
中央にある一本の柱以外、中には何も無かった。
「来るとは思ってたけど、まさかその日の内に来るとはね。とりあえず、座って座って」
髪の長い女性はコップに酒を入れながら話していた。
「ハハハ、申し訳ない。待たせてはどうかと思いまして」
三石さんは頭を掻いて笑っていたが、目は笑ってないように見えた。
その後ろでは、山岸さんが古鷹さんコソコソ話をしていた。
「あの人って、誰ですか?」
「さぁ?」
女性は古鷹さん達をチラッと見た。
「おっと、自己紹介がまだだったね。私は、そうだな、えーっと」
正智君は僕にこっそりと話し掛けてきた。
「記憶喪失ですかね」
「ううん」
えーっとと言ってる時点で僕と一緒で記憶が曖昧なのかと思われた。
しかし、彼女にはこっそりと喋ったことがバレた。
「ええいそこ!失礼な事言わない!私は永遠の22歳だ!」
こちらに指をさして言った。そのまま、腕を組んで話し始めた。
「全く、女性の前で年齢の話をしてはいけないと義務教育で習わなかったか」
「は、はぁ」
正智君は完全に返答に困っている様だった。
「モワとでも呼んでくれ」
「覚えてないから、苦し紛れの回答ですな?」
坂井さんが少し笑いながら言った。そこに間髪入れず、モワさんの渾身のアッパーが炸裂し、物理的に竪穴式住居の屋根を坂井さんの頭が貫通した。
ぶら下がっている坂井さんの身体を他所に話は続けた。
山岸さんと正智君は坂井さんがぶら下がった後、正座をして、ずっと下を向いてモワさんと目を合わせ無いようにした。
「さて、何か他に言いたいことある人、手を上げて」
モワさんは弾んだ声で話した。山岸さんと正智君はより頭を下げた。
部屋の中は先生に間接的に説教されてるような雰囲気になった。
「とりあえず、植物系の魔物になってるのがいるな」
身体が少し硬直した。彼女は鋭い視線を僕に向け続けた。
「これは、なかなかに面白いな」
ただ、一言、そう言った。
「モワさんはスカーニャという人と会ったことはありますか?」
古鷹さんが周りの雰囲気をものともせずに話した。
「会ってるよ。というか、彼女から君達の事を聞いたんだよ」
「そのあと、何処に行ったか、知っていますか」
モワさんの顔の目の前に古鷹さんの顔がぐいっときた。
「ステイステイ。あの少女は確か、葉国に行くって言ってたぞ」
「つまり、大日国と逆方向、対魔王戦線の最前線か」
古鷹さんは落ち着いた様にまた座った。
「この藪から棒の質問大会は一旦終わりにして、大日帝国に行く準備をして良いかな?」
モワさんは枝のような杖で地面に何かを描き始めた。
「あっ、時間掛かるから、くつろいどいて」
さっそく僕はスカーニャとは誰だか、正智君に聞いた。
「いつか言った、ガドリ神聖王国王都から脱出する際にはぐれた人です」
「なるほど」
そのあと少しの沈黙があったが、正智君が三石さんの方に振り返った。
「そういえば、クリ島防衛本部になんであんなに長く居たんですか?」
「うーん、おおまかに言うと、モワさんの位置とワ国、ガドリ神聖王国の情報提供を受けたぐらいかな」
ガサガサ
ガサガサガサガサ
外に何かがいる。
モワさんは口に人差し指を当てながら部屋の中をチラチラと見ていた。
この竪穴式住居の周りは草が切られているからまだ腰程までの高さがある草の中にいる。だが、この家の明かりで既にバレてるのは間違い無い。
相手が不明な以上、出方をうかがうしかなかった。
「なんかヤバそうだから、天井に突き刺さってる人、降ろしといて」
モワさんは小声でそう指示したあとも地面に円を描き続きた。
ズボッと抜けた坂井さんはさっそく大声を上げた。
「この家の周りに十人くらいの黒い服着た奴らがいるぞ!」
人数がおおまかに分かったのは有り難いが、うるさかった。
「なんか、暑くない?」
山岸さんがそう言った。確かに暑かった。
バチバチバチッ
燃えて音もする。
「ゲッ、あいつら火を放ちやがった」
古鷹さんがさっきまで坂井さんが突き刺さっていた穴を指して言った。
穴から真っ赤な炎が見えた。
「消火しないとまずいな。全員で焼死体になるぞ」
三石さんが汗を垂らしながら上を見て言った。
「外に出ても黒い服の人達に殺られる。だからと言って、ここにいたら丸焦げか」
古鷹さんも目を瞑って考え始めた。
「おいおい、私がいるじゃないか」
モワさんに全員の視線が向いた。
「あんな雑魚共に私がいながら一人でも殺されたら末代までの恥だ」
パチン
指を鳴らすと、周りに無数の氷の破片がクルクルと回り始めた。
「全員手を繋いで!一気に大日帝国まで飛ぶよ!」
地面に描いてあった円が黄色に光った。
上から燃えた物体が降ってきた。
思わず目を閉じた。
「間一髪セーフだったな。全員無事?」
モワさんの少し笑いを含んだ声で目を開けた。
あの炎の中が嘘の様な晴天が一面にあった。太陽の光をここまで愛おしく思ったのは久々だ。
「あれ、夜だったのにどうして朝?」
正智君が頭を抑えて起き上がった。背中には土がたくさん付いていた。
古鷹さんも山岸さんと一緒に起き上がった。
その後も三石さんに続き、坂井さんも起き上がった。
「さて、問題。ここはどこでしょう」
モワさんが全員起き上がったのを確認してから言った。
「大日国本土だろ」
三石さんは当然の様に答えて、森の中に入って行った。
「釣れないな〜」
モワさんも続いた。
「さて、私達も行きますか」
古鷹さんや山岸さん、正智君、坂井さんも続いて行った。
少し行った先で三石さん達は止まっていた。
目線の先には真っ白な長方形の校舎がいくつかあった。
「まさか、目的地にこんなに近く移動出来るとは」
三石さんが感心したように言っていた。
その隣でモワさんは誇らしげにしていた。
「目的地は事前にスカーニャから聞いてるし、こんな事、朝飯前よ!」
立派なレンガ造りの校門の前まで来た。
校門には警備員が八人程いた。
「通行許可証を見せてください」
警備員が左手を差し出した。
三石さんはそこにたくさんの文字が書いてある紙を渡した。
警備員はしばらくそれを眺め、「どうぞ」と言って、門を開けてくれた。
「おや、一人足りないようですが」
警備員が紙を何度も見て言った。
「あぁ、そいつは今、二日酔いで」
「そうですか。えっ、二日酔い?」
坂井さんの回答が状況を悪化させた。なぜ二日酔いと答えたのだろうか。
「そいつ、身長の割に成人してまして」
モワさんがフォローに入るも虚しく、「十四歳と書いてますが」と警備員がさらに怪しそうに聞いた。
周りの警備員達も囲うようにじりじりと迫ってきた。
「水と間違えて、お酒飲んじゃったんですよ。そいつ」
古鷹さんが笑いを含んで答えた。
「それは、しょうがないな。事前にそういうのは伝えてくれ」
「すみませんね。今後、気をつけます」
古鷹さんのナイスフォローで事なきを得た。
「ガボガボ警備だったな」
坂井さんは余裕そうに言った。
「お前、今後、自由行動禁止にしたろうか?」
三石さんは腕を組んでイラッとした口調で話した。
「お前は学校の先生か!」
「自由行動禁止待った無しだな」
坂井さんはそのあとも必死に弁明するも、三石さんの耳には入らなかった。
「まあまあ、ホットコーヒーのように熱い魂で許してあげなよ」
モワさんは坂井さんの弁明に回った。が、
「そのホットコーヒーのように熱い魂がこいつを懲らしめろと言っている。それと、優しさを求めるなら、ホットコーヒーのように温かい優しさの方がいいぞ」
モワさんは坂井さんを見て、テヘッと言ってそっぽを向いた。
坂井さんは悟りを開こうとその場で座禅するも、三石さんに引きずられて何処かに行った。
古鷹さんが代わりに先導した。
学校はとにかく、広いの一言に尽きた。同じ様な建物が続いたと思えばビルの様な形をした建物がある。
「ここって、一体何処?」
「国立第一大日帝国学院です。中大一貫です」
正智君はしっかりと回答してくれた。
「やった着いた」
古鷹さんが白い四階建ての建物の前で止まった。
建物はスッとした感じの建物だ。
玄関を靴のまま上がって、三階に着いた。
階段上がってすぐの扉を開けた。
階段以外丸ごと教室だった。
左手を見ると、黒板が堂々とあり、その黒板を眺めて立っている人影があった。
「金条龍先さん!」
正智君が喜ぶように叫んだ。
その人影はゆっくりとこちらに振り向いた。
口を覆うほどの茶色い髭を弄りながらこちらをじろじろ見つめた。
「なんとか無事に辿り着いたようだね」
外見とは裏腹に明るい声で話してくれた。
「主に周りの人達のご厚意で…」
古鷹さんが目をそらして話した。
「ガドリ神聖王国で色々とやらかしたのは聞いてるよ」
「なんか、すみません」
「なに、謝ることは無い。結果としてはいいものだったからな」
金条さんは古鷹さんから僕に視線を当てた。
「これは極めて稀だな。君の名前は?」
「一応、アルメリアと呼ばれています」
「本当の名前は?」
名前を思い出せませんと、恥ずかしくて言えなかった。
「本当の名前が思い出せないそうです」
正智君が僕の思っている事を的確に代弁してくれた。
「なるほどな。それじゃ、そこの金髪の少女さんは」
「あっ、山岸ルナです。よろしくお願いします」
山岸さんは丁寧に頭を下げて答えた。
「…山あり谷ありの旅路、お疲れ様」
金条さんが心なしか少し回答を迷った様に聞こえた。
「おいおい、私は?」
モワさんが自分に話がまわってこないのを苛ついたのか、自分から話し掛けた。
「おっと、かつての英雄殿を忘れていた」
「そう言うと私がまるでおばさんみたいになるだろうが!」
「…では、女性?」
「美女な」
「素晴らしい美女を…」
「絶世の」
「素晴らしい絶世の美女を忘れていた」
複数回言い直しがあった。全員、少しあきれた様にモワさんを見た。
バタン
教室の扉が開いた。誰かが入って来たのだ。
「これは、豪華な出演者が勢揃いだ」
金条さんが入って来た小さな人影を見つめ続けた。
「ふふん!面白そうだから、来た」
人影は一切足音を立てずにやって来た。白い長髪の少女だった。
「うん?なんか、臭う…」
少女は顔にしわを寄せた。そして、こちらを可愛らしい顔が覗き込んだ。
「貴様ら、ちゃんとお風呂入ってるか?臭うぞ」
言われてみると、彼らは一ヶ月もしくは一ヶ月以上、まともに風呂に入っていなかった。
「今日は全員しっかり休んで、明日、話そう。空いてる寮の部屋貸すから」
金条さんはそう言って寮に案内してくれた。
寮は木製の質素な感じだった。
「さて、しっかり休んで、風呂入って、明日、話そう」
金条さんは全員を部屋に案内してからそう言って白い四階建ての建物に戻って行った。