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やかぜの時間稼ぎ

 再度ミサイル(遠距離攻撃)が来るかもしれない暗闇の中、方は策を練った。

 まず第一に中立騎士団と“ワクチン”を乗せたラ国往復船の無事離脱である。

 方と坂井はミサイルが如何なる物かを、その時代の人であるが故に図らずとも知っていた。


 方はすぐに命令を下す。

 「ラ国往復船は最大速力で海域を離脱。本艦と秋雲は共同で敵艦を撃沈する」

 ラ国往復船をここから逃す。なんならナトウェール湾に無事帰還させるなど、レーベンがいる限り容易い事である。

 しかし、撃沈ともなると相応の犠牲を覚悟せねばならない。

 方は厳しい事だと分かりながらも全砲門を左舷に向ける。

ーーーしばらくは一方的な攻撃を受ける。

 方はその事を危惧しながらも、“やろう”と決めていた。


 しかし方の考えとは反対に敵艦は30ノット以上の速力で接近して来ていた。

 それは駆逐艦秋雲の電探がハッキリと捉えていた。

 「何か、来てるぞ」

 三石はその事に気付いて、指摘する。

 「えっ?」

 坂井は開いた口が塞がらなかった。

 坂井は先刻までずっとミサイルの脅威を三石に熱弁していた。

 「しばらく遠距離攻撃を食らうぞ」など耳にタコが出来るほど三石と雲神に話しており、雲神は「手洗いじゃ」と言って席を外していた。

 だが今回は敵艦のほうからズイズイ来る。

 三石と雲神にしてみれば「何を言っていたんだコイツ」と言った感じである。ここに雲神はいないが。

 「…まぁ、危惧していた遠距離攻撃は無い事だし、良かったんじゃないか?」

 三石は恥ずかしくて隅に行った坂井を慰めるように言う。

 そして舵を握りながら「海軍じゃないが、夜戦はウチの得意とする所だぞ?」と自信げに言い放った。


 駆逐艦秋雲はだんだんと広丙から離れて左斜め前の暗闇に向かって回頭して行く。

 しかも全ての明かりを消してだ。

 トンは理解不能であったが、方は「なるほど」と言って指示を出す。

 「回頭、左九十度!!」

 広丙の甲板にあった樽は広丙の艦首が左に向くに連れてゴロゴロと転がって甲板を踊る踊る。

 樽の逆襲にあう乗組員達は口々に悲鳴を上げた。幸い怪我人はいないが。

 広丙が九十度曲がり終わると、駆逐艦秋雲の航跡とクロスするように新たな航跡を暗い海に刻む。

 二隻はさすまたのような形で進んで行く。

 後ろから見て右に駆逐艦秋雲、左に巡洋艦広丙。

 やかぜ側が見ると左に駆逐艦秋雲、右に巡洋艦広丙である。


 シュテルベンはやかぜのレーダーに写し出されるこの光景に「ふーん」と漏らす。

 やかぜの主砲は13cm速射砲一門のみ。

 その一門はもちろん駆逐艦秋雲に向けられた。


 速射砲は秒速1発ずつ火を噴く。

 そして秋雲の周りには次々と大量の水柱が立つ。

 立ち上った海水は駆逐艦秋雲の乾いた甲板を瞬く間に潤す。


 両生類のようにツヤツヤになった駆逐艦秋雲はその船体を暗闇に映し出した。

 全主砲を一斉射したのだ。

 やかぜの周りにも水柱が立つ。

 この光景を見た広丙も負けじと弾を打ち出す。


 距離が縮まるに連れて砲の角度もだんだんと水平に近くなり、それと比例するように弾も海面と平行に飛ぶ。

 そして、弾の命中率もそれらに比例して高くなった。

 ついにやかぜの13cm砲弾が駆逐艦秋雲の第二砲塔下を貫通、砲塔内で爆発した。

 12.7cm連装砲は大爆発と共に瞬く間に暗闇に消え、遠くから聞こえた着水音だけが行方を知らせる。

 艦は大きく揺れ、艦内は何かにつかまっていないと外に放り出されそうであった。

 幸いにも、砲塔が吹き飛んだだけで艦尾切断まではいかなかった。

 しかし、艦尾は炎と煙に包まれ、辺りを灯台のように照らしている。無灯火の意味が無い。

 すぐに艦橋に灯りが灯り、四門に減じた主砲は反撃の砲弾を送りつける。


 一方の巡洋艦広丙も近付くにつれてやかぜからの反撃を食らう。

 やかぜに毛のように生えている機銃からの一斉射撃だ。

 やかぜと広丙の間には無数の蛍のように銃弾が飛び交う。

 やかぜの機銃は強力であり、広丙の窓を次々と薄氷の如く粉々にしていく。

 「総員艦内に入れ!!」

 トンはすぐにそう大声で命令する。

 自身も方を引っ張って艦橋の中へ行く。

 艦橋内も、地獄であった。

 外を見るための隙間から弾丸が入り込み、艦橋内で乱反射しているのだ。

 常にどこかしらがカンカンカンカンと音を立て、恐怖を煽る。

 方は艦橋内にいた幕僚全員に「艦内へ避難し、暇な者は左舷で隠れていろ」と伝える。

 トン達幕僚団はすぐに艦橋を飛び出し、艦内の隅々にこの命令を伝えて行った。

 艦の右舷はすでに蜂の巣のように穴が大量に空いている。

ーーーこれが防護巡洋艦の弱点か。

 方はそう右舷を見ながら思った。

 舷側に装甲を持たない事が如何に弱点なのかを痛感する。

 入り込んだ銃弾のせいで艦内は局地的に火災が発生し、駆逐艦秋雲と同様、暗い海に点々と灯りを灯す。

 挙句の果てに弾が虫食いのように柱に風穴を開け、いつ甲板が崩れ落ちるか分かったものでは無い。

ーーーこのままでは艦が崩壊してしまう!!

 乗組員達の心配は刻々と時間が立つにつれ現実味を帯びてくる。

 そこに幸運が訪れた。

 やかぜの高性能23mm機関砲がオーバーヒートしたのだ。

 やかぜの機銃群の中で最高威力の機関砲が。

 方が喜ぶのもつかの間、駆逐艦秋雲はまた一発の13cm砲弾を食らう。今度の弾は艦橋の後ろにある第一煙突に直撃した。

 煙突は煙の代わりに火を噴き上げる。


 駆逐艦秋雲は大日帝国での研究の際、壊さない解体しない限界で研究されていたが、どうしても装甲だけは剥ぎ取られ、代わりに鉄かどうか微妙なラインの石で作られた板で代替されていた。

 つまり、駆逐艦秋雲は現状、そこまで攻撃に耐えられ無いのだ。

 その事は方は外見の色から薄々分かっていた。


ーーー如何に早くあの艦を沈められるか。


 しかし、いくら弾を撃ってもなかなかやかぜに当たらない。

 やかぜは30ノット以上の速力で走っており、こちらも最大速力で走っている。

 こんな反航戦はラ国海軍史上二度目であるため、弾は当たらない。

 ではどうするか。

ーーー衝角攻撃(ラムアタック)だ。


 「航海長はいるか!」

 方は大声で叫んだ。

 するとすぐに航海長が息を切らしながら艦橋へ戻って来た。

 「ここにいます!!」

 「よし。これより本艦はあの艦に向かって衝角攻撃を行う。その全ての指揮を任せる」

 「了解しました!」

 「それと、コレを持って行け」

 そう言って方は赤い艦長席の隣にある引き出しを開けた。

 そしてその中にあった拳銃を取り出す。その拳銃を航海長に渡した。

 「これは…」

 航海長は笑みを漏らしながらその拳銃を受け取る。

 方が渡したのは1890年型対艇用12mm回転式拳銃である。

 「まさか本当にコレを使える日が来るとは!!」

 航海長は子供のようにはしゃぎながら拳銃を構えたりする。

 「もしもの時のために使えよ」

 「分かっています!」


 航海長は拳銃片手に電光石火の如く露天艦橋への階段を駆け上がった。

 外はやかぜの機銃から発射される弾丸で闇夜の中に小さな星が右往左往しているような状況である。

 航海長は人より少し長い腕をやかぜに伸ばして測量をするかのように指を忙しなく動かす。

 「32ノットほどか」

 しばらく航海長は石のように固まって頭の中で必死に計算を繰り返した。

 そして拳銃を艦首の鎖に向ける。

 航海長は慎重に両手で拳銃を構えていた。

 この銃の一発一発の威力は凄まじいだが、反動が強すぎて、最悪腕の骨が骨折してしまうのだ。

 なので両手で構えている。

 もしこれで片手で扱っている奴がいれば、そいつは象の足のような太い腕を持っているのだろう。

 航海長はそうこう現実逃避の思考を巡らせ、その一方でついさっき喜びながら拳銃を受け取った自分を呪う。


ーーー覚悟が、決まった。

 航海長は引き金を引いた。

 

 ドン。ガラララララ。


 機銃音に負けず劣らずの音を立てながら広丙の右舷艦首から一本の錨がとんでもない速さで海の中に沈んで行く。

 しばらく進んだところで鎖はガチャンと音を立てて止まった。

 それと同時に艦が大きく左に傾く。

 広丙はとても手負いの防護巡洋艦とは思えない角度の航跡をつくり上げながら旋回する。

 およそ百度ほど回頭したところで、また露天艦橋からドンという音が鳴り響いた。

 鎖は断ち切れ、合図が出た陸上選手のように広丙はやかぜに向かって徐々に速度を上げながら突進する。

 それを拒むように機銃群は猛烈な攻撃を艦首や艦橋、司令塔に加えた。

 だが、広丙の15cm砲弾が突然当たるようになり、次々と機銃が機能しなくなる。

 そしてついに広丙はやかぜの右舷艦尾への衝角攻撃を成功させた。


 その頃、駆逐艦秋雲はやかぜとほぼ真横で撃ち合っていた。

 両者の砲弾はどんどん当たり、二隻とも左舷は火の海である。

 ここまでに駆逐艦秋雲は第三砲塔にも直撃弾があり、使用不能になっていた。それだけでなく、広丙も食らっていた機銃群からの攻撃により、電探や測距儀がことごとく破壊され、その効果を失っていた。

 現状、使える武装は第一主砲と機銃で穴は空いてるものの使えはする魚雷発射管二基ぐらいだ。

ーーーもうこれ以上は持たない。

 三石は舵を握りながら駆逐艦秋雲の悲鳴に耳を傾けていた。

 ここで魚雷を放つ。

 もちろんそれも良いかもしれない。だが、30ノット以上の速力で動いているやかぜに当てられるかと聞かれると、この駆逐艦秋雲の武装を操っている黒焦げの杖は苦い顔をするであろう。


 ちょうどそこに広丙が突っ込んだのだ。

 やかぜは大きく揺れて速力を一気に落とす。


ーーー今が、チャンスか!?

 三石はそう思うとすぐに魚雷発射を命じた。

 駆逐艦秋雲から放たれた八本の魚雷は暗い海面に紛れて火の粉を撒き散らす“やかぜ”の左舷へと向かう。

 そして六本の水柱が“やかぜ”から立ち上った。

 不発だった二本はやかぜの艦底を通り抜けて明後日の方向へと向かい、海底に沈んだ。

 やかぜはウォーンと狼のような甲高い唸り声のようなものを上げるとだんだんと左舷へと傾いていく。


 広丙は巻き込まれないように少しずつ後退して衝角をやかぜの艦底から引き抜く。

 「やっと終わった」

 方は安堵のため息と共にそう言った。

 そして露天艦橋へと歩いて行く。

 露天艦橋には航海長が肩を抑えながら横たわっていた。

 方を見ると、辛そうな顔を一変。ニコッと笑いながら敬礼をする。

 「やりましたよ。元帥。…いや、大臣でしたね」

 「呼びやすいように呼べ。それで、肩は大丈夫か?」

 「一発目は良かったんですが、二発目で調子に乗りました」

 「油断したな」

 「はい…」

 航海長は方の手を借りながら立ち上がり、肩を抑えながら階段を降りる。

 航海長は自慢気に沈みゆくやかぜを階段から降りながら見ていたが、艦尾から白煙が一斉に出たのを見逃さなかった。

 頭上を見上げると、やかぜが上げる炎のお陰でモクモクと空へ上りゆく黒煙がハッキリ見える。

 そこに白い傘のような物をつけた棒がたくさん海面目掛けてユラユラと落ちて来ていた。


 航海長が見たこともないほど驚いた顔で空を見つめていたため、方も視線だけ空へと上げる。

 闇夜に溶け込めない白色のパラシュートにぶら下げられた対潜ミサイルがゆっくりと広丙の艦橋を目掛けて落ちて来る光景が眼前いっぱいに広がる。

 航海長と方は無言だったが、息の合った二人三脚ですぐに階段を降り、長らく使われていなかった司令塔で指示を出す。

 「総員、第二隔壁まで後退。甲板乗組員は至急艦内に避難しろ」

 方の指示は伝声管を伝って各重要区画にそれぞれ伝わる。

 方の指示に続けて機関室では航海長の声がボイラー音の合間合間に微かに響く。


 「機関後進一杯!!」


 機関室はすぐに騒然となった。

 一人の新人が機関長に不安気に「大丈夫ですかね」と聞く。

 実は広丙はここに来るまで後先考えていない最大速力で向かっており、機関への負荷は異常な値に達していた。

 挙げ句戦闘中も少しも緩めずに最大速力で戦っていた。

 やっと機関に無理をさせない動きをしているところにこれまでと逆の後進一杯など、機関暴走待ったなしである。


 機関長は石炭のすすで真っ黒になった手袋で機関の前と後ろを指示するレバーを後ろ側に思いっ切り引いた。

 「何のために学校で万が一の対応策習っとるか。知ってるか?」

 機関長の問いに新人はあたふたとしながらも答える。

 「機関が暴走しても、被害を最小限に食い止めるためです」

 「そうだ。ワ国製機関とはそれほど危険なんだ。総員、マスク並びにガスマスクを装着。常に細心の注意を払え!!」

 機関長の落雷の音に近い大声は機関室でもうっすらと全体に聞こえた。

 全員は「了解」と大声で返す。


 間もなくして、広丙の煙突からいつもの黒煙ではなく白煙と青色の煙が交互に混じり合いながら空へと上がる。

 広丙の二軸のプロペラは限界まで回りに回り、ドンドン船体をやかぜから離す。

 それでも一本の対潜ミサイルは広丙に間違え無く命中するコースであった。

 方は伝声管で「総員、衝撃に備え!!」と大声で吹き込む。


 それと同時に広丙の艦首に対潜ミサイルが着弾した。

 艦首からは艦橋を爆煙で覆い尽くすほどの大爆発が起き、黒煙の中から幾度となく火柱が上がる。

 艦は大きく上下し、二軸のプロペラが海面から一瞬顔を出してはまた海中に戻る。

 艦首の炎はとどまる事を知らずに海面に火の粉の雨を降らす。


 駆逐艦秋雲からもその光景はしっかりと見えており、爆発する広丙に三石達は開いた口が塞がらなかった。

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