強行着陸(後編)
三石の乗る零戦が空に消えた直後、坂井達は魂が抜けたように呆然と三石が消えた空を眺めていた。
間もなく消える黒煙で描かれた軌道が三石の行き先を示している。
「三石だから、大丈夫な気がしないか?」
坂井は甲板に落ちていたバールを拾い、それを杖代わりに片足を抑えながらゆっくりと立ち上がる。
ガルムはすかさずそれを補助をする。
「ほら、行くぞ。フローズンを連れて帰るんだろ?」
ガルムは小さく頷いた。
右舷にある艦橋の扉から坂井達は艦内に入った。
艦内は赤いランプが灯り、艦内放送が流れていた。しかし、艦内放送は何を言っているのか全く分からず、坂井達にとっては単なる雑音にしか聞こえなかった。
「坂井さん、艦橋を目指しましょう!」
「OK。…階段じゃないよね。エレベーター使わない?」
「ここ、今敵地ですよ?」
「ゲームや映画とかじゃ敵地のど真ん中でエレベーター使ってるから大丈夫」
坂井は嫌がるガルムを無理矢理連れてエレベーターへと向かう。
エレベーターは何の問題も無く作動し、ガルム達にも扉を開く。
「一番上の階のボタンを押せばいいですよね?」
「たぶん…な」
ガルムがボタンを押したと同時に坂井は崩れ落ちた。
バールがガンガンと音を立てる。
「坂井さん!?」
ガルムはすぐに坂井の近くへ行こうとしたが、それと同時にエレベーターの扉が開いた。
二人は自然と息を止めて目を見開く。
エレベーターの扉が空いている時間が永遠にも感じた。
しかし何が起きるでも無く、エレベーターの扉は二人を包み込むようにパタンと閉じた。
ガルムは閉じたエレベーターの扉を見ながら口を半開きにして固まっていたが、ハッとしたように我に帰る。
そして坂井に近寄った。
坂井は足を抑えながら苦悶の表情を浮かべて苦しんでいた。
顔にはたくさんの汗を滝のように流している。
「手を貸しましょうか?」
「いい。…このままにしておいてくれ」
目は砦の門のように硬く閉じられ、うめき声を上げる。
「速く終われば俺も楽になる。だから速く行け」
坂井はそう言ってガルムをそっと押す。
ガルムはコクリと頷き、エレベーターの扉を開けた。
艦橋はレバーやボタンがこんなについて何に使うのと言った感じの机が城を守る壁のように張り巡らされている。
城のポジションに当たるのはもちろん艦長席だ。
そんな艦長席には誰も座っていなかった。
ガルムはキョロキョロと見回すが何も見つけられずにいる。
その背後を取るように一つの人影が近付いていた。そして、それは一気に牙を向けた。
「ガルム、手を挙げて」
ガルムは背後から声を掛けられた事が分かり、しぶしぶ手を上げる。
この声は、フローズンだった。
この人を連れて帰ればいいが、今フローズンがどちら側なのか分からない。
そう考えている間にバタンと倒れる音がした。
振り返るとフローズンが倒れている。今日はやけに倒れる光景を見る。
フローズンの背中には包帯がグルグルに巻かれ、もう一人協力者がいた事を物語っていた。
普通に考えればラソビエだが、彼女はもう。
バタンゴトンドゴン!!
今度はエレベーターからまるで争っているような物音がした。
エレベーターには坂井がいる。
フローズンを飛び越えてエレベーターに向かう。
ボタンを連打するとエレベーターの扉は親切に何のためらいも無く開いた。
中には大の字で横たわっている坂井とその上に正座で座るシュテルベンがいた。
「やぁ、調子はどうだい?」
明るい口調で話しながら彼女は立ち上がり、服に付いた埃を払う。
坂井もシュテルベンが退くと、バールを片手に立ち上がる。
よりによって現状、レーベン並みに会いたくない人物に会ってしまった。
シュテルベンはガルムの横を通り抜けてエレベーターを出る。そして倒れているフローズンの近くへ向かう。
「全く、まだ完治してないのに動いちゃって。困るな。ドラちゃん来て」
エレベーターがまたバタンと鳴る。
ドラが降ってきたのだ。
天井を見ると、なるほど。穴が空いている。
さっきの物音はこの穴を開けてシュテルベンが落下した音だったのだ。
「また治療室に運ぶの?」
ドラが聞く。シュテルベンは顔を横に振った。
「いい。もうここで回復させる。ついでにそこの人もね」
そう言った彼女の視線の先には足を引きずりながらエレベーターを出る坂井がいた。
フローズンと坂井はドラによって艦長席の隣に寝かせられた。
一仕事を終えたドラはガルムを連れて再度エレベーターに乗る。
ドラは別の階に行く訳でも無く、扉を閉じて、その後は何のボタンも押さなかった。
「さて、ガルム君。数十年ぶりだね」
「そうですね」
最初は久しぶりに会った友達のように喋っていたが、結局、段々と話はなぜ空母にいるのかへとシフトして行く。
「ガルムはどうしてここにいるの?」
「…元いた世界に帰るためです」
ガルムはかなり震えた声で言った。
結局、彼女達は敵だった存在。レーベンやモワがいない今、ヒルノフエから物を、試製累乗ワープ装置を奪う事も容易い。
どうせ次には「どうやって?」と方法を聞いてくるに違い無い。
「そうだろうと思った。例の試作品が完成していたんでしょ?」
彼女は笑いながらそう言う。
「いいよ。今だけ協力してあげる。もう“やかぜ”を失った私達にレーベンなんて止められないけど、君達をここから出す事は余裕だね」
「“やかぜ”?」
「色々とあったんだよ。命からがらテレポートして今ここにいるって訳」
その後更に大笑いをした。
一方、艦橋では治療がフローズンが終わり、あとは坂井だけになった。
フローズンは安心したのかスヤスヤと眠っている。
「ねえねえ。君、なんて名前?」
「坂井」
凄く無愛想に応えているが、回復中も痛い所は痛い。
「へぇ~。ところで、足に古傷がたくさんあるけど、心当たりある?」
「高校生だった頃、陸上部だったので」
「…高校か。良いところだった?」
「母校の悪口は言えない者で」
「なるほど」
治療は瞬く間に終わった。
坂井はさっきまでの激痛が嘘だったかのようにスッと立ち上がる。
「ありがとうございます」
「ふむ。よい返事だ。褒美に良いことを教えてあげよう!」
シュテルベンは坂井の耳元で囁くような声で「君達の敵はカ国だよ」と言った。
耳元から離れると、意味ありげにクスリと笑う。
坂井は特に何とも思わず、もしくは声が小さ過ぎて聞こえなかったのか、何も言わなかった。
エレベーターの扉を開けるとドラとガルムがすぐに出て来た。
「終わった?」
「終わってなかったら呼び出さないから大丈夫だよドラちゃん。まぁ、別の意味で終わったら呼ばないけど」
シュテルベンとドラが話している隙にガルムは坂井とフローズンのいる艦長席へ行く。
フローズンは相変わらず寝ているが、坂井は艦長席に座って一息ついていた。
「大丈夫ですか?」
「足の痛みが綺麗さっぱり飛ぶほど大丈夫」
艦長席から立ち上がりながらそう言った。
シュテルベンはその会話を得意げな顔をして聞いていた。
ーーーコレはしばらく自画自賛になるだろうな。
ドラはシュテルベンの表情を見ながらそう思い、ガルム達に近付く。
「さて、君達。そろそろ脱出は考えているのかね?」
ドラがそう聞くと、ガルムの視線は空中を漂う。
何も考えていなかったのだ。
「避難艇で逃げるとか?」
「避難艇なんて一艇も残ってないけど?」
ガルムは悔しい顔をして口を閉ざした。
「じゃあ」
坂井が何か名案を思いついたように話す。
「この船を自分達で動かすとか」
「いいけど、この船、誰が操艦してると思う?」
坂井は車のハンドル並みに小さい舵を見た。
無人だ。
「どうやらこの艦は決められた航路しか航行しないようでね。頑張ってフローズンと一緒に止めようとしたけどビクともしなかった」
坂井もガルムと一緒になって口を閉じる。
その様子を見かねたシュテルベンが口を挟む。
「ドラちゃん、あんまり困らせないでね〜」
「絶対人のこと言えないですよ。あなた」
「とりあえず、君達、外を見てみな?」
ガルムと坂井は艦載機で脱出するのかと思い窓に向かって歩く。
しかし、飛行甲板は一機も止まっていなかった。
坂井は思わず一緒に外を見つめるシュテルベンを見つめる。
シュテルベンは坂井達の方を向かず、「もうちょい奥を見てみな。最高な艦がいるから」と一言。
飛行甲板の奥は海、海、海、潜水艦…。
潜水艦には“伊八”と控えめな文字で書かれている。
「伊八!?」
ガルムは驚いたように大声を出す。
確かに最高な艦だが、誰が操艦しているのだろうか。
「さて時間は無い。行くよ!!」
そう言ってシュテルベンは我先にとエレベーターに乗る。
ガルム達もシュテルベンの後に続く。
四人が乗ってもエレベーターはまだ隙間があった。
瞬く間にエレベーターは下に降り、彼らはすぐに狭苦しい艦内から広々とした飛行甲板に出る。
大型艦なだけあって反対側に向かうのは疲れたが、背に腹は代えられない。
伊八はこの空母印旛沼が作り出す波で激しく上下していた。
一応、伊八に向かってロープを投げ、後はこのロープで伊八に着地出来ればいいが、タイミングを失敗すれば即海にダイブだ。
坂井とガルムは下の波が荒れ狂う光景に足がすくみ、ロープを掴もうとすらしない。
「仕方が無い」
ドラはガルムを脇に抱え、坂井の服の襟元を掴む。
「目を閉じて、行くよ」
ドラは快活な声を上げ、飛行甲板からジャンプした。
坂井とガルムはすぐに目を閉じる。
なぜなら、眼下の光景が飛行甲板の灰色から荒れ狂う海に変わったからだ。
全身に当たる冷たい風が刃のように痛い。
「着地!!」
飛び降りてからすぐにドラの声が聞こえた。
うっすらと目を開けると、恐ろしく揺れている甲板が見える。
ガルムは足をジタバタさせて甲板に足をつけ、態勢が安定したところでドラから離してもらう。
ドラの背中にはコウモリのような翼が生えていた。
そう言えばコイツ、吸血鬼だったなと思いながらも礼を言う。
「ありがとう。…ドラはこのままどうするの?」
「私達はこの世界に残るよ。最後まで抵抗してみたいから。じゃあ、フローズン連れてきてお別れだね」
ドラは翼をはためかせて飛行甲板に戻る。
間もなくして、眠っているフローズンを連れて降りてきた。
これで最後なのか。
そう実感出来た。
フローズンを坂井に預けると、飛行甲板に再度戻り、それ以降二度と見ることは無かった。
伊八の艦内に入ると、真っ先に目に入ったのは正智とルナ、雲神そして古鷹だった。
それ以外にももう一人、奥でこちらに背を向けて仁王立ちをしている人がいた。
その人はかなり独特な格好だった。
黒い長ズボンを履き、白い洋服を着ていた。
その白い洋服には“休日出勤可”と黒色で書かれている。髪は首を覆い、肩に少しかかるほど伸びていた。
「おやおやガルム君達ではないか」
ガルムはかなり驚いているようで瞬きを忘れてその人を食い入るように見つめる。
「もしかして、あなたは“神だろうが邪神だろうが魔王だろうが人間だろうが平等に金を払わさせる無限の度胸をもつお方”!?」
「長いな。しかも名前言ってないし」
その人はクルリとこちらを向いた。
狐の面を着けていた。
白い洋服は前には何も書いていなかった。
「俺はアイ。よろしく」
簡潔に言う。
「行き先は決まってるの?」
ガルムがそう聞くと、アイは正智とルナの方向を見つめる。
「あそこの子供達が決めるね」
突然話を振られたが、正智は特に困惑するでも無く、「どこか休める場所とか無い?そこに行きたいのだけど」と言った。
「了解。それじゃ、この近くに“テアケタル島”っていう島があるからそこに寄るね」
そう言ってアイは舵を取る。
伊八は空母印旛沼の波に飲まれるように姿を消した。
潜航したのだ。
海中は空母印旛沼のスクリュー音や波の音でノイズが酷いが、艦が上下しないだけマシである。
ずっと上下していたら船酔いものだ。
印旛沼の艦底をすり抜け伊八はテアケタル島へと針路を取る。
一方、ワ国艦隊と大日帝国艦隊は空母印旛沼に近付きつつあった。しかし、それはお互いの距離を刻一刻と縮めているサインである。
この世界の最後の海戦が幕を上げようとしていた。
その幕が上がりつつある様を一人の観客が見る。その観客は自分が用意した舞台の上で踊る役者から主役を奪い取ろうとヘビのような鋭い眼をギョロギョロと動かしていた。
ーーーリョーセフへ通達。
ナトウェール湾に集結した全艦隊を持ってして大日帝国、ワ国の艦隊を海底に一隻残らず沈めろ。コレは第一次ワカ戦争、第二次ワカ戦争の復讐だ!!
午前三時頃、リョーセフはこの手紙を受け取った。
すでにナトウェール湾に艦隊を引き連れて昨日から鎮座していた。
艦隊は新鋭戦艦アラスカ率いる新鋭装甲巡洋艦二隻、防護巡洋艦四隻のリョーセフ艦隊である。
新鋭戦艦アラスカ級はかつて正智が進水前の同型艦サギバヤと写真を撮っていた。
その時に戦艦ペイリドより大きいと言っていたが、まさにその通りで、カ国内最大の大きさを誇る。
戦艦アラスカ
全長140m、基準排水量16800トン。主砲は30.5cm連装砲二基。24cm連装砲四基。片舷六門の15cm砲計十二門。etc…。
「ふぅ~」
リョーセフは戦艦アラスカの艦首でため息を溢す。
今まで協力していた金条龍先からの手紙がパッタリと来なくなっていたのだ。
最後の手紙は「我々は終わらない」とだけ荒々しい字で書かれていた。
「結局は人か…。人の考えなんてすぐに変わるからな」
リョーセフはそう言って、手元にある金条からの手紙を空に投げ、暗闇に染まった海に放り込む。
今まで情報提供と大日帝国海軍に放った密偵を見逃せば国の安全を保証する、そして、異世界から来た人間を洗脳せよと言う条約を極秘裏に金条龍先と締結していた。
この条約は実に効果的でワ国と大日帝国が戦争になるところまで円滑に進んだ。
しかし、なぜか取り返しのつかないところまで進んでいるくせに突然裏切った。
この裏切りはカ国に少なからず影響を与えた。
現にリョーセフはその影響を受けていた。
後ろに振り返れば衛兵では無く、一人の若者がいる。
若者は黒い憲兵の服を着て、堂々と仁王立ちをしていた。
エメラルド。それが奴のコードネームだ。
茶髪の髪が目まで覆い、何処を見ているかイマイチ分からない。
…もし、俺に権力が有るなら、今までの本艦でのやらかしを即刻全て償わせたいが、今もこれからも叶わないだろう。
奴は憲兵の中でもかなり高い位にいる。
そこは大将より上、元帥より下のくらいだ。
要するに俺では権力が全くと言っていいほど及ばない。
「リョーセフ殿。そろそろ艦隊を出撃させたほうがいいのでは?」
彼の、この鼻につく口調が俺の神経を逆撫でする。しかし、逆らおうものなら俺はさよならだ。
そもそもこんな夜中に出撃するものなのか?
乗組員はただでさえ三日三晩寝ずに頑張ってナトウェール湾に着いたのに。
「そうですな。そろそろ出撃ですな」
俺の口は本心とは決別しているのではないかと思うほど思ってもない事を口走った。
いや、この口は自らの保身のために自動的に守ったのだ。
己を。
「うん。急いでね。僕もあの双子に目を付けられたくないから」
そう言い残して奴は艦内に入って行く。
それと同時にリョーセフも艦首にある鐘を鳴らして出港準備の合図を出す。
ちなみに、なぜ艦首に鐘があるのかは知らない。
甲板に機関の揺れが走り、煙突からは夜の闇に溶け込む黒煙が出る。
この艦隊がどこに行き着くかは誰も知らない。




