前日譚
アイが組み伏せられる数刻前、三石とフローズンはそれぞれ二人の操縦士の首元にナイフを当てていた。
「今すぐ俺が言う場所に止めろ」
三石がそう言うと、三石にナイフを突き付けられている操縦士が両手を上げた。
次の瞬間、目にも止まらぬ速度で三石の腕を掴み、操縦席に引き込んだ。
ヘリコプターはもう一人が操縦しているが、三石が邪魔で思うように操縦出来ない。
三石は即座に抵抗したが、操縦の邪魔をするだけで何の意味も無く、瞬く間に操縦士によって首を絞められ、失神した。
そして何事も無かったかのように無線を取り、「こちら一号機。案の定目標が暴れた。だが長旅の疲労が効いている模様。オーバー」と言った。
「ラジャー。二号機も雲神様方に対応する。オーバー」
フローズンはどうする事も出来ずにナイフを離して、再び席に着いた。
すると操縦士は「物分かりがいいようで」と独り言のように言う。
数時間のフライトの後、辺りは真っ暗になっていたが、ついに二機のヘリコプターは九州に着いた。とは言っても、山の中にあるため、ここが何県なのかは全く分からない。
ヘリコプターが着いた場所は迷彩柄のテントが密集しており、明らかな軍事基地だった。
ヘリポートも砂利で出来た粗悪なヘリポートだ。
まず真っ先に降りたのは二号機に乗る雲神だった。
次いで山岸達が扉に殺到して一斉に降りた。
雲神達はすぐに一号機に乗る三石達のもとへと向かう。
少なくともフローズンは無事だった。
フローズンは飛び出すようにヘリコプターから降りてアイと雲神に抱き着く。
だが、三石は操縦士二人に子供のように持ち上げられながら降りてきた。当の三石の顔はハリネズミの怒った顔のような可愛らしい不服顔だった。
操縦士二人は雲神を見るなり一礼し、彼女の目の前に三石をポイッと置いて行った。
雲神は鼻を高くして謎に自信げに言い放つ。
「フライトは最高じゃったか?」
「最高の対義語みたいな飛行時間だった」
三石達は行く当ても無くテントがところ狭しと密集する軍事基地を歩く。
しばらくすると、目の前に所々泥汚れや穴の空いているボロボロの軍服を着た青年が腕を組みながらテントの支柱に寄りかかっていた。
青年は帽子を深く被っていて視線がどこに向いているか分かりにくいが、顔の向き的に三石達を見つめている。
三石は知らん顔でその青年の目の前を通り過ぎた。
青年の顔がずっとこちらに向く。
ついに、苛ついたような声で「おい」と声をかけてきた。
三石も青年に対抗するようにムカついた顔をしながら振り返る。
振り返ってまず真っ先に映ったのは雲神達の驚いた顔だった。彼らの視線はもちろん青年に向けられている。
最後にお待ちかねの青年の顔が映った。
その青年の顔は、なるほど。確かに驚きを隠せない訳だ。
「何だ。俺の顔をジロジロ見て。何か付いているのか?」
青年はジッと自分の顔を見てくる三石達を嫌がるように言う。
間違え無い。彼は方元帥である。
「「方さん!?」」
山岸と榛真がそう言うと方は目をカッと見開いて驚いた顔をする。
「何で俺の名前を知っているんだ?」
方は子供が見たら間違え無く即号泣の恐い顔を榛真に向けた。
榛真は全身の毛が逆立ち、反射的に身体が震える。
とても今まで見てきた方からは想像も出来ないような表情と態度だ。
「方、客人に対して熱くなりすぎだ。早く任務を遂行しろ」
通りすがりの方の上官がカッとなっている方に横槍を入れてやっと落ち着いた。
ただ方の苛ついた表情が変わる事は無かった。
方はこの山間部にある軍事基地の一端に設営されているテントに三石達を案内した。
そのテントも例に漏れず迷彩柄だ。
方はテントの出入り口で立ち止まって三石達を見つめながら言った。
「そこの人だけ中に入って下さい。それ以外はテントの外で待っていて下さい」
その人とは三石の事である。
三石達は自然と集まって一息置くついでに話し合いをしようとした。
だが、ウサギのように集まる三石達に方は「フッ」と鼻で笑いながら一人テントへと入って行く。
フローズン達は方の冷たい態度に唖然としながらも、とりあえず三石をテントに入れないと何も始まらないとして、三石を強引にテントの中に入れる。
三石はテントの中に入ると方に負けず劣らずの嫌そうな顔をした。
テントの中には多種多様な銃があった。まるで武器庫である。
「…どうしろってんだ?」
三石がそう言うと方の苛ついた表情は一転。申し訳無さそうに唇を噛み締め、視線は床を向く。
「もう一度、異世界に行って下さい…!」
さっきまでの冷たい態度が嘘のような、ハリボテの力強い震えた声が方の口から出た。
これには三石も口を半開きにして固まる。
「おい。どういう事だ?なぜ、他の世界のことを知っているんだ?」
「…本来は国連から口止めされていますが、今の世界の状況をお伝えします」
方は小さな二枚の写真を取り出して三石の前に出す。
その中の一枚の写真には見覚えのある旗を掲げた戦艦や空母の群れが白黒で写っていた。
ーーーこの旗は、まさかラ国?
あまりラ国の旗をジロジロと見たことは無いが、山の影ようなものが黄色の背景のど真ん中にあるのがラ国の旗だ。
まさしくそれに似ている。
もう一枚はテアケタル島で苦汁を飲まされた三本腕の化け物が砂漠を覆い尽くすほど溢れかえった色付きの航空写真だった。
「一枚目はインド洋で、二枚目はゴビ砂漠で撮影された物です。現状は一枚目に写っている文明勢力と二枚目の化け物勢力、そして我々国連での三つ巴で戦争をしています」
「…コイツら、凄いくらい見覚えがある」
「そうでしょうね。何せ、国連の上層部や私のような一部の人間にはあなた方の顔が知れ渡っています」
「どういう事だ?」
「一枚目の勢力から拿捕した艦から歴史の本が見つかり、その中にあなた方の写真がありました」
三石は心当たりがあり、視線が泳ぎ始めた。
ーーーもしかして、国際指名手配犯の節の…。
三石はあくまでも知らんぷりをする。
方は三石のハリボテのような知らん顔を見てだいたい「言えないようなことをしたんだろうな」と察した。
「写真の経緯は別として、ともかく、時間がありません。ここにある武器は自由に持って行ってもらって構いません」
「時間?」
「我々の都合です。お気になさらずに」
三石はとにかく銃を取っては用意された二つの革袋と一つ革バッグに押し込む。
どれも初めて見る形で名前なんて全く分からない。だが、取っていける物は全て取り付くす。
こうしてテントの半分ほどはスッキリとしたが、袋やバッグは銃身や銃床で岩のようなゴツゴツとした形に変形し、背負おうものなら腰や肩に直接ダメージがいき、ぶら下げようものなら重さで手首を痛める。とんでもない代物が爆誕した。
「少し持ちますよ」
方はそう言って袋を一つ持つ。
三石はその隙に一枚の紙切れをテントの床に落とし、方に案内される形でその場を去った。
方に案内された先には緑色に塗装された一式陸上攻撃機が砂利の滑走路上で静かに月光に照らされていた。
三石は特に何とも言わず、袋やバッグを機内に置く。
「…これに乗ってもらえれば。中にあなたがこの世界に戻って来る際に使った累乗ワープ装置があります。使い方は…、分かりますね?」
方は目上の人に話しているかのように片言の日本語で言う。
これに対して三石は変わらず無言で、頷くだけだ。
方が最後に三石の声を聞いたのは、彼が操縦席に座る直前だった。
「子供を、頼めるか?」
「安全は保証出来ませんが」
「俺達ついて行くよりかはマシだろ」
その後、間もなくして三石は一式陸上攻撃機に乗ってここから追い出されるように月光が溢れる暗闇へと飛び立った。
方はその後ろ姿を見守ると報告のためにこの基地にあるテントと何ら遜色ない司令部のテントへと向かう。
テントの中には縦に長い粗悪な木製の机が置かれており、その一番奥に水を飲みながら方をタカのように睨む人がいる。
この亀のような顔をした彼はこの基地の司令長官であり、三石含める異世界からの人間の接待を任されている人物だ。
「司令。命令通り何も見せずに送り返しました」
「ご苦労。カラーテレビや今の日本の現状を見せていたら時間がいくらあっても足りないからな。ただ、事が上手く運び、想定の八倍時間が繰り上がった。…もう、一刻の猶予も無い。作戦開始時間を全体で一気に繰り上げ、三十分後に作戦を開始する…!!」
「了解…」
方は敬礼をした。
そしてテントを出ると、深いため息が出た。
ーーーあの男との約束を守ることだけは、するか。
ゾンビのようなフラフラな足取りで死んだように静まり返った軍事基地を進む。
その間、方はイタリア語で延々と「ごめんなさい」と口ずさんでいた。
それ程までに、この作戦は残酷で、勝機が無いものだった。
この時、すでに国連側は無尽蔵に生産される機械のようにやって来る異世界の軍団と天狗という空想上の妖怪を捕らえるべく暴れ牛のように来る三本腕の化け物の三つ巴で劣勢に立たされていた。
彼らはインド洋に突然現れ、対話の余地すら無く開戦。
当初は地の利があった国連が有利だったが、無尽蔵に押し寄せる物量に押され、三本腕の化け物にアフリカ大陸、異世界の軍団に東南アジアへの上陸を許した。
すでにこの段階でアメリカ海軍は約半数の艦艇を喪失しており、東南アジア戦線やアメリカ戦線に回す艦艇は無い。その結果、制海権が重要だった東南アジア戦線はものの数ヶ月で崩壊。
今や異世界の軍団は沖縄や九州、台湾を始めとする東シナ海の島々へと侵攻していた。
三石の乗る一式陸攻はちょうどその辺の上空を飛んでいる。
操縦席から見える下の景色は洋上なのにまるで大都会のように明るかった。
「アレ、何だと思う?」
一見機内には誰もいないように見えた。
だが、何処からとも無くフワフワと浮かぶ小さな人魂のような白黒の炎が現れる。
人魂は三石の操縦席まで来ると、彼の肩に着陸した。
そしてどこに目があるかは分からないが、下を見たのだろう。
「船だな。アレは」と返す。
「そうか。どうも。坂井」
人魂になってしまった坂井は嬉しそうに白黒の炎を揺らす。
「さて、坂井。書いた通り命令書は取ってきたか?」
「バッチリよ。まさかあんな形で指示を出すなんて」
「完璧だっただろ。結局あの方法が一番だ」
人魂の坂井はインコが書類を咥えて飛んでいるかのようにフラフラと飛行しながら何とか三石の膝に数枚の書類を置く。
三石はその書類を片手で拾い上げ、一枚一枚慎重に見る。
その中の一枚にはフローズンが次元加速域から送ったメッセージが書かれた物もあった。
そして、ついに、三十分後に発動される作戦概要の書類を見つけた。
作戦は、「累乗ワープ装置を付けた一式陸攻を無事退避される為の陽動と敵艦隊へ一矢報いる」とデカデカと書かれている。
国連側の参加艦艇は一隻の原子力空母率いる巡洋艦一隻、護衛艦九隻だった。
一方敵予想戦力は空母十隻、戦艦五隻、駆逐艦八十隻の大艦隊である。
坂井は一目見て、国連がどんな戦術をとるのか、分かった。
原子力爆弾で敵艦を一掃。生還率は軽く見積もってかつての特攻作戦と同じほど。
人魂は三石を試すかのように顔の目の前でフヨフヨと浮かぶ。
三石はなぜ、全員が時間が無いと言っていたか痛いほど理解した。
だが、ぬまかぜに乗った時、いや、伊八でもといた世界に帰れると知った時、違う、異世界に来た日からずっと思っていた唯一の事。
家族に会う。
その事が出来ていなかった。
文面を見る限り、国連側は敗北は目に見えて分かっているようで、いち早く三石達を異世界に送り返し、未来を変えることを望んでいる。
世界の命運は、三石の握る操縦桿次第だった。
このまま行けば三石は再び異世界に戻る。だが、横に倒せば異世界には戻らない。
坂井は無言で操縦桿がどちらに倒れるかを見ている。
一式陸攻は後に監視するように付近を航行していた空母のレーダーから煙のように消えてしまった。
初投稿の作品でした。
近い内にこの作品は削除します。ありがとうございました。




