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あの日

 「よっこらしょ!!」

 ズドン

 坂井は目の前にあった大岩を廊下の曲がり角によせると、手をはたきながら自慢気に三石達を見る。

 しかし、三石達は特に褒め称える訳でも無く、通れるようになった廊下を通って行くだけだ。

 「雰囲気が険悪だな…」

 坂井はそう呟くように言って三石達の後をついて行く。


 それからしばらくして、雲神はとある一室の前で立ち止まった。

 「ここじゃな」

 ドアを開けると中には緑色の画面のテレビがポツンとあった。

 「ようこそ」

 そうテレビが言ったかと思うと、緑色の画面から濃い紺色一色の画面に切り替わった。

 「…確認完了。三石様、坂井様、雲神様、秋雲様ですね?」

 三石は訳がわからないが、とりあえず頷く。

 「承認完了。私はサトウキビの全コンピューターの主権限を持つ人工知能です。以上」

 かなり冷たいコンピューターだが、コレが機械というものだろう。

 ところで、なぜこの丸焦げた棒切れを秋雲と認識したのだろうか。

 坂井がそう思ったのを感づいたかのようにこのコンピューターは話し出した。

 「秋雲様の生命反応は微弱です。現在は仮死状態ですが、このままでは近い内に絶命します。対処法としては可能性が最もある、()()()()に戻る事です」

 「元の身体?」

 「そうです。すなわち、元の世界に戻す事です」

 「待て待て!」

 思わず強気の口調で言ってしまった。

 コンピューターはその快活な口を閉じてシンと黙る。

 「元の身体なら一時戻ってただろ?」

 「?…。了解しました。その“パソコン岩”を中核とする方法は激しく反対します。なぜならパソコン岩は自ら情報で構成された意思を持っている可能性が98%あるとされ、それに当たると人格を模倣した、いわばドッペルゲンガーが生まれるからです」

 「そうですか…」

 「そして、私が現世への帰還を推奨する理由としては今の彼の身体はこの世界で生きていくには耐性が足りず、現世にある身体を持って来ねば耐えられ無いからです」

 コンピューターは舌だけでなくその他の器官にも油を塗ったくったような速度でペラペラと話す。

 まるで知らない言語のリスニングを聴いているような気持ちだ。

 「それで、現世に帰る方法って…、ご存知でしょうか?」

 「話が早くモワの何十倍も助かります。またよろしくお願いします。現世に帰る方法は現在は試験的ですが一つあります。伊八に搭載されている累乗航行羅針盤並びに試製累乗ワープ装着さえあれば()()()()で可能です」

 「はい。…ええと、」

 「伊八を操艦出来るのはフローズンのみです。従って即刻原子力空母“印旛沼”から引きずり下ろす事を提案します」

 「あの」

 「即刻です」

 「えっ」

 「即刻イコールNOWであります。時間がありません」

 しばらく坂井は聞きたいことを聞こうと奮闘するも、母音が出た時点でこのコンピューターはすぐに何か言う。

 三石も雲神も首を振ってその部屋を出ようとすると、コンピューターが即刻やNOW以外の言葉を発し始めた。

 「坂井様。二式大艇は修理済みです。三石様。九階にお越しください。雲神様と秋雲様はお残りください」

 三人は目を見合わせたが、それぞれの場所へと向かう。


 一人部屋に残った雲神はテレビの目の前の床に腰を下ろし、不機嫌そうに「なんじゃ?」と聞く。

 「あなたの弟についてです。それと、従弟…いや、“秋雲様”についてお伺いしたいのですが?」

 雲神はテレビをギロリと睨みつける。

 しかし、テレビは紺色の画面を示すだけで何も反応しない。

 ただ淡々と命令を言うだけだ。


 一方三石は三十分かけてやっと九階に着いた。

 九階はまるで、いや、まさに飛行場のような場所であった。

 多種多様な機種があり、日本やイギリス、ドイツなどの戦闘機が模型のように並べられている。


 三石は一機一機見て回るが、引き寄せられるように飛行場の隅へと向かう。

 隅には白い零戦が少し土ぼこりを被っている程度で百六十機ほど並べられていた。

 「()()め。覚えとけよ」

 三石はそう言ってコックピットに入って行った。


 湾内に差し込む光が二式大艇を天使のように照らしている。

 坂井はそこにフラフラとおぼつかない足取りで向かう。

 そして二式大艇の目の前で倒れた。

 顔色は「大丈夫」と言われても信用が全く出来ないほど青い。

 何とか感覚がある両手で身体を引きずりながら二式大艇へと近付く。

 しかし、まるで寝る直前のような眠気に襲われ目が幾度と無く閉じそうになる。

 「マズイかも…」

 薄れゆく意思の中、無意識に片手を伸ばして宙を掴もうとする。

 すると、二式大艇の中からスッと誰か出て来る影が見えた。

 その人影は坂井に手を差し出し、「坂井さん。大丈夫ですか?…まぁ、大丈夫では無いと思いますが」と言った。

 ガルムだ。 


 ガルムは懐から一錠の白と黄色の細長い薬を取り出すと、坂井の口に強引に押し込んだ。

 坂井は咳き込みながらその薬を飲み込む。

 すると瞬く間に眠気は失せ、体の感覚も戻る。

 「今飲ませたのは治療薬です。どうですか。かなりよくなったと思いますが」

 坂井は体を起き上がらせ、両手を見つめる。


 正智やルナはどうなった?


 頭にフッとそんな疑問が浮かんだ。


 なぜここにいる?帰る方法は何?あの喋っていたコンピューターの名前は?なぜ空が見える?二式大艇乗りたくない。乗りたくない。乗りたくない。死にたくない。死にたくない。帰りたい。帰りたい。帰りたい。


 帰らせて。


 頭が割れそうになるほど回る。頭痛は今にも脳天をかち割って行き、空気中に拡散するのではと思う。

 ガルムはそんな坂井をなだめるように抱き着いた。

 「考えない。考えない」

 親が子を寝かせるようなガルムの口調は不思議と安心感があった。


 しばらくして、坂井はやっと落ち着いた。

 それと同時にガルムもそっと離れる。

 「…ありがとう」

 「どういたしまして」

 二人の間にはしばらくの沈黙があった。

 無言で二式大艇の中に入り、操縦席に二人で座る。


 「…何か、聞きたい事とかありますか?」

 ガルムは気まずそうに口を開いた。

 チラッと顔を見たが、どこか怯えているように見える。

 「治療薬って、何の治療だったんだ?」

 「それは、サトウキビに撒かれている自白剤を気体に染み込ませたようなガスからの治療薬です。恐らく、記憶も段々と思い出して来るでしょう」

 また、気まずい無言が続く。

 もうこんな無言の雰囲気はコリゴリだ。

 「それじゃ、どうしてこんなガスを撒いたんだ?」

 ほぼ核心を突くような質問をする。

 ガルムはビクリと両肩が振動し、視線がせわしなく色んな場所を見た。

 そして、「いいですよ…」と震えた声で言った。


 すべてが収束した1190年。

 この辺りからヒルノフエは怪しい影を帯びていた。

 魔王を倒し、犠牲を払ってまで退けた神との戦争。それが終わってもなお、僕達は故郷、つまり元の世界に帰れなかった。

 一部の者は段々と自分の持つ圧倒的な力に酔いしれ、山を砕き、海を蒸発させる、いわゆる“荒らし”を開始した。

 最初の頃はレーベンやフローズンなどの実力がある人達が鎮圧をしていたのだけれども、次第にレーベンが鎮圧に参加しなくなってしまったんだ。

 僕やフローズン、シュテルベンが何度も説得したけど、応じなかった。

 彼女は明らかに僕達と別行動をとっていたんだ。


 シュテルベンはこの行動に不信感を抱き、ビスマルク級戦艦一番艦ビスマルクとドラを連れてヒルノフエと完全決別した。


 もう、ヒルノフエは荒れ果てた。

 1195年7月16日。僕はこの日を忘れる事はないだろう。

 フルスという実質的なヒルノフエのトップの人から言われていた全ての転生、転移者をの()()を殲滅する“絶対殲滅ガス”が完成した。

 僕的にはヒラさんが作っていた“絶対中立を作る剣”のほうが完成して欲しかった。

 「…完成してしまった物はしょうがない」

 ヒラさんはフルスが絶対殲滅ガスのスイッチを押す直前までそう言ってなだめてくれた。


 ガスは勢いよく噴出され、瞬く間に世界に蔓延した。

 「これで全てが終わる」

 決まり文句のような言葉が頭を過ぎりましたが、結果は今僕が目の前にいる事が何よりの証拠でしょうか。

 …失敗。


 予想外にも、ガスは噴出されて間もない時間の時は二酸化炭素(CO2)に押し負けて効果が半減していた。

 けど、遠くに行けば行くほど効果は強力になり、僕達の周り以外文字通り記憶喪失。

 一方僕達は記憶が曖昧になったり、忘れっぽくなった。

 フローズンや方が何度も何があったか思い出そうと、絵だけ立派な絵巻物を量産していたけど、いざ文字を書こうとしたところで完全にガスの効果が回り、忘れてしまった。


 それで、この世界の住民への影響は魔法が使えなくなり、記憶改変に近い現象が起きた。


 その後は、記憶改変された彼らと戦って戦って戦って、忘れた。

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