変化
広丙は艦首から火柱を上げながら海に浮いていた。
艦橋は爆風で半壊し、こじんまりとした司令塔がひょっこりと横長い切り抜きから艦首を眺めている。
「…もしかして、生き残りました?」
航海長はそう言いながら外を覗く。
目の前は一面火の海であり、いつもすぐそこにあった15cm砲や甲板は跡形もなく吹き飛んでいた。
方もこの光景を眺めながら、「生き残りはしたが、この後が大変だな」と呟く。
乗組員達はホース片手に火を鎮火させようと水をかける。
だが、焼け石に水であり、しばらくして艦首は大量の海水と衝角を伴って脱落した。
駆逐艦秋雲は沈没しつつある“やかぜ”の横を素通りして広丙に近寄る。
広丙乗組員は秋雲にロープを投げた。
坂井はすぐに艦橋から出てそのロープを受け取る。
それで曳航して貰おうと思ったのもつかの間、広丙は艦首跡から洪水のように海水が艦内に流れ込む。
すでに広丙のちょうど中央に存在する第三隔壁まで海水は来ており、沈むのは時間の問題になっていた。
トンは前にコケそうなほど傾いた甲板を歩き、あたかも通路ですと言った感じに存在する階段に足を挟まれながらも艦橋に辿り着いた。
そこには方と航海長の二人がいる。
二人は前のめりの艦橋から曳航作業を見守っていたのだ。
トンも二人の後ろから無言で曳航作業を見守る。
曳航作業は、難航していた。
駆逐艦秋雲は広丙の艦尾へと向かい、そこから曳航しようとするも、広丙の艦首でくすぶっていた残り火がまた勢いを吹き返し、艦橋を飲み込んで艦中央部付近まで炎上。ロープも途中で切られてしまった。
そもそも、駆逐艦秋雲も限界であった。
13cm砲弾が数発直撃しており、内一発が機関と第一煙突にダメージを与えていた。そのせいで速力は思うように出ない。
追い打ちで対潜ミサイルが付近で爆発、艦首と艦尾に浸水も発生していた。
つまり、もう曳航する力はおろか自分で動く力すら残っているかすら、怪しかった。
そんな秋雲を見て、広丙の乗組員は「道連れにする事は出来ない」とロープを切ったのだ。
しかし、ここで広丙を喪失すればラ国海上防衛隊の現状の戦力の二十パーセントを失うのも問題であった。
新型装甲巡洋艦の竣工を待つ、とは言えるが、それまでは近海の防衛すら怪しくなるであろう。
気が付けば“やかぜ”は海上から姿を消していた。
“やかぜ”が最後までいた地点に「“やかぜ”がそこにいた」と示す証拠は一つも残っていない。
今や二隻から出る望まぬ炎が辺りを照らしていた。
その炎が、希望を呼び寄せた。
フィランチ連邦の救援艦隊がやって来たのだ。
艦隊は道中ラ国往復船とすれ違い、そこから一定の情報を得て現場にやって来た。
二隻の駆逐艦は広丙の両側にピッタリと付き、広丙が沈まないように浮袋としての役割を担った。
巡洋艦は駆逐艦秋雲の前に付き、ロープを投げる。
曳航するのだ。
坂井は投げられたロープを受け取って、艦首に結び付ける。
その後は、特に何も無かった。
広丙も駆逐艦二隻の助けの下、沈没は免れた。
一日と半日後にはサトウキビの目の前で警備をしている広丁率いる艦隊と合流を果たした。
ほぼ真上に太陽のある午後零時頃。
広丙の痛々しい姿はハッキリと出ていた。
“やかぜ”から撃ち込まれた大量の弾痕は広丙の塗装を剥げさせ、壁を凹ませている。
特に右舷と艦首は焼け跡がしっかりと残っている。
広丁と横並びになると、その姿は焼け落ちた家と白い天守閣の美しさを比べるほど酷いものであった。
広丙の若い乗組員達は広丁指揮下の駆逐艦に避難した。
理由は言うまでもなくワ国製機関特有のガスが漏れているからだ。
方は艦尾に歴戦の老兵達を前にたった一言、口を開いた。
「お前達には簡単かもな」
彼らにはそれで十分である。
なんせ、彼らは気分屋のワ国製機関の子守を幾度となくしてきたからだ。
今回も、少し暴れているな程度で解決してくれるだろうと、方も考えていた。
だが、異変は広丙の機関が治るまで、待ってはくれなかった。
方は少し艦首よりに傾いている艦尾からすぐ目の前のサトウキビを見つめる。
そこには広丁の監視対象である大型空母が山を踏み潰すようにして存在していた。
「電子攻撃型原子力空母、太平洋仕様か…」
方はどこか悲しげな顔をして言った。
サトウキビを始めとするヒルノフエの大型拠点は作ったとしても、慢性的な電力不足になる事は火を見るより明らかだった。
当時ある資材で作れる発電装置は風力発電か水力発電が良いところである。しかし、それでは大型拠点備え付けの兵器を動かすには全くと言っていいほど不足している。
そこで、何故か一緒についてきた原子力推進船舶や艦艇を基に拠点をつくる事にした。
あるところでは原子力潜水艦。またあるところでは原子力タンカーなど、それで解決した。
ここサトウキビも、同じく原子力推進艦を基に作られていた。
そして、今日、方は初めてここの基になった艦を見る事になった。
トンはあの大型建造物を食い入るように見つめる方を不気味に感じていた。
今まで見た事ないほど目を輝かせているからだ。
「方?」
思わずトンは強気な口調で話し掛けた。
すると方はクルリと振り返り、それと同時に、「衝撃に備え!!」と叫んだ。
あまりにも唐突であり、トンは転ぶようにして甲板に伏せた。
同時に、山から天が割れるような轟音と揺れが起きる。
視線は上下に揺れて手に力を入れないと艦から弾き出されそうだった。
洋上は1mほどの波が艦艇を襲い、小さな駆逐艦は今にも沈みそうなほど波が覆いかぶさっていた。
滝のような海水の壁に阻まれながらも、駆逐艦の艦長達は目を見開き、轟音のする山を睨む。
山は噴火しているかのような黒煙を噴き上げ、原子力空母を覆い隠していた。
ーーー何が起こっているんだ?
そう思った矢先、黒煙から原子力空母が産み落とされるように出て来た。そして気が付けばユラリとその巨大を海面に浮かせていた。
海面に浮いてからしばらくすると、艦首から白波が立ち上がる。
この辺りの水深はあの巨艦が入るほど深くは無い。
だが、あの巨艦はそんな事お構い無しに真っ赤な艦底を削りながら進む。
瞬く間にラ国、フィランチ連邦艦隊の隣をすり抜けてワ国へと一直線に向かう。
恐らく速力は36ノットほどだ。
もうこの速度は秋雲が健在でも、追い付けない。
「何なんだアレは!?」
トンは起き上がるとすぐさまよっこらしょと起き上がる方の胸ぐらを掴んで問い詰める。
方は不気味に微笑んでおり、顔は真っ青になっていた。まるで青色版ピエロのようになっている。
恐怖を覚えたトンは思わず胸ぐらから手を離す。
ーーー一体何が起きてるんだ!?
突然、冷たい水に入った時のように身体がブルブルと激しく揺れる。
方の顔は両目が黒く染まり、全身真っ青。もう別の人間のようだった。
方はポケットからナイフを取り出し、ユラユラと寄ってくる。
「方大臣、来ないでください。方大臣!!」
もう、ヤツは聞く耳を持たなかった。
トンは咄嗟に拳銃を取り出し、その銃口を向ける。
それでもヤツは距離を詰めてくる。
引き金には手がかかっている。いつでも引ける。引くためにある。引く。引け。
パン
広丙に何か不穏な事が起きたのを知らせる銃声が響く。
不思議とこの銃声は他の艦艇にも聞こえ、空母から一斉に視線が広丙へと写る。
「ハァハァハァハァ」
トンは荒い息遣いをしながらうっすらと煙を上げる拳銃を甲板に落とした。
その拳銃の上には突然、ポツポツと水滴が溢れた。
ポツポツと降ってくる水滴を辿ると、そこに涙に濡れた方の顔があった。
トンは、上半身を一瞬で奪われ、即死した。
方の身体は熊の化け物のような姿になり、顔だけがチラチラと人だった頃の面影を残す。
「…もう、無理じゃな」
頭上から雲神の声が響いた。
雲神はマストの上で立ちながら彼らの一部始終を見ていた。
フッとマストから降りると、そのまま方へと近付く。
一方、他の艦艇ではあの化け物に砲を向けていた。
「全艦、目標は広丙艦橋にいる化け物。正確に狙え。発射!!」
広丁は副砲の12cm砲を発射した。
砲弾は一直線に化け物へと向かうが、化け物は砲弾に向けてフッと腕を振る。すると砲弾は遥か上空に弾き飛び、広丁の煙突を飛び越えた少し奥で水柱を立てた。
コレがかつての方元帥とは誰も思わないだろう。
「ウオオオオン!!」
方は狼のような叫び声を上げると、鋭い爪を雲神に振り下ろした。
雲神はそれをヒラリと避けて振り下ろされた腕を伝って頭部に向かう。
その間、方は石のように固まったままだった。
雲神は小さな手をソッと方の頭に添え、「何かあるか?」と聞く。
方は口を開き、「奉天から高雄へ」と静かに言った。
次の瞬間、方の身体には身体が透けて見えそうなほどの電流が流れ、消滅した。
「安らかに羊羹かオレンジでも食っとれ」
雲神の言葉は悲しく宙に響く。
艦隊は方やトンに変わり、広丁の艦長が指揮を執る。
まず広丙で修理を行なっていた職人達を広丁に乗せ、広丙の介錯を二隻の駆逐艦が魚雷で行なった。
広丙は特に声を上げることもなく静かに海中に没した。
これで方とトンは不慮の事故で殉職した事になった。
艦隊は広丁の指揮下になった。
しかし、ほぼ全くと言っていいほど艦隊の指揮をした事がない広丁艦長はしぶしぶ明確な目的を持つ駆逐艦秋雲の指示に従う事になった。
広丁は駆逐艦秋雲を引っ張りながら駆逐艦秋雲の指示通りにサトウキビの港へ向かう。
文字通り出入り口は落石で潰れているが、僅かながらの人間が通れるだけの隙間があった。
三石達は駆逐艦秋雲から降りる。もちろんボロボロのアルメリアを連れて。
湾は、そこら中に落石や瓦礫が転がり、本来見えてはいけないハズの空が見えていた。
その隙間からこぼれ落ちる光の柱が無言で待ち続ける戦艦比叡を照らし、何とも幻想的だった。
サトウキビの中もボロボロで廊下はまるで洞窟のようになっている。
もう道はズタズタで分からない。
しかし、不思議と体は動き、狭い隙間をも通り抜けた。
まるで催眠にでもかかっている気分だ。
途中で見た看板によると、ここは地下十二階だそうだ。
「…コレってどこに向かっているんだ?」
突然、坂井が我に返ったように言う。
三石も足を止まらせて「確かに」と言った顔で辺りを見回す。
「全く。もうすぐじゃ」
雲神は止まる二人を通り抜けてまだまだ先に進む。
坂井と三石はお互いに顔を見合わせて訳がわからないまま雲神について行く。
思えば、この世界の事をほとんど分からない。知らない。もしかすると、今に分かるかもしれない。
根拠のない自信だけが体を突き動かす。
「再起動。version2255.3.1を停止し、version2184.95.66に切り替え。CICから独立完了。再構築しました。version2184.0.0に変更完了」
とある一室のテレビが突然点き、まさにコンピューターと言わんばかりの文字や数字が羅列した文が画面の上下を絶え間なく動く。
やっと文が止まったかと思うとテレビは緑色の画面に移り変わり、坂井達を静かに待っていた。




