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我が家の天井が吹き飛んだのだが!?

 目が覚めた。

 ゴホッゴホッゴホゴホゴホッ。

 激しい咳が出る。今までずっと長い夢を見ていたような気がする。

 僕は黒い斑点が視界を覆う中、壁にぶつかりつつも洗面台へと向かった。

 そしてそこにある鏡を覗き込んだ。

 鏡にはキチンと秋雲幸一の顔が映り込んでいる。

 僕はホッとして居間に戻り、床にバタンと腰を下ろす。

 今着ている服は格好つけて買った自分の身体に比べてデカい服。

 寝間着になっているが、行こうと思えば外にも出れる。

 僕はテレビを着け、冷蔵庫に入っているプリンを取り出す。

 テレビは問題無く作動し、いつもの顔ぶれが画面の中で口を動かす。

 彼らは本気で何かを議論しているようだが、僕はその姿を見ながら椅子に座り、プリンを口に運ぶ。


 僕は幼い頃から感情を言葉で言い表せなかった。

 だから、話すのが苦手でかなり周りに迷惑をかけたと思っている。

 そんな僕を初めて会社や親友以外の人が話し掛けてくれた。確かにキツかった。バナナしか食べていない時もあった。でも、楽しかった。


 パリン!

 窓ガラスが割れた音が部屋に響く。

 それと同時に僕は我に帰る。

 自然と目からは涙が流れていた。

 窓ガラスが割れた部屋には畳の床が張り巡らされている。窓ガラスは畳にガラスの木を生やし、部屋に踏み込もうものなら怪我をする。

 これは大問題だ。

 「窓の修理代高いんだぞ…」

 僕はゆっくりと床に刺さるガラスを慎重に、一本一本引き抜く。

 そんな僕に割れた窓から吹き込む冷たい夜風がそっと背中を撫でた。

 外を見ると何一つ欠けていない満月が空に浮いていた。

 その月を隠すようにベランダに普通の人に比べて一際大きな巨体を持つ者がいた。

 その者は三つの黒い線が縦に入った仮面をつけ、上下に学ランを着ている。

 そいつが割れた窓を乗り越え、畳に足をつけると、畳は踏まれた場所から徐々に陥没していく。

 僕は窓ガラスを拾うのを止めてすぐに廊下に駆け出す。

 ただ、あまり驚いたと言う実感は無い。

 確かに僕は廊下に逃げたが、内心は平常である。別に強がりでは無い。

 「天狗の末裔よ…」

 そいつはずっと低い声でそう言いながら迫って来る。

 廊下の高さが低く、頭が天井に接触しているが。


 玄関の目と鼻の先まで来ると、僕はクルリと向きを変え、再び巨体の者と向かいあう。

 そしてしばらく見つめ合った。


 巨体の者は不気味だが、自然と目を引き付ける赤く光る右手を僕の顔の前に押し出した。

 その右手はすっぽり僕の顔を覆うとまでは行かないものの、帽子よりも大きな物が頭に被さった感じだった。

 「扉は開かない…。あなたの母に会わせてあげる」

 赤い閃光が文字通り僕の目の前で発生した。

 僕は咄嗟に目を閉じる。まるで分かりきっていたかのように。


 目を閉じたと同時に背中からほのかに気持ちの良い温もりが感じた。

 そしてその温もりは血液のように全身を駆け巡る。

ーーー気持ちがいい。

 気を抜けばすぐにぽっくりと寝てしまいそうだ。

 「秋雲、後ろに振り返って手を跳ね除けろ!」

 上司のクサウオの声が玄関にこだました。

 僕はすかさず言われた通りに背中に手をやって触って来た手を振り抜ける。

 「よくやった!」

 パンパンパンパン!!

 銃声が部屋に響く。

 もちろん銃を撃っていたのはどこから入って来たのか、クサウオだった。


 クサウオは細身で二メートルの身長が更に高く見える人だった。髪はボサボサで肩を超えて伸びている。

 

 クサウオの射撃は的確で全弾、巨体の者の背中に命中している。

 「今の内に家を出ろ。駐車場にいる車に乗れ!」

 僕はすぐに扉の鍵を外し、強引に扉を押し開けると、飛び出すように家を出た。

 その後を小さな影が追っていたのを知るのは間もなくだった。


 僕が去った家の中ではクサウオと巨体の者が面と向かって対峙していた。

 クサウオは二メートルほどの身長があり、かなりの高身長だったが、それを上回る巨体の者はまさに巨人の子供のような感じだった。

 「クサウオか。貴様はいつも厄介な時に現れる…」

 「へ〜い。褒め言葉か?照れるな」

 「覚えておけ…。()()した者よ」

 「それはお互い様じゃないのかな?」


 ドーン!


 僕の家から耳がとれそうな爆発音とこのアパートを揺るがす振動が起きた。

 振り返ると、僕の部屋は大量の土煙が舞い上がり、近くの街頭の光と月光を遮っている。

 「急ぐのじゃ。ほれ走れ!!」

 気が付くと、雲神が僕の服の裾を掴んで無理矢理駐車場へと連れて行こうとしていた。

 僕はされるがままに階段を駆け下り、明かり一つ無い駐車場へと足を踏み入れる。

 すると、ブルンというエンジンの音と共にまるでろうそくが灯るかのように明かりを付けた小型のトラックが現れた。

 「アレじゃ」

 雲神はトラックの荷台にある馬車にでもついていそうな布の天幕を開け、僕をその中に強引に押し込める。

 「二人とも乗ったか?行くぞ!」

 運転席から久しぶりに聞くナマズの声がした。

 ナマズはこの荷台からは見えないが、濃いヒゲを生やしており、外見だけは三十代の人当たりの良さそうな人に見える。本性は別として。


 トラックは猛スピードで駐車場を出、目の前の大通りを矢のように走る。

 街の中はこのトラックのエンジン音しか聞こえない。明かりも月光と街灯以外何もついていない。店の看板でさえも真っ暗である。

 どうやらこの逃走劇は事前に準備された中で行われているらしい。

 だが、その肝心な鬼役は、今だ僕がいたアパートで立ち往生している。


 鬼役はもちろん秋雲曰く巨体の者だ。

 彼女はクサウオともう一人、このアパートの中で最も怒らせてはいけない僕の下の階の人と激闘を繰り広げていた。

 下の階の人は白い色の可愛らしい寝間着を着ているが、ゴリゴリの筋肉マッチョである。どうやら最近、筋肉自慢している内に寝間着が大破したようで、この寝間着は新しく買った物だそうだ。


 クサウオは遠距離からちまちまと拳銃で狙い撃ちにし、下の階の人は闇夜に紛れて岩をもかち割ると言われた拳を何度も叩きつける。

 しかし、巨体の者はまるで蚊でも止まっていたのかと言う感じで、倒れる気配も無ければビクともしていない。

 実は巨体の者は赤く光る右手さえ当たれば勝ちである、が、最低でも一秒間当て続けなければならない。

 その辺はクサウオ達も理解しているようで、一撃与えたら逃げるを繰り返す、一撃離脱を繰り返している。

 巨体の者は二人を追いかけようとするも、全く追い付かない。


ーーーこのフォルムではいけないか。

 巨体の者はビタリと追いかけるのを止めた。

 クサウオ達もそれを見て逃げるのを止める。そして、お互いに顔を見合せ、仁王立ちをしている巨体の者にそれぞれ飛び掛かる。

 下の階の人は相変わらずその拳で殴り続けた。

 分かってはいたが、ビクともしていない。


 クサウオは先ほどまで使っていた拳銃をしまい、服の中から異世界で見かけた物と同じ形の拳銃を取り出す。

 1890年型対艇用12mm回転式拳銃。

 ただ、それとは何となく形が異なって見える。

 銃身が多少長く、回転式拳銃の“回転式”の構造が消えていた。そこの代替には火縄銃の装填構造が採用されている。いっそのこと火縄銃を名乗っても問題無い外見だ。

 つまり、かなり古めかしい外見になっているのだ。

ーーー1868年型対艇用12mm拳銃。

 それがこの拳銃の名前だった。


 装弾数が一発しかないこの銃は文字通り一撃必殺。

 しかし、その分、威力は十二分であり、装弾数と言う弱点を補って余りあるほどだ。


 クサウオは瞬く間に距離を詰め、この拳銃を巨体の者の足に向ける。

 もう二人の距離は拳を伸ばせば当たる距離だった。


 ドン!


 この銃の発射音は洞窟の中で大きな太鼓を叩いたような不思議な音を奏でる。


 辺りはこの銃特有の発射後に出る大量の白煙に包まれた。

 クサウオは感覚が吹き飛んだ右腕をブラブラさせながら白煙を掻き分けて出て来た。

 ようやく静かになった周りを見渡すと、アパートは半壊、白煙は夜霧のように辺りを覆っている。

 「…さて、どうかな?」

 クサウオは1968年型対艇用12mm拳銃をしまい、先ほどまで使っていた拳銃に切り替えた。

 そして白煙の立ち込める場所に構え続ける。

 しかし、もうそこには巨体の者はいなかった。

 彼女はすでにクサウオの背後に回っていた。

 クサウオが気付いた時にはすでに遅く、巨体の割に昆虫のように細長い左腕がクサウオの腕ごと体を締め付けている。

 体はスッと宙に浮き、足はどれほど抵抗しても地面に着かない。

 「ここまでか…?」

 巨体の者はどこか嘲笑うように笑いを含んだ声で言う。

 「ぐぬぬぬ」

 クサウオはうめき声を上げながら後ろを見る。

 そこには仮面を外した巨体の者がいた。

 素顔は、まだ見えない。

 今度はカマキリのような仮面を着けていた。このカマキリのような仮面は彼女が戦闘モードに移行したことを示していた。


 左腕の締め付けは徐々に強くなる。

 骨がミシミシと音を立て、心臓の鼓動がバクバクと動いているという事を今までで最も感じた。

 このまま行けば胸骨と背骨がご一緒するのは時間の問題だった。

 だが、クサウオがいくら抵抗しても、この左腕は岩のようにビクともしない。地層の裂け目に押しつぶされている気持ちだ。


 バチン!!

 割とぶたれたら痛そうな音が響く。それと同時に締め付けられ、ただでさえ痛い身体に背中から殴られたような振動が指先まで届いた。

 これは流石に堪え、声は出さなかったものの、全身から汗が噴き出る。

 もちろん、この振動の原因は下の階の人だ。

 彼はクサウオが締め付けられている中、白煙の中に紛れ、こっそりと巨体の者の背後に回り込んでいた。

 そして全身全霊の拳を叩き込んだのだ。

 巨体の者はクサウオを放し、おぼつかない足取りでしばらく前にフラフラと歩く。


 クサウオは放されると地面に大の字で横たわる。

 「止めだ」

 それが倒れ込んで最初に言ったことだった。

 「もういいですか?」

 下の階の人が構えを解き、拳をパアにしてから確認するように聞く。

 「もういい。“右曙霊(ゆうしょれい)”だったけか、後は頼んだ」

 「…記憶喪失ですか?」

 「頭が痛いだけだ。…合ってるよな。そこの?」

 巨体の者こと右曙霊はクサウオ達を遠くから見つめながら頷く。

 右手には刀のような刀の“絶対中立を作る剣二式”が握られている。しかも、それはレプリカでは無い。絶対中立を作る剣を作成したヒラが作った二式の原作だ。

 つまり、絶対中立を作る剣と同じ能力を持っていた。


 クサウオは横たわりながら駐車場の奥にある道路の片一方を指差しながら、

 「右曙霊さんよ。アッチだ。アッチ側に秋雲達は行った」

 と言う。

 「感謝する」

 「どういたしまして」

 右曙霊はその道路に立ち、今にも走り出しそうであった。

 「あっ、ちょっと待った」

 すると突然クサウオが呼び止める。

 右曙霊は仮面を着けているが、間違え無く怪訝な顔をしているのが分かる。

 「約束通り、俺の娘は育ててくれたか?」

 その言葉を聞くと、右曙霊はカマキリの仮面を強引に外す。

 すると、あの巨体の身体にみるみる淡い光が纏わりつき、やがて覆われた。


 光が消えると、そこに立っていたのはこの右曙霊の本人とでも言えばいいのか、巨体の者の身長の半分以下ほどの袴を着た女性が立っていた。

 長い黒髪が夜風に吹かれ、その姿を月の代わりに街灯が照らす。黒髪に光が反射し、神秘的な姿でそこに立っている。

 黒髪の合間から見える白い肌は幽霊である事を物語る。


 彼女は白い指を二本立ててクサウオに自慢気に微笑んだ。

 「ちゃんと育てた」


 クサウオは心に草原に吹くような優しい風が舞い込んだ気がした。

 「ありがとうな」

 「お互い様。こちらこそ秋雲をありがとう」

 彼女はそう言ってそのまま道路を走って行く。

 確かに彼女は速いスピードで走るが、アレでは秋雲達の乗る車に到底追い付けない。


 「気を利かせろや」

 クサウオが横たわりながら言った。

 「は?」

 下の階の人は嫌な顔をしながら言う。

 その顔はだいたい次に何を言われるのか、分かっているようだった。

 「確か、一年分の給料で買った車があるよな?」

 「…はて?」

 あくまで何のことだか、最後まで知らないフリをする気である。

 「あの車の真価、今しか発揮出来ないぞ」

 「…ハァ」

 下の階の人は元々すぐに諦める性格だった。

 そのためすぐに折れた。

 「車に穴は…、空きませんよね?」

 「スマンな」

 そう言ってクサウオが懐から取り出したのは原型すらとどめていない薄く広がった無線機だった。

 先ほど右曙霊に抱き着かれた時に一緒に潰れたのだ。

 これでは作戦行動中の味方に命令を送ることは出来ない。

 「…修理代、一部負担して下さいね?」

 クサウオはうんとも言わずにずっと微笑んでいるだけだった。


 間もなく、アパートの残骸が転がっている駐車場に一台の真っ白な車が眼光のような明かりを灯して右に左にキョロキョロと動いては引っ込んでいた。

 角張った大型の車体が怪しく見えるほど挙動不審である。

 「何やってるの?」

 クサウオが叫ぶ。

 するとすぐに車の窓が下に下がり、空いた場所から下の階の人が身を乗り出す。

 「パンクしないように動いてるんだよ!!」

 そう言って魚のようにすぐに引っ込む。

ーーーそこまで警戒するかな…。

 そんな疑問を抱いたとしても、車の知識に乏しいクサウオはついに納得出来るような答えが出なかった。


 やっと車が道路に出た。

 車は駐車場で見せたチグハグな動きが嘘のように夜道を走る。

 だが、クサウオはその車の中には居なかった。

 彼は相変わらず駐車場で伸びている。

 やはり車のスピードは速く、瞬く間に右曙霊の走っている場所まで着いた。

 右曙霊の少し先に行き、徐々に速度を落としながら彼女の針路を遮るように停車する。

 必然的に彼女も止まった。

 「何か私忘れ物したっけ?」

 車の窓がゆっくりと下がる。

 「現代には欠かせない速い乗り物をお忘れですぞ。お嬢さん」

 下の階の人は親指を立てた腕を開いた場所からこっそりと覗かせて言った。

 「タダだよね?」

 「タダじゃなかったら先ほどのセリフはウザい人ですよ…」


 右曙霊はすぐに車の後部座席に乗り込む。

 それを見終えた下の階の人はアクセルを踏み込み、再び街を疾走する。

 右前から太陽が顔を出し、街灯しか灯ってい無かった街の姿がより鮮明に分かる。


 この車は、大金をはたいて買っただけはあった。

 かなり先に出ていた秋雲達が乗る車をついに視界に収めたのだ。

 道はしばらく直線が続く。

 勝負をかけるなら、今しか無い。

 「お嬢さん。どうしましょうか?」

 「このまま追い続けて。後は私で出来るから」

 「了解!!」

 エンジンが呼応するように更にブオンと音を出す。

 このまま行けば追い付くのは時間の問題だった。

 車の性能面だけで見れば。

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