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テアケタル島沖海戦(前編)

 伊八は穏やかな海中からテアケタル島へと向かい、そして、着いた。

 アイ曰く島の北側に泊地があり、そこに停めているとのことだ。

 潜水艦からコンクリートの桟橋の上に立つとなんと言うか、開放感が並々ならない。

 辺りを見回すと泊地は古びた船や中には大砲を積んでいる艇までいた。

 どうやらこの泊地は特殊なようで目の前に巨大な崖がそびえ立っている。土砂崩れでも起きたのか急な坂道があり、そこから上に登れそうだ。

 「どうしましょうか?」

 ガルムが坂道を見つめる坂井の隣に立って言う。

 「どうするも何も、待機じゃないか?」

 そう言って伊八が止まっている桟橋を見ると、ルナが船酔いを起こしたようで、休憩をしている。

 やはりあれほど空母印旛沼の波にやられて上下していたら船酔いは起こる。

ーーー待機かな。

 そう思っていた途端、形容の出来ないほどの爆音と共に空気が揺れた。

 その爆音は何度も連続して起き、地面まで揺れる。

 「お~い。そこの暇そうな二人!!」

 アイが叫ぶ。

 「そこを登って様子を見てきてくれないか?」

 「分かりました!」

 坂井とガルムは飛び付くように坂道を登り出す。


 すると坂道を登っている最中、飛行帽が角張った岩に引っ掛かって風に揺られているのが見えた。

 とりあえず坂井はその飛行帽は無視して坂道を登り切る。

 「どこに行けばいいですかね?」

 「うーん」

 坂井はキョロキョロと近くを見るが、いい感じに辺りを見回す事が出来る高台が無かった。

 山がドンとあるだけだ。

 しかも、その山を登るために手前にある森を越えて行かなければならない始末である。

 こうしている間にも爆音が島を覆い尽くす。

 目を凝らして森の中を見ると緑色の中から一際目立つ赤い鳥居のような構造物が見えた。

 「あそこに行こう!!」

 坂井はまだ見つけきれてないガルムを引っ張るように赤い鳥居の場所へと走る。

 森の中はなかなか太陽が入ってない薄暗い環境だった。

 それに加えて腐った倒木や低木が坂井の前に障害物のようにある。

 だが、元陸上部で障害物競走が得意だった坂井はこれっぽっち楽勝と思いながら飛び越える。


 しばらく走ってやっと赤い鳥居の下に着いた。

 そこには立派な神社が構えられている。

 これほど立派なら神主が居そうなものだが、見当たらない。

 鳥居から泊地とは逆側の海の方向を見ると、爆音と共にキラッキラッと閃光が走った。

 子供のようなワクワクと高揚感が胸の中から込み上げてくるのを感じる。

 眼下で行われている海戦。

 二人はまるでサッカーの試合でも見ているかのようにそこに目が釘付けになった。


 爆音が鳴り響く少し前、大日帝国第一艦隊旗艦川内艦橋。

 その狭い部屋中には大日帝国海軍を象徴する名だたる海軍軍人が集っていた。

 中でも目を引くのは第一艦隊司令長官羽鶴大和大将だ。

 羽鶴は一枚の手紙を見ながらため息をついていた。

 その手紙の送り主は旧友の金条龍先だった。

 「大将、大丈夫ですか?」

 ため息がいつもより多い羽鶴を心配して彼の腰巾着の参謀長が聞く。

 「大丈夫な訳あるか。どこの国の提督もこんな感じに心労が尽きないのだろうな」

 「と、言いますと?」

 「クロイ戦争の停戦のチャンネルを見つけろと旧友から手紙が来た」

 参謀長は誰が送り主か分かったようで、小刻みに首を縦に振る。

 旧友とは言えど一般人からなら普通に無視しても構わないが、金条となると話は変わる。

 金条家は大日帝国に一定の発言権がある大貴族だ。しかも、金条家は言わずとも知れた世界で確認されている中で唯一、攻撃魔法を使える金条龍先。海軍の中だと第一航空戦隊司令長官金条十太郎大将がいる。

 とてもでは無いが、無視は出来ない。それと、私情だが、堅物の金条十太郎に目をつけられたらたまったものではない。

 しかし、大本営はワ国を徹底的に潰せとしつこく命令書を送って来る。

 挙げ句、今日は戦場に現れた謎の空母の()()が発令された。

 「やはり、何かがおかしい」

 羽鶴は眉間にシワを寄せて手紙を再び見る。

ーーー大本営と金条家が対立している。

 当初から疑問に思っていたが、クロイ戦争の開戦前から異変は多々あった。

 海軍は突然対カ国構想から対ワ国構想にシフトし、唐突に川内型戦艦や加古型空母を建造。陸軍も最初こそは戸惑っていたが、トップが変わると対ワ国構想を打ち立て、それを実行した。

 「参謀長」

 「ハッ!!」

 羽鶴は自らの白いヒゲを撫でるように顎を触りながらまだ若々しい参謀長を見る。

 「我が艦隊にバナナを積んだ艦は居ないか?」

 「その…、ボイコットする気ですか?」


 川内の後ろには軍艦の長蛇の列があった。

 川内はマストに旗旒信号を掲げ、まだ艦隊の半分にしか伝わっていない頃に艦首を右に向ける。真後ろにいる戦艦那珂も恐らく多少混乱しただろうが川内に続く。

 「まだ合流していない第一航空戦隊に何て言いましょうかね」

 参謀長はどうやらこの事が気がかりなようでボソリと言葉をわざとらしく漏らした。

 「同じだ。バナナを積んだ艦がいたため、撤退中で十分だ」

 「人生十三度目の始末書を書かないといけませんね…。こんな理由の撤退、前代未聞ですよ」

 「こんな理由でも撤退出来る世界にするのが俺達の今からの仕事だ。泣き言言うな」

 参謀長は苦笑いをして羽鶴に従う。

 すると通信長が「我が艦隊内部より入電。現在の位置と艦艇の数を報告中!!」と叫んだ。

 艦橋にいた全員は一瞬で険しい顔になる。

 羽鶴は「それは暗号で打電されているか?」と参謀長と話していた時のような変わらない口調で言った。

 「いえ、全く暗号化されていません」

 「さすが特別任務遂行隊と言った所か…。全艦、対艦警戒を厳とせよ」


 川内の甲板に次々と乗組員が上がって来る。万が一に備えていつでも戦闘配置に就けるようにだ。

 すでに回頭は右九十度に行きそうな頃である。

 「前方に艦影多数」

 方位で言えば西にワ国海軍第一艦隊と第三艦隊を見たのだ。

 この一報を受けた艦橋は森のように静かだった。

 壁のように遥か先に立ち塞がる艦隊はまさに敵としての畏怖の念を抱く。

 この時、大日帝国第一艦隊は数的不利かつ陣形的不利の両方を抱えていた。

 まず数的不利だが、大日帝国第一艦隊は現状、駆逐艦や水雷艇を随伴しておらず、川内型戦艦二隻、秋暮型戦艦二隻、装甲巡洋艦六隻、通報艦一隻で構成されていた。

 一方ワ国海軍第一艦隊は超竹級戦艦三隻、愛竹級戦艦二隻、装甲巡洋艦四隻、防護巡洋艦四隻、駆逐艦十三隻。第三艦隊は川竹級戦艦二隻、印沼級戦艦一隻、防護巡洋艦三隻、駆逐艦十四隻の陣容だった。

 陣形的不利はすでに回頭している川内と那珂、秋暮型戦艦十一番艦如月がワ国艦隊に対して丁字の形になっていた事だった。

 唯一、秋暮型戦艦十二番艦名取が大日帝国艦隊の戦艦で回頭を初めていなかった。


 「川内、那珂、如月は回頭を百八十度にして続行。名取は川内の代わりに旗艦として艦隊を引き連れよ」

 羽鶴はすぐに言った。

 命令通り艦隊は進む。

 まだ距離は最も近い川内でも二万メートル以上は離れている。恐らくまだワ国艦隊は攻撃をしないだろうと羽鶴は見ていた。

 現にワ国艦隊は攻撃をせずにジッと静観している。


 ワ国艦隊に移る。

 艦隊の実質的トップ、ワ国第一艦隊司令長官大伴晴之大将は悩んでいた。

ーーーここで敵艦隊を壊滅覚悟で撃滅するべきか、撤退するべきか。

 そもそもこちらも指示が怪しかった。

 大本営は空母の拿捕であり、トリュテン中将は空母に向かう敵艦隊の撃滅。女王は和解せよと仰られた。

 大本営とトリュテン中将の命令はまだ分かるが、女王の和解せよはとてもでは無いが、厳しいものがある。

 しかも、現状こちらが有利だ。

 ここで第一艦隊の主力を撃滅する事が出来れば残る川内型戦艦は神通だけとなり、制海権を再度確保する事が出来る。


 悩んだ末に大伴は自身が乗る旗艦超竹のマストに「全艦戦闘配置」の旗を上げた。


 第三艦隊司令長官クラッキ大将は大伴大将から戦闘配置の旗が揚がっても直前まで迷っていた。

 クラッキは大本営とトリュテンの命令が届いてい無かったのだ。つまり女王命令しか届いていなかった。

 そして、大日帝国とワ国が極秘裏に和解に向けて動いているとの情報も持っていた。

 これがクラッキの判断を鈍らせる。

ーーーここで無理矢理にでも割り込んで戦いを止めるか。だが、大日帝国側が講和の件を知らなければ。


 結局クラッキの乗る戦艦川竹にも戦闘配置の旗が上がった。

 第一艦隊と第三艦隊は一列の単縦陣を形成して進んでいるため、洋上のヘビのような感じだった。


 大伴から見れば大日帝国艦隊はuの字に見えていた。

 川内とその後続に那珂、如月の二隻がついて来ているが、名取より後続は針路を変更せずに前進する。

ーーー艦隊は逃げる気だったが、途中で艦隊行動にミスが出たな!!

 結論は合っていた。

 しかし艦隊は逃げる気と言う勘違いが大伴の作戦立案の中心に立ってしまったことが後々に響いて来るのだった。

 「ここで敵の第一艦隊を撃滅し、制海権を我が物にする。その為にまずは名取とその後続の装甲巡洋艦を確実に沈め、後々の憂いを絶つ。取舵一杯!!」

 超竹の艦首は波を打ち砕きながら左に向く。波の飛沫は霧のように舞い上り、甲板を覆う。

 その後続も続々と左折する。

 その間、駆逐艦二十七隻は戦列から一斉に離れ、横一列に並んだ状態で川内、那珂、如月に魚雷を叩き込むべく最大速力で向かって行った。


 名取以下装甲巡洋艦六隻では明らかに荷が重い敵である。

 この陣容で東洋最強と呼ばれた戦艦三隻を有する第一艦隊と第三艦隊を相手取るのならば、他国の指揮官は撤退を決断する筈だ。

 しかし、戦艦名取の艦長は本艦ならではの特徴を十二分に理解していた。

 それは、新型石炭専焼機関の搭載によって従来の秋暮型戦艦の最大速力十八ノットを三ノット上回る二十一ノットと言う事だった。

 言わばこの時代の巡洋戦艦並みのスペックである。

 しかも、引き連れているのは速力と攻撃力のある装甲巡洋艦。

 速力では大日帝国艦隊側に利があった。

 「全艦最大速力。頭を取るぞ!!」

 名取の艦首には更に波がうめき立つ。

 二基四門の30cm連装砲が敵艦隊を睨みつけるように向いた。


 「距離八千メートル!!」

 そう誰かが叫ぶと、ついに両艦隊は同時に主砲を発射し、海戦の火蓋を切った。

 共に第一波の攻撃はかすりもせず、それぞれ明後日の方向に水柱を立てた。

 そこからしばらくはなかなか当たらなかった。


 その間にワ国艦隊側は陣形変更を行う。

 ワ国艦隊は戦艦名取率いる装甲巡洋艦に丁字の形を取らされていた。

 従って単縦陣の陣形のため、攻撃しているのは戦艦超竹とその後に続く超竹級戦艦弐番艦総竹がほとんどだった。

 これでは眼前の艦隊を殲滅するので超竹級戦艦が戦闘不能になり得ないと危機感を覚えた。

 第一艦隊はそのままの針路で主に第三艦隊が動く。

 第三艦隊はなんと、右に針路を向けて名取率いる装甲巡洋艦六隻と平行の形になったのだ。


 この艦隊行動が終わった頃にはすでに距離は七千メートルを切っており、とんでもない近接戦闘になっていた。

 名取率いる装甲巡洋艦から集中砲火を浴びた戦艦超竹は中破炎上し、そこから出る黒煙が第一艦隊を覆う。

 一方、大日帝国艦隊の装甲巡洋艦も被害甚大であり、六隻中三隻が炎上や操舵不能で戦列を離れていた。

 そこに更に第三艦隊の砲撃が殺到する。


 ついに戦艦名取も大破した。

 艦中央部から後部は火災に包まれ、使える主砲は前の一基二門のみ。

 その主砲は時折、思い出したように火を噴くだけだった。

 「艦長、早く退官命令を。機関にまで火災が及びました」

 厚い鉄に囲まれた狭い司令塔にはもはや艦長と通信兵と航海長しか生き残っていなかった。

 航海長は艦長の足元でウーンと唸りながら傷口を抑えている。

 通信兵も艦長も換気性の悪い司令塔になだれ込む二酸化炭素によって意識が朦朧としていた。

 「まだだ。川内が来るまで耐えろ!!」

 艦長は通信兵がどう言おうともその事しか叫ばない。

 更に敵弾が当たる。

 名取の丸い二本煙突は原型が分からないほど破壊され、ぐにゃぐにゃな鉄塊に成り果てた。後部は甲板が剥ぎ取られ艦内からでも空が見える。

 もうここまでされたら沈んでくれと叫びたくなってしまう。

 それでも、戦艦という艦種故か、炎上するだけで一向に沈む気配が無い。

 第三艦隊司令長官のクラッキ大将もこれには驚いたようで、艦橋に上がると、双眼鏡でずっと名取を眺めていた。

 「本艦にあそこまでの耐久性があるかどうか…」

 それが感想だった。


 では、名取の希望、戦艦川内は何をしているのか。

 川内と那珂、如月は戦列から離れていたが、再び戦列に加わるべく面舵一杯をしていた。

 ちょうどそこにワ国第一艦隊と第三艦隊から放たれた駆逐艦二十七隻が刺客として現れる。

 三隻は各々回避運動をして魚雷を避ける。

 川内型戦艦自慢の34cm連装砲四基八門は何と駆逐艦に対して発射されていた。

 実に皮肉な光景だった。

 駆逐艦の搭載する魚雷を避けるためにダンスを踊り、超竹級戦艦に対抗するために設計した34cm砲は宿敵の戦艦超竹が目の前にいるにも関わらずに駆逐艦に対して火を噴いていた。

 羽鶴は艦橋で唇を噛み締めながら川内艦長の魚雷回避行動を指示する様子を眺めている。

 もはや羽鶴には出来る事は無い。

 ただ己の未熟さを痛感する時間が刻一刻と過ぎていく。


 川内艦長は優秀な海軍軍人として名が通っていた。

 艦長は水雷長や砲術長の経験やワ国の名将山汐大将から教わった魚雷回避術を今、遺憾無く発揮している。

 しかし、那珂と如月は悲惨な惨状だった。

 如月は左に三本、右に二本命中、沈没。

 那珂は急造艦だった事もあり、艦の大きさの割に耐久性に問題を抱えていた。特に顕著だったのが喫水線下の防御である。

 三本の魚雷を左舷に食らい、船体は左に傾きつつあった。

 その様子を嘲笑うように駆逐艦は那珂の前をウロウロとする。

 一応、駆逐艦の数もすり減らされ、今や九隻しか洋上に姿が見えない。


 ちょうどこの頃に坂井達が神社に到着し、この戦いを見守っていた。

 ただ、見物人は坂井達だけでは無い。

 空にもいる。

 第一航空戦隊空母加古の艦載機が上空から戦いの様子を見ていた。

 「我が第一艦隊、非常に劣勢なり。全機緊急発艦の必要あり」

 艦載機の搭乗員はそのような内容の暗号をずっと空母加古に送り続けていた。

 金条大将はもちろん「全機発艦」を命じた。

 上空は三隻の空母から放たれた爆撃機と雷撃機で覆い尽くされる。

 もちろん中には村田の乗る雷撃機もいた。

 雷撃機と爆撃機は隊列らしい隊列も組まずに各々戦場へと向かって行く。

 これらの航空機の到着によって海戦はまた新たな局面に移行する事になった。

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